57.

「結陽、どう? 美味しい?」

「……おいひい!」


 いつもの駅ナカの喫茶店に行くのは止めて、駅から少し歩いたところのお洒落な喫茶店に来ている。

 周りには新聞を片手にコーヒーを啜る男の人、友達とモーニングに来ている大学生。井戸端会議を繰り広げる奥様たち。私たちより年上のお客さんばかりだ。

 モーニングの内容が豪華なことで有名なお店らしい。バスに乗っている間に急いで調べたから私も詳しくは知らない。

 飲み物をを一つ頼むだけで、食パン、サラダ、スープ、ゆで卵、プリンが付いてくる。……価格破壊ってこういうことなのかな?

 私が知っているモーニングより遥かに豪華だ。

 結陽はすっかりココアにはまったらしく、美味しそうに飲んでいる。

 私は——


「君のそれはどんな味なの? 緑色って……」

「甘くて美味しいよ。飲んでみる?」


 緑色の液体。もとい、抹茶ラテに怪訝な顔を向ける。どんな味か全く想像がつかないみたいだ。


「……苦くない?」

「苦くないよ。むしろ甘い」

「…………甘い?」


 ストローを結陽に差し出すと怪訝な顔のまま、一口。そして二口。飲み進めるたびに表情が和らいでいく。


「どう?」

「これ好き。美味しい」

「もう一口飲んでも……あっ」

「……あ、ごめん。飲み切っちゃった」


 勧めるまでもなく、結陽は私の抹茶ラテを飲み干した。一言、文句を言おうかと思ったけど、結陽の綻んだ顔を見るとそんな気は失せた。抹茶ラテはもう一杯頼めば良いか。


「結陽は甘いものが好きなの?」

「甘いもの……どうだろう。コーヒーよりココアと抹茶ラテのほうが好きだと思うけど。分かんない」

「お茶は? 飲んだことある?」

「ないかも」


 今日の夜ご飯の時にでも勧めてみよう。苦すぎるお茶は飲めないかもしれないから、なるべくあっさりしたものにしようかな。


「他に……食べたことがないものとか、飲んだことがないものとか。思いついたら教えて」

「うーん……? それ、答えるの結構難しいよ。何があるのかが分からないから」


 困ったように結陽は笑う。……笑っているけど、その目は寂しそうだ。そんなことを言われたら私だってやるせない……何とも言えない気持ちになる。


「これから……知っていけば良いよ。もう結陽は自由なんだから」

「自由……?」

「結陽はどこにでも行けるし、何でも出来る。もう結社の言う事を聞かなくても良い。自分の……やりたいように出来るよ」

「…………それ、私が結社みたいに世界征服するって言い出したらどうするつもりなの?」


 半笑いを浮かべ、私を試すように見つめる。

 ……もう私は分かっている。この子がこういう顔をする時は私を試しているんじゃない。もちろん挑発しているわけでもない。私に……自分を肯定してほしいんだ。


「結陽がそんなこと言わないのは分かってるから。人を傷つけることも……殺すことも。結陽には似合わないよ」

「……そっか」


 反論することもなく、ただ一言呟いた。結陽だって分かっていたはずだ。私がなんて言うのかを。

 それ以上、会話は続かず静かに豪華なモーニングを食べ進めた。






 喫茶店を出て、再び駅ナカへ。お昼が近いからなのか、さっきより人通りが多い。はぐれないように結陽の手を掴んで歩いた。

 手を掴んだ瞬間、びくりと身体を震わせたが気にせず強く掴む。

 きっと駅に来たことも無いだろうし、スマホを渡してあるけど使い方が分からない。はぐれたら二度と会えない可能性すらある。


「顔合わせまでまだ時間あるし、他のお店も行くよね?」

「何のお店があるの?」

「んーと……ゲーセン、本屋、スーパー、コンビニ店…………あ。料理教室なんてのもあるんだ」


 駅の中に貼られたポスターを見て、初めて気づいた。そう言えば最近、新しく料理教室が出来たって聞いたな。

 このポスターによると家庭料理から本格デザートまで、なんでも教えてくれるらしい。しかもまだ生徒さんを取っていないらしく、飛び入り歓迎だそうだ。

 優しそうな女の人とバイトさん……だろうか、若い男の人の写真が載っている。


「……これ」


 結陽が興味を示したのは……。


「カレーって言うの? 昨日、結月が食べたんだよね。私も……食べてみたいな。君みたいに作れるかな……」

「じゃあ……これ、行ってみる? 飛び入り参加出来るみたいだし」


 偶然にも今の時刻は十一時少し前。ちょうど料理教室のオープン直前だ。今なら飛び入り参加しても問題なさそうだ。

 にしても……カレーを作りたい、だなんて言い出すとは思わなかった。結月が何をしていようと興味がないのかと思っていたけど、そうじゃないみたいだ。


「結陽って料理したことあるの?」

「ないよ。でも透子とうこさんが言ってた。料理は慣れれば簡単だって」

「透子……」


 それを凛華りんかさんが言ったなら信憑性が高かったのに。全く料理が出来ない透子が言ってもなぁ……。


「……うん、きっと大丈夫だよ。結陽は透子と違って洗い物してくれるし。きっとすぐ慣れるよね」


 自分に言い聞かせるように呟くと、結陽の手を引いて料理教室の中へと入って行った。

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