41.

「本当に、本当に結月、なの……?」

「そうだよ、私だよ! 春こそなんでこんなところに——」


 私たちは再会した。敵地の、ど真ん中。ベッドの上で。


「良かった……生きてて……。ずっと探してたんだよ」


 ぎゅっと結月を抱きしめる。もう二度と失わないように。私の目の前からいなくならないように。強く、抱きしめる。




「春、そろそろ……」


 顔を赤くした結月が私の肩を押す。

 もっと抱きしめていたかったけど、他にやるべきことがある。一体どういう経緯で結月がここにいるのか。私はそれを知らないといけない。


「結月はなんでこの場所に?」

「学校帰りに誘拐されて。それからずっとここに閉じ込められてるの。春はなんでここにいるの? どうやってここに来たの?」

「……私も似たような理由だよ」


 ベッドで向かい合って座りながら、結月の様子をまじまじと見つめる。

 目の前にいるのは間違いなく私の幼馴染の黒野くろの 結月ゆづきだ。目は赤くない。でも髪の色と肌の色はあいつと同じ。

 私の中の妄想、空想でしかなかった仮説が真実味を帯びる。


「……結月と同じ見た目の人間ってここにいる? 変装が得意とか、メイクが得意とか。そんな人いる?」

「……私は会ったことないよ? というか、ここは人間なんてほとんどいない。私が初めてここに来た頃はいたんだけど、最近は見かけてない」

「そう……。じゃあさ。結月は昨日、何してた……?」

「昨日……?」


 もしも本当にあいつと別人だったら、昨日何をしていたか詳しく話せるはずだ。

 あいつの昨日の行動は私がよく知っている。

 モンスターハウスであいつに助けられて、そのあとは看病されて。思い出すだけで顔が赤くなりそうだ。近くに穴があれば入ってしまうくらい。


「うーん、と……」


 結月は何とか思い出そうと眉間に皺を寄せる。時折、苦しそうな声が漏れ出る。

 たった一日。前日のことを思い出そうとして、こんな風になるだろうか。嫌な汗が私の額を濡らした。


「いた……頭、いたい…………」

「ごめん、私が悪かった。無理に思い出そうとしなくても——」

「……う」


 ガクンと結月の身体がベッドに沈み込んだ。何の前触れもなく、唐突にだ。突然の出来事に何も反応出来なかった。


「ゆづ、き?」

「……」


 声をかけても起き上がらない。それどころか生気さえ感じない。みるみるうちに結月から体温が奪われていく。さっきまで温かかった手はひんやりとしていた。


「……ッ!」

「……ああ、おはよう。君のほうが起きるのが早かったね。体調はどうかな、良くなった?」


 何事も無かったかのように、ゆっくりと起き上がった結月の目は赤かった。血を零したようなどす黒い赤。その瞳の奥は凍り付くほど冷たい。


「……あなた、だれ」

「初対面じゃないのに、今さらそれを聞くの? 私は私。他の誰でもない、私だよ」

「朝の、記憶はある?」

「朝? 今起きたばかりだよ。寝ぼけてる?」


 寝ぼけてるのはお前のほうだと言ってやりたい。でも、こいつは本当に何も知らない。顔を見れば分かる。お前は何を言っているんだと。その目が、雄弁に語っていたから。


「あんまり変なこと言わないでよ。ここに監禁されすぎておかしくなっちゃった?」

「……そうかもね。私はいつ、ここから出られるの?」

「駄目だよ。出られない。君は永遠にここから出られない。変身も出来ない君がここを一人で出て行けるわけがない」

「……一人なら、ね」


 最後の呟きが聞こえていたのか分からないが、ニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべた。


「ねえ。君がここに来てから何日経ったと思う?」

「……一日……いや、二日?」

「そうだろうね。君が目覚めてからは、だけど」

「……何日、経ってるの?」


 ……嫌だ、な。本当は知りたくない。でも自分自身のことだから。ちゃんと、知らないと——。


「五日だよ。ここに運び込まれてから既に五日が経っている。君の仲間は薄情なんだね、全然助けに来ない。それどころかレッドと呼ばれる人がいるみたいだよ。既にその情報は結社で出回っている。おかしいよね、君がレッドなのに」

「……あ……あぁ…………」

「ね、だから君はここから出られない。誰も助けにこない」


 聞きたく、ない。その先は聞いたら、私は————。


「君は見捨てられたんだよ。コウセイジャーに。もう君の居場所はどこにも、ない」


 唯一の希望が崩れ落ちる。ずっとここから出るために拠り所にしてきた希望が、音を立てて崩れていく。

 涙が、止まらない。

 とっくの昔に枯れきってしまったと思っていたのに。後から後から溢れてくる。

 声にならない嗚咽も、震える体も。抑えることが出来そうにない。





「…………堕ちるのは一瞬だったね」

「……」

「ずっとここにいれば良いよ。私が、一生——」


 飼ってあげる。

 耳元で囁かれたそれはじわじわと私の心に沁み込んでいった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る