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「次はこいつだ。殺せ」

「……」


 言われるがままに殺した。いつだって、何度だって。

 背後から袈裟切り。心臓を一突き。相手に気づかれる前に胴体を真っ二つにしたことだってある。

 それに私の体液は毒だから、キス一つで死に至る。何人の男が私に騙されて殺されたことか。


「……上出来だ。よくやった」

「……」


 自分のことも思い出せず、命令に従ってただひたすらに殺す。

 初めて人を殺した時の後ろめたさは、とうの昔に失ってしまった。



「……私は、だれ」


 時々、自分でも気づかないうちにそう呟いていたらしい。目を閉じると確かに浮かぶ、人として生活した光景。

 きっと、”私”になる前の私は学生だった。

 毎日同じ時間に起きて、学校に行って、たまの休みに友達と遊んで。習い事だってしていたかもしれない。

 その記憶は確かにここにある。この頭に、この胸に刻まれている。それなのに、私は誰か、この一点だけが思い出せない。

 ……日に日に記憶が失われていく。昨日頭に浮かんでいた光景がもう思い出せない。楽しい記憶だったのに。もう二度と思い出せないと思うと悲しくて、怖い。







「……ふぅ」


 仕事を終えて自分の部屋に戻る。誰もいない、静かで暗い部屋に。

 今日は全て上手くいった。気づかれる前に斬り殺したし、後処理だって完璧だった。あれならきっと数ヶ月は気づかれない。

 身体の疲れを労わるようにゆっくりとベッドに沈み込む。

 次の仕事に備えてあとは眠るだけ。でも実はこの時間が一番恐ろしい。

 ベッドに横になり、うつらうつらとしていると必ずと言って良いほど頭痛が起きる。

 まるで前の私が今の”私”から身体を取り返そうとしているみたいだ。

 一つの身体には一人の心しか宿らない。二人もいたら窮屈で、きっとどちらかは溢れ落ちてしまう。


「いた、い……」


 溢れ落ちるのははたしてどちらか。

 ……もう、どっちの私だって構わない。この頭痛と、記憶が消える恐怖から逃れられるのであれば。私は”私”になりたい。






「…………」

「どうだった?」

「……ああ、完璧だ。お前の殺しの腕は完璧だよ。……だが、誰がここまでやれと言った?」


 現状を見て男は嘆く。

 結社の一員、それも幹部である彼から見ても、顔をそむけたくなるほどの凄惨な殺人現場だった。


「殺り方は現場の判断に任せなよ。臨機応変って言葉があるの知ってる?」

「そんなものは詭弁に過ぎない」

「……私のやり方に、文句があるの?」

「……だからッ」


 言いかけてハッと気づく。目の前の女はつまらなそうに、羽虫を見るかのような目で自分を見ていることに。

 男は確信していた。このまま何か文句を言えば、次に地に横たわるのは自分だと。言いたいことを全て飲み込み、男は大人しく口を噤んだ。


「まあ、それが賢明だね」

「……」


 危なかった、あと少しでも機嫌を損ねていたら自分の首は飛んでいた。男は安堵し、強張っていた全身の筋肉が弛緩していくのを感じていた。


「でも……遅かったね」

「……ッ⁉」


 一振り。避ける間もなく、斬りつけられた。痛む腕を押さえ、男は問う。


「お前……お前、お前、お前! 誰がッ、誰がお前に、殺し方を! 結社としての在り方を! 教えたと思っているッ!」

「そうだね、私の教育係だったね君は。でも——」


 ゆらりと歩み寄る姿はまるで死神。男の両足は震えていた。



「お前のどこにナンバーが有る?」

「……ぐッ」


 低く、脅すような声。踏み出すと同時に、容赦のない一突き。男はよろけ、胸を押さえながら口を開く。


「おッ、お前がッ、お前がいなければッ! 私はッ!」

「私がいようがいまいが、お前はナンバーを持たない。生まれた時点で既に決まっていたこと。……諦めな」

「がッ……」


 とどめの一突きで男は完全に沈黙した。


「こんな、ものか」


 女は殺しに飢えていた。ニンゲンを殺してもそれは虫を殺すのと同じこと。ようするに刺激に飢えていたのだ。

 だからこそ自分の元教育係に刃を突き立てた。


「もっと、刺激がほしい。殺しても死なないような奴、いないかな……」



 雨が、降り始めた。

 血にまみれた身体を洗い流すのにはちょうど良い。女は気にせず、雨の中を歩く。

 時折、何か思い出したように天を見上げる。


「”私”は”私”……。誰でもない、結社で”2番”を名乗ることを許された唯一の■■」

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