13.

「おねえ!」


 下駄箱で靴を履き替え、昇降口を抜けると凛華りんかさんが待っていた。


「学校お疲れ! 二人とも」

「凛華さんもお仕事お疲れ様です」


 昨日会った時とは全然違う、ダボっとした作業服を着て肩には黒いタオル。まさに現場の人と言ったところか。


「春ちゃん昨日ぶりだね。びっくりした? この格好」

「そう、ですね……。イメージになかったです」

「だよねぇ、よく言われるよ」

「私はお姉のこの格好好きー! かっこいいもん」

「ちょ、今汗臭いからあんまりくっつかないでよ」


 莉々りりは凛華さんの腰回りにべったりとくっついている。


「昨日春ちゃんたちも銭湯にいたんだよね? いいなー、私も行けばよかったぁ」

「ね、莉々も来たら良かったのに。春ちゃんたちはあそこの銭湯によく行くの?」

「いや、昨日はたまたまです。お風呂が壊れちゃって急遽銭湯に行きました」

「わ、それは大変だ。今日は大丈夫そう?」

「透子……さんが業者に連絡していたので使えるようになってるはずです。午前中に時間有給取ってたみたいですし」

「時間有給取れるんだ……羨ましい……」

「凛華さんは……」


 お休みが取りにくいんですか、と聞こうとしたが聞き慣れたアラームによってそれは遮られた。

 出撃命令だ。場所は……この学校?


「どうしたの? お姉も春も」

「え……いや、なんでもない、よ」


 私だけじゃなく凛華さんも腕時計をじっと見ている。何か通知が来たのか、しきりに指で画面をタップしている。

 って、人のことより自分のことを考えないと。

 この学校に間違いなく怪人が現れる。支部によると今から十分後に。この予測情報は学校側にも届けられるからそろそろ避難放送が流れるはずだ。

 問題はこの二人。避難放送が流れたら一緒に避難しないと不審がられるだろう。放送が流れる前に離れたほうがよさそうだ。


「ごめん、私——」

『学校に残っている生徒の皆さん! 体育館に避難してください! 緊急事態です! これは訓練じゃありません。繰り返す、学校に残っている——』


 二人から離れる前に放送が流れてしまった。まずい、変身が出来ない。何とかしてここから離れないと。


「うわ。ガチの避難放送だ、これ。早く体育館に逃げよう!」

「そう、だね……」


 体育館に行けばたくさん人がいるし、そこで何とか抜け出せば……。



 瞬間、音が鳴った。

 耳障りな声とコンクリートが砕ける音。

 まいったな、まだ十分経っていないっていうのに。


「莉々! 走って!」

「う……わ……」


 莉々は呆然とそいつを見ている。叫ぶことも逃げることも出来ずに、ただ茫然と見ている。

 このままでは巻き添えだ。莉々の腕を掴み、走る。少しでも安全な場所に、少しでもここから離れるために。


「ギィィィィィィィィィイイイイイ!」


 直接脳を叩いたかのような衝撃が走る。音が大きいだけじゃない、その声、音域、何もかもが不愉快だ。

 莉々は驚いて両手で耳を押さえている。しかし押さえたところで音が聞こえなくなるわけじゃない。ガンガンと頭が痛む。

 莉々は苦しそうにうずくまっている。すぐにでも安全な場所に逃がしてやりたい。でもそのためにはこの二人に私の正体を明かさないといけなくなる。

 どうする。どうしたら。私はどうすれば——



「変身!」

「えっ……」


 私じゃない。私じゃないのに、変身の掛け声が聞こえた。

 風が吹き荒れ、変身と叫んだ誰かを包み込む。

 今ここには私と莉々と凛華さんしかいない。莉々は目の前で蹲っているし、私はこの通り制服のままだ。

 じゃあこの風に包まれているのは……。

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