11.

「さっきはすみません、うるさかったですよね……」

「いえいえ……」

「妹ちゃんたちおっきくなったねぇ……」


 脱衣所を出て、座敷の休憩所に来ている。

 妹さんは中学生くらいの弟くんが引き連れてどこかに行ってしまった。ようやく三人でゆっくり話せるようになったというわけだ。

 透子が私とお姉さん、二人分のコーヒー牛乳を奢ってくれた。


「本当にお久しぶりですね、透子さん。今は何をされてるんですか?」

「高校の先生だよー。世界史の先生!」

「意外だ……。あれ? 結局そちらの子は妹さんなんですか?」

「いやっ、妹っていうか……親戚の子?」


 透子はだらだらと冷や汗を流しながら嘘を吐く。

 私との関係はトップシークレットだ。だから私も黙って話を合わせる。


「高校と透子さんの家が近かったので居候させてもらってるんです」

「そうなんだ。初めまして、桃田 ももた凛華りんかです。よろしくね。透子さん全然家事出来ないけど大丈夫?」

赤羽あかばね 春です。大丈夫ですよ、家事は私の担当なので」

「私もたまにやるし……」

「やらないでしょ」


 私に強くツッコまれた透子は静かに引き下がる。その様子を見て桃田さんは爆笑している。


「透子さん、めっちゃ尻に敷かれてるんですねぇ」

「え。いやいやいやいや、そんなことないって」

「そんなことあるよねぇ? 春ちゃん」

「ありますね」

「ええ、何この空間……私めっちゃアウェイじゃん……」


 ちびちびとコーヒー牛乳を飲みながら透子がごちる。

 その様子を見て私も桃田さんも笑った。


「桃田さんは透子さんとはどういう?」

「凛華でいいよー、私も春ちゃんって呼んでるし」

「じゃあ凛華さんって呼びますね」

「うんうん、好きに呼んでー。あ、透子さんとどういう関係かって話だよね。うーん、簡単に言うと元同僚?」

「同僚……?」


 同僚という単語に引っ掛かりを覚えて透子を見る。

 明らかにこれ以上聞かれたくないという態度でそっぽを向いていた。こいつ、何か隠してるな。


「春ちゃんは高校生なんだよね、学校楽しい?」

「……はい」

「いいな、高校生って。学校行って部活して、友達と放課後寄り道してさ。一番楽しい時だよー」

「そうだよねぇ、先生もそう思うよ」


 話題が逸れて元気になった透子が会話に加わる。

 逆に私が言葉に詰まる番だ。学校が嫌いなわけじゃないが別段楽しいとも思わない。

 招集がかかればすぐに出動しなきゃだし。寝不足でいつも机に突っ伏している私に声をかけてくる人はいない。私から誰かに話しかけることもない。

 要するに学校で喋る人がいないのだ、透子以外。

 それを知っているであろう先生透子はニヤニヤと笑う。


「そうだ、私の妹も高校生なんだけど。透子さんたちはどこの学校なの?」

「二人とも北高校だよ。ほら、駅裏の道を真っ直ぐ行ったところの」

「うそ、うちの妹と一緒だ。今日はいないけど高校二年生の妹がいてね。春ちゃん会ったことある?」

「どうだろう……桃田……」


 そんな人いたっけと思考を巡らせるも全く思いつかない。同じクラスの人ですら名前を覚えきれていないのだから思いつくわけがない。

 助けを求めるように透子を見た。

 右手を顎に添え、目下思案中のようだ。


「……二年三組の、文芸部の子?」

「そうです! 桃田 莉々って名前なんですけど、分かりますか?」

「私は三組にも授業で行くから知ってるけど」


 春は、と言わんばかりの顔でこちらを見る。


「分かんない……。三組は行ったことないし、知ってる子いないや」

「そっかぁ……。今度行ってみなよ、莉々に前もって話しとくからさ」

「えっ」

「それ良いじゃん。春、行ってきなよ」


 友達が出来るかもよ、と凛華さんには聞こえないくらいの声で私に囁く。

 こんな時だけ先生ぶって余計なお世話だ、と言おうとしたけど透子が嬉しそうに笑っていたから何も言えなかった。

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