アドリアンの生きた時代と地域

★チンギス・カンの時代「12世紀」と二つの草原

ユーラシア大陸の真ん中に、偉大なる草原が広がっており、その北辺はシベリア

のタイガによって、また、南辺は山々で仕切られている。

この草原は、アルタイ、サウル、タルバガタイ、そして西天山山脈によって、

お互い似ていない二つの部分にはっきりと「東西に」分けられる。

偉大なる草原の東方は、モンゴル高原とその周辺である。

内アジアと呼ばれ、そこには、モンゴル、ジュンガリア、

そして東トルキスタン「新疆ウィグル自治区」が位置する。

シベリアから内アジアを分けているのはサヤン山脈、ハマル・ダバン山脈、

ヤブロノヴィ山脈によってであり、チベットから分けているのは、クンルン、

ナンシャン南山山脈によってであり、中国からは万里の長城で区分され、

その長城は、乾燥した草原と中国北部の亜熱帯地方との、まさに境界上にある。

 偉大なる西方は、現在普通にはカザフ草原と南ロシア草原とに

分けて呼ばれている。

 しかし、それはカザフ共和国とロシア共和国という旧ソ連時代いらいの政治上の

枠組みから別々のものとして仕切られているに過ぎない。

 13,14世紀のモンゴル時代とその前後においては、

当時の国際語であったペルシャ語で

「ダシュト・イ・キプチャーク」すなわち「キプチャク草原」と一括して呼ばれた

ように、現実にはひとつらなりのものである。

地理学上から云えば、偉大なる二つの草原は全体で一つを形成しており、

はっきりと他から区別されるが、偉大なる草原内の東西の二つの気候的差異は、

甚だ明瞭である。

雨雲あるいは雪雲をもたらす大気は、自らの法則を持って流れる。

大西洋からのサイクロンが湿気をもたらすのは、山々の壁までであり、

山脈は草原を東西に分断する。モンゴル上空では、常に、巨大な高気圧がおおう。

その空気は乾燥して透き通り、それを通して陽光が降り注ぎ、地表を暖める。

冬には雪は少なく、草食動物は、雪をかき分けて餌……乾燥した草……を、食す。

春になると、灼熱した土壌が大気の底部を暖め、

暖められた大気が大空に舞い上がる。

北では、この舞い上がった大気でできた地上空間部に、

シベリアから感想した大気が流れ込む。

そして、南では、太平洋から湿った空気が押し寄せる。この湿気は、

草原を緑で覆い、そして、有蹄動物に、一年を通して餌を与えるに十分である。

動物が腹を満たせば、人も栄える。

まさにこのため、偉大なる草原の東部に、フン族、チュルク賊、モンゴル族

という強力な遊牧国家が勃興した有利な条件ができあがった。

草原の西では、降雪は三十センチを超す。さらに、

雪解け時には、雪が非常に硬いクラストを作り、牧畜は餌を得られず、死滅する。

このため、遊牧民は夏になると、動物を山々の遊牧地ジェイリャウまで駆り立て、

冬に向けて、干草を準備する必要に迫られた。思い出すのは、

黒海沿岸に住んでいたポロヴェツ人も、常設の越冬所を持っていたことだ。

そのため、古代ルーシの諸公からの脅威にさらされ、移動に手間取り、彼らは

ルーシの常備軍の攻撃をかわすことができなかった。偉大なる草原の西部では、

東部と違い、草原の民が独立を確保すべく、別の生活様式と

別の諸条件ができあがっていた。しかし、この世に普遍ということはない。

サイクロンとモンスーンは、ときに、それらの流れを変え、草原の上ではなく、

タイガ、あるいはツンドラ上を横切る。

その時、干ばつがゴビやベト・パク・ダラ砂漠の面積を広げ、植物や動物を、

北はシベリアに、東はアルタイ山脈を越えてキプチャク草原へそして南は

中国に追いやる。動物に必要な牧草と、狩りの対象となる動物を追って、

人々……偉大なる草原の民……も、うごく。まさに偉大なる草原の、この瞬間に、

遊牧民族と中国定住民族及び西方の定住民族との衝突が必至となる。

★草原とは?

  一口に草原と言っても、緑が一面にびっしりと敷きつめられた重草原のほうが、

むしろめずらしい。はるかかなたから見渡すと、うっすらと緑がかって映る。

ところが、近づいてみると、ポツポツと草が地に這う程度でしかない。

それでも十分に草原なのである。

 「草原」とは、そういう沙漠・半沙漠にちかいものまでも包み込んでいる。

ユーラシアの東西にわたるいくつかの縞目上の「おび」のうち、一部は大きく、

また小さく、森林地帯と重なり合いながら、その南側に草原地帯が走る。

東はマンチュリアから、西はハンガリー平原にまでおよぶ。

ここが、遊牧民の天地であった。前述したようにこの草原地帯は

東の「モンゴル高原とその周辺」と西のキプチャク草原の二つに分かれる。

歴史上にあらわれた遊牧国家のほとんどは、このどちらかに根拠地をおいた。

というよりも、このどちらかに基盤がなければ、政治上で大きな影響力を発揮

するほどの勢力となることはむずかしかった。

逆に、このふたつの「かたまり」をともどもに制圧した遊牧国家は、

それだけで十分に「世界性」をもつこととなった。

六・七世紀の突厥とっけつという名のチュルク国家しかり、

一三・一四世紀のモンゴル帝国はいうまでもない。ユーラシアの内側に、

二つの草原の「かたまり」があることは、これまで意外なほどに認識されていないが、遊牧国家の成立と展開、周辺の農耕・定着世界とのかかわり、そしてユーラシア世界史の動向などにおいて、見逃せない重要なポイントである。

★アドリアンの時代「1360年代」と中央アジア

 アドリアンは色々考えるところがあった。

いつどこにいて何をしようとしているのか?何をせねばならないのか?

何をしたいのか?考えてみた。

元々気楽な遊牧民でみんなそんな事は考えることもない。

ただアドリアンだけは祖父から聞いた祖先の歴史を振り返り、

自分もチンギス・ハーンの末裔で祖先と同じ様に生きたいと願っていた。

時代はモンゴルの終わりの始まりを示唆している。

 本家の大元ウルスは政治の実権を軍閥が握り、大ハーンの首は軍閥により

刎ねられるかあるいは任意にすげ替えられるか何れかを選ばざるを得なかった。

要は軍閥の言うことを聞かなければ殺される時代になっていると云うことだ。

後宮も実権を皇太后が握り、夜伽の人選さえも大ハーンの思うに任せなかった。

他方軍閥も抑えられない反乱が地方では頻発していた。

朱元璋などの反乱軍が南方では実権を握りつつあった。

 ジョチ・ウルスにおいても、1359年のベルディベグ・ハンの死によりバトゥ系

が途絶え、大紛乱に陥った。今までに20人近くのハンが交代した。

キヤト部族のママイが黒海北岸を押えて大勢力となり、

ハン国の事実上の支配者となった。

  アドリアンの所属するアク・オルダにおいてはトカ・テムル系の

トグリ・テムルがハンの座を占めている。

 チャガタイ・ハン国は1340年代に東西に分裂した。

西チャガタイ・ハン国はマー・ワラー・アンナフルを支配しているがハンによる

中央集権化の目論見とチャガタイ・アミールによる地方勢力の割拠の目論見に決着が付き、1364年にチャガタイ・アミールのフサイン・ティムールの連合軍が

勝利した。

 フサイン・ティムールは傀儡のハンを擁立し、

マー・ワラー・アンナフルの実権を握った。

 一方モグリスタンと呼ばれた東チャガタイ・ハン国は同じく1364年に

フサイン・ティムールの連合軍に敗北し、シルダリア川以北に追いやられた。

イランに建国したイル・ハン国はこの頃にはすでに滅亡し、

群雄割拠の時代に入っていた。

 以上の事実が現状の時代認識である。

 地域はどうだろうか。アドリアンの住んでいる中央アジアは程度の差こそあれ

広く乾燥が優越する。

 自然の景観も、北から緯度にしたがって、順に、地衣類が覆うシベリアの

凍土ツンドラ地帯から、森林地帯、森林ステップ草原地帯、ステップ草原地帯、

沙漠地帯、乾燥農耕地帯と、ほぼ縞目しまめ状に「おび」をなして、

移りゆく。大地の形も、きわめておおまかで、ところどころに山脈や

山地・高原、そして盆地が起伏する。

 山があれば、山麓に河川やオアシス泉地となって、

水の恵みがもたらされる。人々の生きてゆくかたちも、自然のおおらかさに伴って、

狩猟・遊牧・牧畜・農耕と、やはりきわめて単純に移り変わる。

 そして、ところどころに散らばる都市・集落には、商業、工業、

各種の生産業・サーヴィス業などが、集中して営まれる。

 今いる草原ステップ地帯を除けば、峻厳な山岳地帯と極度に乾燥した沙漠地帯が

地形の大部分を占めるが、雪解け水によって川が潤い、また灌漑水路が作られると

農耕可能なオアシス地帯となる。

 さらにシルクロードによる東西交易の商業活動が活発になると大都市

「シルダリア川流域の諸都市、ホラズム諸都市、ブハラ、ナヴォイ、サマルカンド」

ができ、大規模な建造物も作られるようになる。

 東トルキスタン「今の中国新疆ウィグル自治区」と西トルキスタン「ソグディアナ」の地はかってそのようなオアシスが開け、

文化の交流した中央アジアの地域である。

 以上のことを踏まえると豊穣な農耕・牧畜地帯で定住生活も営めるチムールが支配するマー・ワラー・アンナフルにまず目を向け征服して貢納を迫りたくなるのが人情というものだ。その次にモグリスタンそれから今挙げた東トルキスタンである。

古来からこの地で遊牧民と農耕民との争いが繰り広げられてきたのもうなづける。

注……西トルキスタン「ソグディアナ」はマー・ワラー・アンナフルと同義である。

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