<一>婚約と黒ウサギ①
遠くで、鳥たちが
黒ウサギは
ここは
魔族といっても見た目も能力もただのウサギと変わらない。黒いふわふわの毛並みに、つぶらな
今日も
けれど朝からの強風のせいで、穴の入口が土に
その時だ。再び音が聞こえた。
今度は地鳴りのような
『
『魔王様を
『人間の分際で生意気な。だが
黒狐たちの言うとおり、
それなのに、不快で
──が、
地鳴りのような音とは別の方向から、人間の兵士が十人ほど姿を見せた。
黒狐たちが噂していたトルファ国の兵士だ。本隊とは別に、先に
「このウサギも魔族だな。大した力は無さそうに見えるが、どうする?」
「魔族は
兵士たちはみな、
逃げないと殺される!
兵士が
よく見れば兵士たちの甲冑は傷と血にまみれている。仲間の魔族の血なのだ。そして自分もこれから、この血の一部になるのだ。そんなことを考えたら頭の中が真っ白になった。
「観念しろ、憎き魔族め!」
鳴き声を上げる間もない。鋭い
こんなの
その時、兵士たちの後ろにいた男がおもむろに顔を覆っていたバイザーを外した。
少し
楡の木陰で、黒狐たちはこうも言っていたっけ。
『トルファ国の勇者は、金の髪と緑色の目をしているそうだ』──。
「殺せ」と、男が言った。背筋が
命令どおり、刃が黒ウサギの心臓を
魔族の命を奪えと命じている。
自分は彼のせいで命を終えるのだ、と──。
〇 〇 〇
「今からおよそ六百年前、東の小国だった魔国の魔王は、次々と
涙ながらに、自国の歴史を教える教師。
生徒たちはみな真剣な顔で聞いている。
そんな中、アシュリー・エル・ウォルレットは一人、割り切れない気持ちでいた。
(確かに魔族はトルファ国民の命を奪ったけど、でもトルファ国の兵士だって魔族の命を奪ったんだから……)
口にしたところで、誰からも同意を得られないとわかっている。
それでも前世は魔族の黒ウサギだった、という
トルファ国の
高熱で
そんなアシュリーに家族は首を
遠い目をして思い出すアシュリーの前で、教師の熱弁は続く。
「そんなトルファ国の危機に、一人の勇者様が立ち上がりました。なびく金の髪に緑色の目をした強く気高い勇者様は、
(勇者!)
その言葉を聞いただけで、今でも背筋が冷たくなる。
前世で
高い山脈に
最初に攻め入った魔国が悪いと、歴史を学んだ今ではわかる。けれど簡単には割り切れないし、皆のように勇者を
「ラララー。勇者様はー
(勇者が素晴らしい? そんなわけないわ。怖いだけよ)
死に際の恐怖がまざまざとよみがえり、ゾッとした。
(……何にせよ、平和が一番だわ)
心から思う。
この平和な世界で、つつましく
──と、それだけが願いなのに。
(デビュタントの日が近づいてくるわ……)
このトルファ国は階級社会である。
王族を頂点とし、貴族や地主などの上流階級、聖職者や医師といった専門職と、
上流と中流階級の子どもたちは、男女ともに十七歳で社交界へ出る。
そのための大事な儀式が、デビュタント──王族への
子息たちは国王に、子女たちは
伯爵令嬢にとって、デビュタントは
けれど──。
(デビュタントの場所は、国王陛下の
この国の直系王族は勇者の子孫である。
宮殿のある王都カタリアに行くのも初めてなのに、さらに王族の住まいそのものへ向かわねばならないなんて恐ろし過ぎる。
幸いにも王妃は隣国から
それでも勇者の子孫たちがすぐ近くにいる。さらに護衛の兵士たちも。
考えるだけで身の毛がよだつ。
(せっかく今まで平和に過ごせたのに……)
行きたくない。避けられるものなら避けたい。
たまらず、両親にその
「何を言いだすかと思えば。国中の男女が待ち望む場だぞ。ああ、そうか。アシュリーは
「そうよ。とっておきのドレスを選んであげますからね。これでアシュリーも社交界デビューね。結婚相手候補の
体調を
領地内の
(もう打つ手がないわ……)
不安と恐怖で胃が痛い。
そんな中、ついにデビュタントの日がやってきた。
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