1-3. 迷子と闘競(バトル)観戦 ②
ヌティオスが自分に都合の良い返事をしないので、クリアは舌打ちした。
「ちッ!使えない奴ね」
頭の回りが鈍いヌティオスは、人間の論争や競争が理解できない。だから、なるべくその件については触れたくないのだ。
二人の論争などどこ吹く風といった様子の小柄の少女は、ステージで闘競を続けている蛍の動きを見つめて言った。
「あっ、森島さんが動き出しましたよ!あれは決め技に繋がる動きですね!」
その頃、のぞみは木々が茂ってできた自然のトンネルからステージに踏み込み、二人の戦いを間近で見ていた。
「あの子!一方的にいじめられているのかも。助けないと……」
この学園には、身につけた力を使ってルール違反を行う心苗が少なからずいる。こんなふうに人けのない場所で暴力を振るうというのは、のぞみにとってはあるまじきことだった。のぞみはそっと動き出す。観覧席にいるライが、のぞみの姿に気づいて言った。
「あの人、いつからそこに居た?」
クリアはライの視線の先に闖入者を探す。親友のバトルを邪魔する者が目に入り、腹立ちまぎれに言った。
「勝手に闘競に乱入するなんて!あの女、誰よ!?」
ダックテイル頭の男が大声で呼び掛けた。
「お~い!!そこの
しかし、蛍とホルスの戦いは激しく、ステージ内の土塊が破壊される発破音が耳をつんざき、のぞみには彼の声が届かない。
「ダメだな、聞こえねーんだ」
小柄の少女は青ざめた表情で言った。
「あのお姉さんを止めないと、とんでもないことになりますよ」
どんな闘競でも、一旦始まると、心苗は誰もステージに上がることは許されない。もし闘競中、特別な事態に陥ったとしても、介入するのは学園の教諭か、または一部の、秩序・治安を守る権限が許された生徒会幹部にしか認められていない。だから、ステージに踏み込んだのぞみをなんとか退けたいと思っていても、彼らはステージに上がることは出来ない。
その時、蛍の元へと刺々しい鉄球が飛んできた。それを避け、一瞬のうちに跳躍する。土塊の上を左右に飛び移り、その動きに合わせ、源で作った手裏剣を振り続ける。ホルスは手裏剣を生身で受け、耐えながら、蛍の動きを捉えんとしていた。彼女の源の気配をしっかり感じ、首を仰ぐ。蛍はホルスの上空から降りてきて、全ての源を右足の先端に集め、重力を頼りにバトルブーツで蹴りを食らわせる。
のぞみは蛍から20メートルほど離れた土塊に身を隠しながら二人の様子を覗いていたが、蛍の方が不利な戦況であることに気づいた。
「大変、あの子、やられちゃう!」
蛍はその技でホルスを倒すつもりだったが、彼は巻いたチェーンを纏っている右腕で攻撃を防いだ。両足でしっかりと地面に踏んばり、蛍の攻撃の大部分が相殺される。その反動で地面には直径3メートルはあろう、大きな割れ目が現れた。
「うそでしょ?!私の雷刃蹴りが効かないなんて!」
嘆くような蛍の声を聞き、ホルスは叫んだ。
「決め技ってのは、この程度か?浅過ぎて笑っちまうぜ!」
「くっ、なら、もう一丁お見舞いするまでよ!」
ホルスは源を手腕に集中すると、筋肉を増強させ、蛍の蹴りを押し返す。空中に飛ばされた蛍は、3番目の決め技が効かないことに焦りつつも、空中で体勢を立て直す。落下しながら足に源を発し、落下の速度を上げる。地面に接近すると体を垂直に一回転させ、右手から、雷光のように閃く何かを振り落とした。よく見ると彼女の右手には、源で作った脇差しが握られている。
間一髪、チェーンハンマーを引き戻したホルスは、その鉄球で雷光のように閃く
「なんで稲妻斬りが効かないのよ!?」
ホルスが笑った。
「テメェ、途中で気が乱れただろう?その程度でオレと互角に渡り合おうなんて、随分舐めたこと言ってくれるよなぁ?!」
ホルスは怪力を活かし、蛍ごと、鉄球を投げ飛ばす。蛍は受け身が取れず、そのまま二、三の土塊を打ち破り、先にあった岩壁に激突する。その衝撃で落石が起こり、蛍は岩壁の崩れる轟音と土煙の向こう側に姿を消した。
ホルスは、はしゃぐような大声を出した。
「どうした!貴様の実力はそんなものか?オレのカレッジにも忍びの技を修業する奴はいるが、遙かに及ばねぇぞ!?
その時、風見かぜみ綾れいが観覧席に現れた。彼女は観覧席の階段から降り、観戦している五人の元へと近づいてくる。
綾の姿に気づき、小柄の少女はそちらへ向かって歩みを進め、話しかけた。
「風見さん、あなたと同じ第三カレッジの、2年D組のフォンス=エルドさんとの
「売られた喧嘩を買ったまでや」
ライは綾の制服をよく見てから、座ってままで話しかける。
「その様子を見ると、また無傷で勝ち取ったようですね」
「弱い犬ほどよぅ吠えるわ」
綾はこともなげに言ってのける。ライは落ち着きはらった笑みを浮かべて言った。
「予想通りだ」
小柄の少女がニコリと笑って言った。
「流石、うちのクラスのトップ軍団に居座るエリート
綾は平然とした表情のまま、問いかける。
「藍にライ君まで、森島の闘競を見に来たんか?珍しいな」
小柄な少女の名は
「とても勉強になります。冬休み前と比べて、森島さんは強くなりましたね」
綾は闘競の話題に変えた。
「ほんで、森島とカイムオスのバトルはどないなってる?」
「あっ、そうです、大変なことが起こりました。ステージに誰かが侵入しているんです」
「侵入!?」
綾はステージを眺め、のぞみの姿を見ると驚いて言った。
「迷子の子や……。なんでこんなとこに……?」
数秒の後、蛍は石礫の山から立ち直った。負傷していたが、衝撃の前に
「テメェ、まだ続けんのか?」
「くっ!馬鹿にしないでちょうだい!」
蛍は手首を見る。そこには判定のための数値や時間が光の文字で示されている。
ダメージ数値がまた少し上がっているが、カウントダウンまではまだ少し時間がある。なんとか自分が受けたよりも甚大なダメージをホルスに与えることができれば、まだこのバトルを勝ち取れるチャンスはある。そう思った蛍は大声で言い返した。
「当然でしょ!あんたに負けるようじゃ、クラスの笑い者になっちゃうわ!」
「ほぅ?そこまで言うなら全力で潰させてもらうぜ!」
ホルスは右腕に纏めているチェーンを全て取り離し、頭の上で回転を始める。
チェーンハンマーのスピードを少しずつ上げ、チェーンが空気を切る低い音が徐々に高まり、まるで大型の扇風機が作動したような音になった。ホルスはチェーンハンマーを使い、ステージにある土塊を次々に打ち壊す。全ての土塊が崩され、ステージが剥き出しになる。
蛍はこれまでのような、ステージの特性を生かし、高速移動でホルスを乱目する戦い方を封じられる。土塊を盾に隠れることもできず、逃げ場のない平ステージに立たされた。
先ほどの衝撃で右足を負傷していたため動きが鈍くなり、反撃どころか鉄球の攻撃を避けるだけで精一杯だった。蛍は絶体絶命のピンチに陥っていた。
反撃の隙がないまま、蛍はでんぐり返しをして鉄球の直撃を避ける。そのまま立ち上がろうとしたとき、足が攣った。立ち上がれず身動きが取れないまま、気力だけでホルスを睨む。
「ハハ、オメェの足、もう使えねぇのか?悪いが白星は俺がもらうぜ!」
ホルスは蛍へ狙いを定め、容赦なく鉄球を打ち出す。もう逃げられないと観念した蛍は目を閉じ、残りの源を振り絞るようにして鉄球が直撃するのを防ごうと試みた。
その瞬間、のぞみが立ちあがり、叫んだ。
「やめて下さい!」
ホルスは意識を蛍に集中させていたため、のぞみの存在には全く気付いてなかった。突然、目の前に現れたのぞみを認めると、驚愕した。
「何?!」
部外者が介入したとき、闘競を行っている双方は、技を収めなければならない。が、彼は突然の出来事に対処できず、ギリギリで手を止めることはできても、鉄球のコントロールまでは間に合わない。
刺々しい鉄球が眼前に迫るのを見定め、のぞみは両手を伸ばし、全身に源を発する。源によって体は燃えるほど熱くなる。のぞみは源を前方に打ち出した。
「はあ~!!!」
のぞみは凸レンズ型のバリアを創りだし、金色の盾になって、鉄球の衝撃を阻む。
「うわ!!」
のぞみは頭を抱え、受け身の姿勢を取る。ホルスの攻撃は止められたものの、
金色の盾は割れ、爆散してしまった。足を踏んばって衝撃に耐えると、受け身を解き、体勢を立て直す。
いつまでも攻撃が来ないことに疑問を感じた蛍がそろりと目を開ける。そこには栗色の長い髪と、少女のものらしい背中があった。少女は振り向き、蛍の様子を見ながら問いかける。
「大丈夫ですか?」
蛍は想定外の出来事に、目をぱちくりさせて言った。
「だ、誰よ?あんた!」
チェーンハンマーを手に引き戻しながら、ホルスはまだ驚愕の表情をしたままで言った。
「オレのレオトスターグラシャが防がれただと……?!」
ホルスは手に持った鉄球を見て、不思議に思った。それから、のぞみに視線を向ける。目線を向けられたのぞみは、叱るような口調で言った。
「彼女がもう動けないとわかっていて、どうして戦い続けるんですか?イジメはいけません!」
諭されたホルスは、呆れ顔になって言い返す。
「イジメ?……俺がか?オメェ、何、勘違いしてんだ?」
足の痙攣が治まった蛍は立ちあがり、両手でのぞみを突き飛ばす。
「あんた邪魔よ!さっさとステージから離れなさい!」
押されたのぞみは仕方なく間合いを取る。なぜ助けたはずが邪魔者扱いされているのかわからず、驚いて言った。
「え?!あなたはあの男に暴力を振るわれ、この僻地に追い込まれたんですよね……?」
のぞみの勘違い甚だしい弁明を聞いて、蛍は苛立ち、怒鳴った。
「はっ?何それ、馬鹿馬鹿しいこと言わないでよ。あんた、人の闘競を妨害してるだけじゃない!」
蛍の言葉を聞いて、のぞみは今更になってまずいことをしてしまったと気がついた。
「えっ、ここは、
そのとき、「タイムアウトしました」という機械音が聞こえ、
<勝者、ホルス・カイムオス>
蛍ほたるの手首に、負けを知らせる文字が現れた。勝負の判決は、
ホルス対蛍=5619対7857。蛍の受けたダメージの方が多かったので、
機元はホルスの勝ちを判定した。
バトルは終了した。チェーハンマーを右腕に纏めながらホルスがやってきて、蛍に向かって話しかける。
「Ms.森島、白星はオレのものだな!」
判定は明らかだった。しかし蛍は、負けたことへの恥辱よりも、部外者による邪魔が入ったことに対する怒りの方が大きく、抑えきれなかった。
「なによ!この女の邪魔さえなければ、さっきのカウンター技で、まだ勝算はあったわ!」
「おいおい、オレが勝ったのは事実だろう?さすがに見苦しいぞ!」
負けたうえ、さらに相手に説教までされたことでイライラがつのり、蛍は怒りに任せて吠えた。
「何ですって?!」
「あの……、悪者だって勘違いしてしまって、すみません」
おずおずと謝るのぞみに、ホルスは気持ち良いほどの大声で笑って言った。
「ハハ、気にすんな!この顔だからな、よく勘違いされちまうんだ!ところでオメェ、ただの闘士ウォーリアじゃねぇな?」
のぞみは驚き、ホルスに問う。
「はい。どうしてわかるんですか?」
「さっきのバリアだよ。がっちりシールドの型をさせてただろ?オレたち闘士にゃ、普通はそんな細かい武器作れねぇ。お前、素質は
闘士の
基本的に闘士は戦闘を重視するため、例え源を武器の形にさせても、操士のように細かい造形はしない。それよりは、物質を硬化させ、身近にあるものを武器化したり、武器そのものを硬化させることで攻撃力を上げるような使い方に長けている。
「元々そうですが、今日からハイニオスの
「ほう、操士が俺のハンマーの直撃を防いだってのか。オメェ、名前は?」
「神崎のぞみです」
「そうか、覚えておこう。ハハ。アテンネス・カレッジに、また面白い奴が現れやがった。ますます愉快だなぁ!」
のぞみの名を聞くと、ホルスは蛍とは目も合わせず、勝者らしい自慢げな顔をして、荒々しい態度でステージを去って行った。
ホルスがステージから見えなくなると、蛍は顔を真っ赤にし、両手を組んでのぞみを睨めつけた。
のぞみが乱入した瞬間は、蛍にとっては反撃のラストチャンスだったのだ。ほとんど負け戦だったことは棚に上げ、蛍は不名誉な黒星を押しつけられた責任をのぞみに丸投げして言った。
「ちょっと!新学期の初めにこのバトルで勝って、心機一転しようと思ってたのに!あんたのせいで負けたじゃないの!」
「ごめんなさい……
「冗談じゃないわ!口で謝って済むとでも思ってるの?!」
つづく
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