1-3. 迷子と闘競(バトル)観戦 ①

 のぞみはハイニオス西部の、天然の闘技場エリアにやってきた。このあたりは町外れのように建物が少なく、視界に入る景色は人造物よりも自然物の方が多い。


 闘技場のステージは森、岩山、湖のように広い池、川、橋や窪地など、さまざまな地形が見られる。観覧席も、壁のようにそそり立つ天然の一枚岩や、年輪の細かく刻まれた神木の切り株で作った階段席などがあり、自然物と人工物が混じり合っている。


 明らかな人造の建物は、ゴルフ場やキャンプ場のサービスセンターのように、エリア内の一部にまとめられている。闘技場は、心苗に自然環境下での戦闘を身につけさせるために用意された、特殊なステージだった。


「おかしいなぁ……。町から離れていってないかしら?案内された道を来たはずなのに……」


 のぞみは方向音痴だった。間違ったことに気づいたときにはいつも、正しい道から遠く外れたあとということもしばしばある。


 イトマーラは、領地の8割が聖光学園セントフェラストアカデミーの所有地になっているため、学園の土地と私有地の境目がはっきりしていない。迷子体質ののぞみにとっては、迷わずに目的地に辿り着けというほうが無理な話だった。


 彼女が辿り着いたところは、リゾート地によく見られる散策路のような場所だった。とはいえ、目に入るものすべてが雪を被る季節。奇妙な姿をした木々には一枚の葉もなく、寒々しい枝はどれもぴったりと氷のベールに覆われている。石の歩道に沿って歩いていくと、のぞみは気づかぬうちに森に足を踏み入れていた。散策路らしく整備されていた足元も、剥き出しの地面になる。


 気づくとのぞみはステージの岩山の前まで来ていた。そこに登れば自分のいる位置がわかると思ったのぞみは、石と木を跳び移り、さらに高く、岩山の中腹まで跳躍すると、誰かが岩壁に残してくれていたチェーンを掴み、登頂した。


 標高500メートルの岩山の頂上に立ち上がると、視界が大きく開ける。360度、ぐるりと見回すと、町の方向を仰いだ。雪の舞う白煙が僅かに薄くなり、建物群の間から大きなピラミッド状の建物が見えた。


「やっぱり、また道を間違えちゃったのね……」


 目的地の方角を確認すると、岩山の上から森に向かって跳び降りる。地上に着くまで何度もバク転を繰り返すと、源を両足に集め、着地のタイミングに合わせて最後のバク転をした。着地の時、身体に与えるダメージを軽減させる体術だ。


 『鋼足こうぞく』と『雲身健体』のスキルを併用したのぞみは、山の頂上からひとっ飛びに降りてもほぼ無傷だった。そのまま真直ぐ行けば、きっと元の町に戻れる。そう思ったが、舗装されていない自然の小径は、堅雪が氷のようになっていて歩きづらい。そのうえ、あたり一面が雪に覆われているせいで、どこが安全な道なのかもわからない。そもそも方向音痴ののぞみは、また進路を見失いながらも、なんとか舗装された道まで辿り着いた。しかし、森の中、曲がりくねった道では方向がわかりづらい。


 遠くの樹木の根元にあるがらんどうの樹洞から、小さな獣が顔を出した。白い体毛に覆われた獣は、はじめ五本に分かれたもふもふの尻尾を見せていたが、ぐるりと全身を翻すように細い首をこちらに向けると、焦った様子ののぞみを見守るようにじっとしている。


「どうしよう、このままじゃ入学院手続きに遅刻しちゃう……」


 のぞみの見据える先、歩道が分かれていた。分岐する方の道は元の道よりも細く、でこぼこの地面で、しかも下り坂になっている。迷っていると、のぞみは近くに複数の源の気配がすることに気づいた。そのうち、二つの気配はとくに鋭敏に感じられる。戦っているような気配だ。人がいるなら、道案内を頼もう。そう思った彼女は、細い分岐路へと歩を進めることにした。


 小径を先に進むと、谷底に辿り着いた。そこに、直径およそ200メートルほどだろうか。岩で造られた大きな窪地の闘技場があった。


 円形の広い窪地に、無数の土の塊が、丘のように盛りあがっている。一つひとつはおそらく3メートルほどの高さ、大人五人が手を伸ばし、繋ぎ合わせたほどの太さの土塊だ。


 ステージに立つと、それらの土塊が身を隠し、敵に場所が見破られない設計になっている。高低差を利用した作戦を練るのにおあつらえ向きなステージだ。


発破をかけたような爆発音が聞こえ、土の塊が潰れる。地面が少し震えた。


 さらに、空気を薄く切るような音がしたかと思うと、土の丘にザッ、ザッ、ザッと何かが刺さる。あまりに速すぎるのか、その何かは一瞬見えたかと思うと、すぐに消えた。舞う土埃が少し晴れると、何かを刺した跡が六つ、残っているのが見えた。鈍器が空を切る低い音が鳴ったかと思うと、音のした場所から遠く離れたところにトゲのついた鉄球が穴を打ち抜いた。鉄球が元の場所へ引かれると、岩に大きな風穴が空いているのが見える。


 のぞみが目を凝らして見ると、サッ、サッ、サッと、細い人影が、土塊の上を飛び移っている。


 ザッ、と足が止まり、アジア系の顔立ちをした少女が、土塊の上に立った。茶髪のサイドポニーテールは肩まで伸び、黒地に赤と銀の紋様の入った二部式の忍び装束を着ている。パッと見たところ、身長は156センチほどだろう。丈の短い上衣と、

ミニスカートに機元ピュラトの付いた太いベルトを締め、足には軽量化されたバトルブーツ。腕、腹部、首、太ももには、光に照らすと金属のように輝く、特別合金で作った下着スーツを着用しているようだ。日陰では黒く見えるそのスーツは、彼女の細い体に似合っている。まるで、文明の発達した異星人が、謎の技術で作った忍びの衣装のようだ。


 少女は彼方から投げられた高速の鉄球を、タイミングを見極めて跳び避ける。空中で右手にフラムを集め、何か投げるような手振りをしたかと思うと、六方手裏剣が飛び出した。手裏剣は鉄球を投げている人物に向けて勢いよく飛んでいく。


 手裏剣の飛ぶ先にいたのは大柄の男性だ。鋭く短い耳に土色をした肌、筋骨隆々な身体に、肩のところがアーマーのように大きく作られた男物の制服を着ている。シャツの形、縫い方、紋様すべてはその男の勇姿と、鍛えあげられた胴体を強調するようなデザインであるとともに、その男が第六のガイルヌース・カレッジの生徒であることを示している。


 男は武器を持っていない方の手を顔に翳して受け身を取る。全身から湧き出す源で強化した筋肉が、鋼のように丈夫になり、六方手裏剣の攻撃はあっけなく地に落とされていく。男は挑発的な叫びを上げる。


「なんだ、この薄っぺらな技は!忍びなどと名乗ったわりに、大した者ではないな?」


少女は地面に着地し、涼しい笑みを浮かべて言った。


「まだまだ!あんたに私の動きが捉えられる?」


 少女は疾風の如く縦横無尽に駆け回り、男の目を翻弄する。しかし、男は微動だにせず、瞳の動きだけで少女を捉えようとしていた。右手には鉄球に繋がる鎖を握り、振り出すタイミングを狙っている。スピードと集中力の打ち合い合戦が繰り広げられていた。


 闘技場の周りには、地面に垂直にそびえ立つ岩壁に空いた風穴が観覧席として設けられている。人気の試合ならば双方の応援者や心苗の偵察をしたい者などで観覧席は賑わうが、今は小動物が気安く入ってくるほど人の気配がない。それでも、白と朱色の制服を着た男女四人の心苗と、四つ腕の男が観戦していた。


 一人の少女は小柄で、年の頃は14歳くらい。黒髪を二つの団子頭に結い上げている。そのお団子を包む布には綺麗な刺繍紋様が入っており、リボンできっちりと結ばれていた。


 もう一人の少女は顔立ちやスタイルが全体的に大人っぽく、碧い瞳をした白人である。カラメル色をした短いポニーテールが美しく、前髪にはパールの付いたヘアピンを右側に差している。彼女は17歳だったが、もう一人の少女と三つしか年が違わないとは思えないほど大人びている。


少年の方は、一人がアジア系で、黒い瞳にブルーグレーの長髪を束ねている。


 もう一人は少し顎の出た白人で、灰色の瞳と高い鼻が印象的だ。四人の中でもっとも年長に見えるこの少年は、金色の髪の毛をダックテイルに整えていた。


彼らは第三カレッジの心苗だった。


 小柄な少女は席に座り、うるうるした目でもう一人の少女の背中を見つめ、問いかけた。


「ヒタンシリカさんは、この闘競バトルは誰が勝つと思いますか?」


 大人びたその少女の名はクリア・ヒタンシリカ。彼女は両手を組んで立っている。目はバトルから離さず、背中を見せたままで答える。


ほたるちゃんが勝つに決まってるわ!ただ鈍器を振り回してればいいと思ってる雑魚と違って、スピードが圧倒的なんだから!」


 アジア系の少年の名はリンム・ライ。彼は小柄な少女よりも一段上、1メートルほど離れたところに座っている。誰よりも冷静な面持ちで戦いを見ており、クリアの意見に理路整然と反論する。


「ホルス・カイムオスは第六カレッジ。2年E組に在籍。チェーンハンマー使いとしてはカレッジの二年生の中で3番目に強いと言われている。対する森島さんは、守備一点で攻めに転じるチャンスを全く与えられなかった。スピード戦法で相手を惑わせる作戦なんだろうけど、彼の動きは妙に落ち着いているように見える。これでは体力を一方的に費やすのは森島さんではないかな?」


クリアは甲高い声で笑って言った。


「遊んでるのよ。それだけ余裕があるってことでしょう?」

「意味がわからないな。二人のグラムの質量評価はどちらもDランク。

森島さんが主に修行したのは、忍びの技だ。出来れば早いうちに相手を倒すのが上策のはず。とすると、戦闘時間が伸びれば伸びるほど、森島さんには不利だろう」


ライの分析が気に入らないクリアは、少し突っかかるように問いかける。


「御託はもう十分だわ。それでライ、あんたどっちの味方なのよ?」


ライは冷静に答える。


「僕はどちらの味方でもない」

「はぁ?自分と同じ所属の仲間を応援しないって、あんたどういうつもり?」

「どういうつもりも何も、この学園にいる心苗はみんなライバルだろう?それに、

今は学院内でバトルしているけど、今後は実戦授業で他のカレッジの闘士

《ウォーリア》や、他学院の心苗と組み合うことになる。現段階で、敵とか味方を決める必要はないと思うんだけど」


「そんなふうに理屈っぽいことばっかり言ってるから、実技平均評価がクラスで30位台から上がらないのよ。今こそ闘争心を持って、一つひとつのバトルで相手を確実に倒さなきゃ。勝ちを積み重ねて良い成績を示していけば、別学院の心苗と組み合う時にはさらに実力がつくはずじゃない」


「私が言ったのは感情論ではなくて、今、このバトルで起こっていることを分析したまでだよ」


ダックテイルの男が、軽薄な口調で割り込み、クリアに話しかけた。


「クリアちゃん、あんな騎士レッダーフラッハみたいに陰気臭い奴と議論を交わしたってしょうがないじゃん?」


 クリアには、自分の立場が危うくなると直ぐに周りの連中を味方に付けようとするところがある。クリアは首を傾け、五つ段階を上ったところに立っている四つ腕の男に問いかけた。


「そうね。ヌティオスはどう?」


 ヌティオスは薄い蒼色の肌をしている。顔と耳はミュラーズ人に似ているが、巨人の子のような巨躯と四つ腕は、獣人ハルーオズ人の特徴だ。所属門派の道着を着た上半身からは、獣のように硬くごわごわした毛が覗いている。


 クリアの強気な問いに、見た目には似合わず焦ったような口調でヌティオスが答えた。


「オッ、オレに聞いても、分からないぞ」




つづく

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