第二十一話 クワ

『えぇ、見ていました。二人は幸せそうにホームで電車を待っていて、手を繋いでいました。隣からこっそり見たら彼女、桑の実を持ってたんですよ。私の家の実家にも生えてて、昔はそのまま食べてたから知ってました。あの、黒とか赤の木の実です。


 え……? あぁ、はい。桑の実は、花束みたいになってました。それで、彼氏が微笑んで彼女の肩を抱いたから、私、恥ずかしくなって目をそらしました。で、電車が入ってきたと思ったらドサって音がして。驚いて見たら、彼女が線路に落ちてたんです。もう、一瞬の出来事だったからよくわからないんですが、彼女四つん這いになりながらこっちを振り向いたんです。彼氏に向かって般若はんにゃのような形相をしていたように見えました。


 えぇ。でも、彼女は直後に轢かれてしまったので……。もう、その後は駅のホームに悲鳴が響いて私も慌てちゃって。


 彼氏? 彼氏はホームに呆然と突っ立ってましたね。どんな顔をしていたかまでは覚えてません。

 

 ……彼氏が押したか? それは監視カメラで確認できません? わかりませんよ。肩を抱いていた方の手は私からは死角でしたし。

 無理心中? さぁ? そこまでは。

 目撃したことは全部話したのでそろそろ帰らせてもらっていいですか?』


『クワ 花言葉 共に死のう』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る