番外編②

1.カール親衛隊”ライブラ”結成


 カールが学院を去った数日後。

 彼の教えを受けた三十人の生徒らは学院の空き教室に集まっていた。

 以前の彼らならば考えられないことだが、教室の使用許可はしっかり取ってある。


 まあ、それはさておきだ。


 一言も発さず、呼吸の音さえ最低限に抑えた無表情の少年少女の集団。

 ハッキリ言って異様だ。圧が尋常ではない。

 相手に威圧感を与える黒い軍服風の衣装と相まってヤバイ集団にしか見えない。


「――――定刻の十五分前に全員集合、以前の僕らでは考えられないな」


 教壇に立っていた男子生徒が感慨深げに口を開く。

 彼こそ、カールに真っ先にディスられ真っ先に潰された通称カス一号。

 本名はアルバン・フォン・ザイフリート。

 そんなアルバンの脇には三人の生徒が控えていた。


 一人はツインテールの少女、マルゴット。

 一人は浅黒い肌をした少年、レオ。

 一人はカールに迫る巨躯を持つ少年、ヨーゼフ。

 この三人はカールから直接見所ありと特に褒められた三人だ。


「これも閣下の薫陶の賜物と言えよう」


 無表情のまま、しかし瞳に危ない熱を宿し、一糸乱れず頷く二十九人。

 心臓の弱いお年寄りにこの光景を見せるべきではないだろう。


「さて諸君、今日集まってもらった目的だが」


 アルバンが全員を見渡し、一つ頷く。


「ああ、皆も承知の通りだと思う。だが敢えて、再度説明させて頂こう」


 アルバンは胸元に片手を当て、朗々と語り始める。


「我らは総統閣下より使命を託された。

しかし、嗚呼、情けないことに我々は未熟も未熟。独力で事を成すには程遠い。

僕一人でも、君たち一人一人でも事を成せん。君らをそれを良しとするのかね?」


 否、否、否、と次々に声が上がる。

 アルバンは満足げに頷く。


「そうだ、その通りだ。否、否、断じて否。

閣下かより託されし使命、僕は身命を賭してでも遂行するつもりだ。

そして諸君らも同じ気持ちだと信じている」


 言葉に熱が籠もりはじめる。

 魔法で快適に保たれていた室温も、心なしか上昇したような……?


「なればこそ、団結を! 一心不乱の団結を!!」


 身振り手振りを交えた演説。

 この歳にしてはやけに堂に入った姿だが、思い出して欲しい。

 腐ってはいたが、そもそも彼らは貴き血ブルーブラッドをその身に宿す者たちなのだ。

 指導者としての資質を秘めていてもおかしくはないのである。


「閣下の薫陶を受けた我ら三十人が心と志を一つにすれば、

如何な困難が立ち塞がろうともも必ずや踏破出来る……僕は、そう信じている」


 アルバンの瞳からはらはらと零れ落ちる涙。

 完全にやべー奴である。


「ゆえ、ここに総統閣下親衛隊”ライブラ”の結成を宣言しよう」


 涙を拭うこともなくアルバンはそう言い放った。


「だが、これは決して馴れ合いではない。馴れ合いではあってはならない。

もしも僕が閣下が示された正道に背くような人間に堕すれば君らは僕を討たねばならない。

その逆も然りだ。冷酷だと、冷淡だと言うかね? 否、それは違う。

真に互いを想うがゆえに僕は、君らは、友を討つのだ」


 自分に酔ってこんな発言をするのならまだ可愛い。

 ああ、そういうお年頃なのねと微笑ましく見ることも出来よう。

 だが、ガンギマリで発言していたとなると話は別だ。

 ただただ――――やばい。

 授業を受ける前とはもう完全に別人だ。

 カールの指導は人格矯正どころか人格改造の域にまで達してしまっている。


「その覚悟がない者はこの場から去りたまえ」


 目を瞑り、口を閉ざす。

 そのまま五分。

 再度目を開けたアルバンの目に映るのは最初と変わらぬ光景。

 三十人、誰一人として欠けちゃいない。


「ふっ」


 ほんの少し、笑みが浮かぶ。

 それに釣られ、他の二十九人も微かに笑みを浮かべる。


「諸君らの意志は受け取った。ならば、誓いを」


 全員が起立し、自らの杖を抜き放つ。


「杖に誓う――――鉄血の絆を、揺るがぬ信念を!!」


 アルバンが誓詞を唱えると、全員が後に続き誓いを立てた。

 以前のそれとは違う。

 違えれば死すら受け入れるという本気の誓いだ。


「結構。では早速、実務的な会話に入ろう。

情緒も何もないと思うが、我らには時間がない。

と言ってもそれは自らの責だ。怠惰に堕していたツケだな、甘んじて咎を受けよう」


 話がずれた、と咳払いを一つ。


「組織である以上、代表者の存在は必須。

僕が一応、長ということになる。だがそれは僕が偉いわけじゃない。

僕らはあくまで対等だ。それは、幹部を務めるこの三人にしても同じこと」


 頭を立てるのは組織の運営をやり易くするため。

 対外的な問題に対処する際、明確な代表者が居ないのでは話にもならない。

 だがしかし、本質的にこの場に集った者らは皆、対等。

 我らは親兄弟の絆よりも深く濃い繋がりで結ばれた鉄血の同胞なのだから当然である。

 アルバンの言葉に全員が、分かっていると頷きを返す。


「ありがとう。では、話を進めよう。

目下の使命は学院の綱紀粛正だが……ああうん、皆も分かっているだろう。

だが敢えて言わせてもらう――――ロクデナシばっかりだなこの学院」


「……まあ、私たちも閣下に出会わねばロクデナシのままだったしね」

「偉そうなことは言えんさ」


 マルゴットとレオが苦笑を浮かべる。


「ああ、分かっているさ。

だからこそ変わることが出来た僕らが導かねばならないんだ。

そのためにも……評判なんかも調べてみたんだが……うん、最悪だよホント。

一般市民はさることながら、僕らの希望進路でもある冒険者。ここが特に酷い」


 だが、それもむべなるかな。

 冒険者というのは決して楽な職業ではない。

 一歩間違えれば命を失う危険な、それでいて必要不可欠な仕事なのだ。

 そんなところにおめでたい頭の坊ちゃん嬢ちゃんが入り込む。

 それだけでも頭が痛いのに、

 横柄に振舞ったり何かあると親を持ち出して来たりと……好かれる要素が一つもない。


「身分問わず軽い気持ちで冒険者になろうって子は他にも居るだろう。

だが彼らはまだ、弁えている。学院から排泄された糞どもに比べたらね。

だが、そもそも何故、彼らは、そして僕たちは腐ってしまったのだろうか?」


 腐敗の土壌。

 そこを改善しないことには根本的な解決は望めない。

 アルバンの言には皆が頷いた。


「皆も気付いているだろうが――――……貴族という存在そのものだ」


 親に責を求めるか?

 だが、その親を育てた親はどうなんだ?

 根本的な原因はそこではない、そこではないのだ。


「何も貴族という制度が悪いと言ってるわけじゃない。

本物の貴族。高貴なる者として大いなる責務を自らに課す真の貴族が少ないことが問題なのだ。

今居る貴族の多くは欲に塗れて権力争いに耽溺する愚かな豚ばかり。

貴族の在るべき姿。それを見失っている現状を変えねば真の革命は成らず」


 だから、と強く言葉を区切る。


「僕たちも戦場を考えねばならない。

僕も含めてここに居る三十人は卒業後、冒険者になる予定だったと思う。

それはそれで大事なことだけど、全員が全員冒険者にというわけにもいかなくなった」


「……家を継ぐのね?」

「ああ、その通りだ。ここに居るのは後継者から外れた者ばかりだけど」

「やるしかねえだろ。ああ、兄貴らを押し退けてでもな」


 貴族というものを変えようと言うのなら家を継ぐしかないだろう。

 幸いにしてライブラの構成員は皆、家格が高い。

 家格が高いということは、それだけ影響力があるということだ。


「今現在、対立し合っている家同士もあると思う。

だがそれは親がそうであるというだけで、僕らには心底どうでも良いことだ」


 以前は家の対立に引き摺られて対立していた者も居る。

 だが、最早それは過去の話。

 鉄血の絆で結ばれた三十人にとっては些末事でしかなかった。


「次代の実権を僕らが握って、手を組むことが出来れば」

「腐敗の只中にある貴族社会に風穴を開けることも可能になる……というわけですね」

「その通り。だからこそ、一部の者には進路を変えてもらいたい」


 貴族社会にのみ戦場を限定するのであれば、全員で当主の座を狙うべきだ。

 しかし、それでは意味がない。

 上から下まで隈なく目を行き渡らせるためには冒険者になる者らの存在は必要不可欠。

 それぞれの層で影響力を持つ存在になるよう努めるべきなのだ。


「まず宣言しておこう。僕は冒険者になるのを諦めるつもりだ」

「賛成だ。アルバンの家はこの中でも上位に位置する家だし、何よりライブラの長でもある」


 ライブラの長たるアルバンが当主となれば組織の運営も更に快適なものになるだろう。


「でも、あなた大丈夫なの? 確か四男だったような……」

「うん、正直、ハードルは高い。でもこれはやらなきゃいけないことなんだよ」


 アルバンは小さく息を吐き、教室を見渡した。


「だから、そのためにも皆の力を借りたい。

僕だけじゃない、当主の座を目指す者をそれ以外の者でバックアップして欲しいんだ」


「具体的にはどうすれば良いんだ?」

「基本的には情報収集を頼みたい」


 当主になる手段は二つある。

 順当に功績を積み、その功を以って当主になる。

 あるいは他の継承者を蹴落として当主になる。

 どちらにせよ情報収集は必須だ。

 前者なら敵対派閥の弱みになるような情報があれば上手くやれるだろう。

 後者であれば親兄弟の弱みを握れれば事が運び易くなる。


「……身内なら自分で調べた方が良いんじゃねえの?」


「それだと警戒心を煽ることになっちゃうだろう?

スマートに事を進めるためには不意打ちのような形で一気に決めるのが一番なんだ」


 対立する派閥の人間なら敵の弱みの一つや二つは持っていて当然。

 それを渡して欲しいのだ。

 アルバンの言葉に疑問を呈した生徒が成るほどと頷く。


「そのためにも協力体制をハッキリさせておこう。

当主を目指す者らは自分に必要な情報を適時、皆に伝えること。

そして伝えられた者はその情報を掴むために動くこと――良いね?」


 全員が頷く。


「無論、僕や他の当主を目指す者らも支障がない範囲で情報は集める。

一から十まで頼りっぱなしでは、あまりにも情けないからね」


「了解。ところで、当主を目指す人間はどうやって決める?」

「出来れば家格が高い順が良いけど……本人のやる気も大事だ。まずは立候補を募ろう」


 結局、この会議は深夜まで続くこととなった。

 だが決して無為に時間を消費したわけではない。

 会議が終わった後の彼らは皆、充実した疲労感に包まれていたそうな。




2.カールがライブラの存在を知って(少し未来のお話)


「~♪」


 鼻歌交じりに注文の品を席へと運んでいく。

 お客さんは皆、口々に久しぶりだねえと言ってくれる。

 何て言うのかなあ……ああ、俺、帰って来たんだなあって強く思う。


「兄様、上機嫌ですね」

「そりゃそうだよ! 面倒事も片付いたし、伯父さんも頑張ってるし、俺も頑張らないと!」


 ひっさしぶりの帝国、帝都、バーレスクだもん。

 体感時間的には一年ちょっとだが……密度が濃過ぎた。

 ようやっと邪魔なミドルネームも外せたしな。

 何だよカール・よしあきAあしかが・ベルンシュタインって。

 自分で名乗っといて何だが、馬鹿かってーの。

 必要なことだったとはいえ……何かな、ああいうのは二度とご免だ。

 将軍なんて仕事はやるもんじゃねえな。


「庵は嬉しくないのか?」

「勿論、嬉しいですよ。私にとって、今はもうここが帰る場所なのですから」

「じゃあ……」

「にしても、兄様は浮かれ過ぎだなあって」


 いやだって……っと、お客さんだ。


「いらっしゃいませー! ってジェットさんじゃないですか! お久しぶりですね」

「おお! カールくんじゃないか、久しぶり。元気そうで安心したよ」

「そちらもお元気そうで。ところで、随分とその……スリムになりましたね」


 ストレスでぽっこり膨らんでいたお腹はどこへやら。

 今のジェットさんはかなりスマートな体型になっている。

 ダイエットでもしたのだろうか?


「フフフ、ストレスが軽くなったからねえ」

「それはまた」


 俺としても嬉しい情報だな。

 ちょっと詳しい話を聞かせて欲しい。


「学院出身の魔道士が馬鹿をするのも減ったし、貴族のクレームも少なくなった。

ああ……ホントに、ライブラ様様だよ。うんうん、個人的に金一封を進呈したいくらいさ」


「ライブラ?」

「あ、そうか。カールくんを帝国を離れてたから知らなくても無理はないね」


 何か流行に乗り遅れた感じがしてちょっと寂しい。


「ライブラというのは去年の春ぐらいから活動を始めた大規模なパーティの名前だよ。

ああいや、活動自体はそれよりも前からみたいだね。

学院出身の魔道士の集まりなんだけど……いやはや、彼らは凄いよぉ」


 曰く、その実力もさることながらマナーがとても良いのだとジェットさんは言う。

 何でも、例の馬鹿やってた学院出身の魔道士を取り締まってるのもそのライブラらしい。

 つか、去年の春に卒業したって言うとアイツらの顔が思い浮かぶんだが……。


(まさかな)


 流石に一年で劇的に何かを変えられるとは思えない。

 だから多分、別の生徒だろう。

 俺が知らないだけで志と実力、立場を兼ね備えた者らが他に居たのかもしれない。


「ちなみに正式名称はカール総統閣下親衛隊ライブラって言うんだよ」


 ん、んんんん? かーる、そうとうかっか?


「ライブラは構成員が皆、見目麗しい男女なんだけど、その装いも見事でねえ。

全員が漆黒の軍服風の衣装に身を包んでるんだが、これがまたカッコ良いんだ。

腕の真っ赤な腕章に刻まれた天秤のエンブレムが目を引いて……カールくん?」


 くろいぐんぷく……てんびんのえんぶれむ……。


「ああ、確かに同じ名前だからちょっと驚くよね」

「そ、そうっすね」


 ――――アイツら、何やってんの?


「ああそれと、これは噂なんだけどね」


 ジェットさんが耳元に顔を近付け小声で囁く。


「ライブラは貴族社会の改革も志しているらしいんだよ。

冒険者になっていない他の構成員は貴族としての立場から彼らを支援していて」


 ジェットさんの言葉は途中から頭に入って来なくなった。

 そこから何があったのか、正直覚えてない。

 多分、ジェットさんをテーブルに案内して注文を受け取ったんだろうけど……。


「あ、あの兄様? 何か顔色が悪いですよ?」

「……大丈夫、大丈夫だから」


 ちょっと待って。

 ほんと、あの、待ってください。違うんです、僕、そんなつもりじゃなかったんです。

 え、だって……予想できるわけないじゃん。

 ちょ、ちょっとの間面倒を見た奴らがですよ?

 おかしな進化を遂げてるとは思わないでしょ?

 何でメタルグレイモンじゃなくてスカルグレイモンに進化してんだよ!

 何でスカルグレイモンの群れがやべー組織結成してんだよ!


(と、とりあえず……あれだな、連中と顔を合わせないよう気をつけよう)


 この時の俺は知らなかったんだ。

 後々、嫌が応にも奴らと関わるハメになるなんて……。

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