老婦人のお願い⑨

1.食事の後は君を頂こうか


「ふぃー……喰った喰った」


 カスから優等生へとジョブチェンジした生徒らとのバーベキュー。

 接待は面倒だったが、中々に楽しめた。あんな良い肉、滅多に食べられんぜ。

 いやあ、やっぱエルザに肉を用意させて正解だったわ。


「っと、ここが学院長室か」


 ネームプレートを確認し、立ち止まる。

 緩めていた胸元を締め直し、軽く身嗜みを整える。

 臭いは……まあ、バーベキューの後だし勘弁してもらおう。

 魔道士なら消臭魔法とか使えるんだろうが、俺はそんなの使えねえからな。


「失礼」


 ノックを三回、入室の許可が出たので扉を開け中に入ると、

 ニコニコ笑顔のエルザとアンが俺を迎えてくれた。


「ささ、閣下、どうぞどうぞ」


 促されるまま着席すると目の前に紅茶が差し出された。

 ぶっちゃけ俺、普通の紅茶はそこまで好きじゃないんだが……まあ良いや。

 出された物に文句つけるのはみっともないからな。


「……ふぅ」


 紅茶を飲むと心地良い香りが鼻を抜けていった。

 肉の後だからかなあ? やけに爽快だ。紅茶も悪くねえや。


「さて、今日で俺の仕事は終わったわけだが……どうだったよ?

俺なりに考えて、精一杯やったつもりだがアンの期待に応えられたかい?」


「ええ、それはもう。十分以上にやってくれたわ。ね、エルザ」

「はい、先生。閣下のお陰でこれからは随分と風通しが良くなるでしょう」


 …………うん、まあ、やったの俺なんだけどさ。

 ちょっとやり過ぎたかな? って気がしないでもないんだ。

 冷静になって考えると閣下って何だよ。

 別に俺はそんな呼称を使えとか言った覚えはねえぞ。

 何でエルザも生徒らも自然と総統閣下とか言っちゃってるの?

 何かこえーんだけど。


「本当に、本当にありがとう。あなたとラインハルトさんには感謝してもし切れないわ」

「だったら、また店にでも来てくれれば良いさ」


 さて、これからどうなるかねえ。

 新学期から俺が受け持った三十人を中心にして状況は変わり始めるだろう。

 けど、アイツら来年の春卒業なんだよな。

 それまでにどれだけ影響力を残せるか。

 そのためには教師のバックアップも重要なんだが……ま、そこは俺の考えるこっちゃねえな。


「そうね、お邪魔させてもらうわ」

「ありがたい。伯父さんも喜ぶだろうぜ」

「でも、それだけじゃ申し訳ないし何か報酬を……」

「報酬はもう貰ってる」


 夜の性活が潤う素敵な報酬を。

 いや、コスプレショップとかにも制服は売ってるよ?

 でも、リアル制服ってのがポイント高いんだよ。

 敢えてマイナスポイントを上げるなら新品ってことぐらいだろう。

 生活感が滲むぐらいに使い慣らした制服のが好き。

 微妙に皺寄ってたり、色落ちしてたり、若干改造した部分とかもあると良いかもな。

 改造って言ってもエロい改造じゃねえぞ?

 学校という制限の中で、少しでも自分なりのお洒落を。

 そんな意図の下に行われた改造だ。

 あ、ちなみにショップの安っぽい制服が悪いって言ってるわけじゃねえぞ?

 あれはあれでチープさと卑猥さにまた趣があって……。


 っと、話がずれた。

 俺は兎に角満足してるので追加の報酬は結構だとアンに伝えるも、


「いや、これだけ尽くしてもらって制服だけなんて流石に」


 つってもねえ。

 欲しいものなんて他に何も思いつかんのだが。

 ただ、ここで何も要求しないのもな。

 よっぽど恩を感じてるのか引く気はないらしいし、


「ああ、それじゃ金でよろしく。七日間の給料払ってくれたらそれで良いよ」


 別に金に困ってはいないが、あって困るものでもない。

 実際、七日間バーレスクの仕事を休んでるからな。

 その間の給料は出ないので、今月の給料は低めになる。

 その分の補填をしてもらうことでトントンとしよう。


「分かったわ。ちなみに口座は?」

「口座? 一応作ってるけど……」


 帝都に越して来た時、親父が作ってくれたが使った記憶はない。

 身内だから基本、給料手渡しだったしな。


「では口座番号を教えてくださる?」

「あいあい。えーっと、ちょっと待ってよ」


 財布を取り出し、中に入っていた一枚のメモを取り出す。


「これ、俺が口座作ってる銀行の名前と口座番号」

「では、そちらに振り込んでおくから後日確認してちょうだいね」

「あいあい」


 それから少しの間、世間話をして二人と別れた。

 夏とはいえ、外はもう暗くなっている。

 今日から職員寮ではなく住み慣れた屋根裏部屋へと帰れるのだが、


(本番はこれからだ)


 興奮を胸の内に秘めつつ、校門に差し掛かったところで俺は足を止める。

 道の両脇に俺が受け持った生徒らが直立不動の姿勢で待機しているではないか。


(何してんだコイツら?)


 もう疲労はとっくに限界突破してるだろうに。

 明日から夏休みに戻れるとはいえ……いや、だからこそ早く休めよ。

 夏休みも残り少ないんだし、丸一日寝て過ごすなんて嫌だろうに。


「ふむ、君らは一体何をしているのかね?」


 お礼参り……ではないよな。

 鍛錬場での振舞いが全て演技だったなんて展開はあり得んだろう。

 いや、それはそれで面白いけどさ。

 まあでも、お礼参りだとしたらこれは赤点だけどな。

 実力差があるんだし堂々と待ち受けるのは下策よ。


「……あ、あの」


 代表なのだろう。

 一人の生徒――俺に真っ先に噛み付いて真っ先にやられた通称カス一号。

 人間名は……アルバンだったか、が俺の前に立ち塞がる。


「何かな」

「総統閣下は……もう、学院で教鞭を振るうことはないのでしょうか?」


 あ、そういうあれか。


「ああ、期間限定の講師だからね」

「わ、我々は……一人前どころか半人前と称するのもおこがましいほどの未熟者です」

「ふむ、それで?」

「どうか……どうか、これらかも我々にご指導願いたく……!!」


 全員が頭を下げる。

 ……狙ってやったこととはいえ少々やり過ぎたか?

 と心配になるぐらいに懐かれちまったな。


「私は魔道士ではないよ、アルバン。

この学院で必要なことを君らに教えてあげることは出来ない」


「閣下! 閣下から賜りたい指導は魔法などではなく……!!」


 魔法”など”ね。

 良い傾向……なのかなあ?

 魔道士ってだけでイキってた頃に比べると良いは良いんだろうけどさ。

 でも、魔法学院の生徒としては……これ、どうなの?


「それに、私のような男が常勤講師になれば色々と喧しかろう」


 これまでの過激な指導は期間限定であったからこそ。

 あれは、長く続けていくのには向いてない。それも致命的と言えるほどにな。


「以前の君らや、君らの父母の姿を頭に思い浮かべたまえよ」

「それ、は……」

「羽虫の囀りに心折れるほど、繊細ではないが……面倒なのは事実だ」


 つか、そもそも俺には本業があるんだよ本業が。

 教師なんて七面倒な仕事なんぞやってられっか。

 そりゃ酒場の店員に比べりゃ給料は良いだろうさ。だがそれだけだ。

 付き纏う責任を鑑みれば店員の方がずっと良い。

 気楽だし、何より自分が望み、選んだ職だからな。


「それに、だ。仮に講師になれたとしても、君らへの指導はもう行わんよ」

「! 何故でしょう!? わ、我々に何か不足が……」

「違う。そういうことではない。”ここから先は”私の領分ではないのだよ」


 というか、ムラムラがそろそろやべえんだが。

 さっさと解放してくれないかな。


「必要最低限のものは既に与えた。

これ以上の干渉は君らの可能性を狭めるだけだ。そして私はそれを望まない。

ここから先は自らの足で思い描く理想の己に向け歩いて行かねばならんのだ。

さあ、君らはどんな花を咲かせるのだろうね? 一つたりとて同じ花は存在しないはずだ」


 微かに笑みを浮かべる。


「きっと、美しい花々が咲き乱れることだろう――――私はそれを心から楽しみにしているよ」


 ポン、とアルバンの肩を叩き彼の横を通り過ぎて行く。

 両側面と後ろからすすり泣く声が聞こえる……怖い。


「ぞ、ぞう゛どう゛閣下にぃいいい……けいれぇえええええええええええええええい!!!!!」


 !?


 突如として放たれた号令。

 一糸乱れず敬礼をする生徒たち。

 正直に言おう、かなり驚いた。今も心臓バクバクいってる。


(表情に出さなかった俺を褒めてやりたいぐらいだよ)


 つか、これ大丈夫? 彼ら大丈夫だよね?

 何か微妙にヤバイ臭いが漂ってるけど……。


(いや、よそう、俺の勝手な推測でみんなを混乱させたくない)


 気持ちを切り替え学園を後にする。

 バーレスクとは違う方角へ足を向かっているが、最終日は遅くなるって伝えてあるから無問題。

 クフフ……多少疲労はあるが、肉も喰ったし俺は元気百倍だぜぇ?


 軽い足取りで俺が向かったのは、

 俺の親友マブである例の少年とよく語らっているあの公園だ。

 昼間とは違って、人気がまるでない。

 いやまあ、人気がないのは”人為的”なものなのだが。


(そういや少年と最近会ってねえなあ)


 ジャーシンから帰って来てからちょいちょい、

 公園に足を運んで土産を渡そうとしたのだが未だに出会えていない。

 最後に会ったのは七月の半ばぐらいだったか。

 畜生、寂しいなあ。

 彼もバカンスに行ってるのかもしれないが……水臭いぜ。

 それならそうと、一言ぐらいはくれても良いじゃんか。

 お陰で、君のために買った土産が未だ机の上にあるんだぜ?

 保存魔法をかけてもらってるから腐ったり味が悪くなる心配はないけどさあ。


(……っと、見つけた見つけた)


 公園の中を一人の女学生が歩いていた。

 上から下までキッチリと学院制服を着こなし、ピンと背筋を立てて歩く姿は正しく優等生。

 どこのどちら様かって? ――――アーデルハイドだよ。


(しかし、制服似合ってんなあ)


 まあ、何て言うかですね。

 特別講師最後の日も、やっぱり制服かなって。

 我慢できずに途中でアンヘルと遊んじゃったけど、予定じゃシメだったからね。

 そのために頑張ったわけですし? むしろ当然のご褒美的な?


 つまりはそういうことだ。


 相手役はアーデルハイド。

 アンヘルとは既にってのもあるが今回のプレイ的にはね。

 アーデルハイドがピッタリなの。

 コイツ、根っからのマゾ気質だからな。


(む)


 闇の中、キラン★ とアーデルハイドの眼鏡が煌いた。

 微かな、見逃してしまいそうなサイン。でも、俺は見逃さない。

 アーデルハイドの瞳は雄弁に語っていた。

 まだですか? ベルンシュタインさんは連れて行ってくれるんですよね? と。


(ああ、分かってる)


 俺は止まらねえからよ。


(お前も、止まるんじゃねえぞ……)

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