偽りのコッペリア③
1.
アンヘルは学んだ。
怒りが極点に達すると”どうしていいか分からなくなる”ことを。
頭の天辺から足の爪先まで――いいや、細胞一欠片まで赫怒に染め上げられている。
だというのに、その怒りを体現すべき肉体は微動だにしない。
この怒りを十全に示す行動が分からないからだ。
「ふむ、親はなくとも子は育つと言うが……アーデルハイド、そなた、更に腕を上げたか?」
「どうでしょう。研鑽は怠っていないつもりですが」
皇帝は気付かない。
アーデルハイドも気付かない。
恐らくはゾルタンも気付いていない。
シャルロットですら、微かな違和感を覚えている程度だろう。
誰も、誰も、誰も気付かない。
アンヘルの憤怒が危険域を振り切ったことを。
対応を間違えてしまえば、その瞬間に帝国の長い歴史が閉ざされることに。
(ふ、ふふふ……私、すごいなあ)
本当の意味で自分を凄いと思ったことなど、今までただの一度もなかった。
だが今、アンヘルは心の底から自分を褒め称えた。
よくもまあ、我慢していられるものだと。
よくもまあ、他人に悟らせずにいられるものだと。
「そうか。それよりさあ、アーデルハイド」
皇帝がアーデルハイドの背を押し、アンヘルと対面させる。
二人の視線が交わる――だが、本当の意味で相手を見ているのはアンヘルだけだ。
アーデルハイドはアンヘルを見ていない、その瞳は他の誰も映してはいない。
「ッ」
小さく、息を呑む。
駄目だ、まだだ、まだ耐えろ。
ここで暴発してしまえばカールに迷惑がかかってしまう。
愛する男を想うことでギリギリで踏み止まろうとするが、その負荷は尋常ではなかった。
「久しぶりね、アンヘル」
「……お久しぶりです、姉上」
ビキィ! と何かが罅割れる音が聞こえた。
それはきっと、仮面に皹が入った音だろう。
無理だ、これ以上この場にいては致命的な事態を引き起こしてしまう。
そう判断したアンヘルはアーデルハイドから視線を逸らし、皇帝を見る。
「……申し訳ありません。少し、体調が優れないので私は屋敷に戻ります」
「う、うむ……大丈夫、なのか?」
傍から見ればアンヘルの顔色は酷く、本当に体調を崩しているように見える。
だから皇帝も親として心配そうな目を向けているのだが当人からすればその視線すらも癪に障ってしょうがなかった。
今はどんな些細なことにすら苛立ちを感じてしまう。
まずい、まずい、早くこの場を離れねば。
アンヘルは皇帝の言葉を無視し、シャルロットとゾルタンに視線を向ける。
「シャルロットさん、ゾルタン先生。
私は屋敷に戻りますけど、誰も私の部屋に近付かないようにして頂けるとありがたいです」
返答は待たず転移魔法を発動し、アンヘルはこの場を去った。
「……」
自室に戻ったアンヘルは即座に、
思いつく限りの結界を幾重にも張り巡らせ自室を不可侵領域へと変えた。
「……――――」
そして、
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
叫んだ。
血が出るのも厭わず喉を掻き毟りながらあらん限りの絶叫をあげた。
「あの女あの女あの女あの女ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
四肢が、瞳が、その激情に呼応し闇へと染まる。
血涙を流しながら絶叫するその様は普段の楚々とした姿からは程遠く誰にも見られるわけにはいかない。
それゆえアンヘルはあの場を離れたのだ。
あのまま留まっていたら遠からず仮面は砕けていただろう。
人目があるにも関わらず剥き出しの己を晒していただろう。
「よくも、よくも、よくも……!!」
あんな仕打ちを受けるいわれがどこにある?
あんな惨いことを思いつく神経が理解できない。
どうして、どうしてあそこまで容赦なく他人の心を踏み躙ることができる?
一体、自分にどんな恨みがあると言うのだ。
あの女との関係を語るのであれば、むしろ自分は被害者のはずなのに。
「私が、私がどれだけ……」
記憶にあるアーデルハイドは表情豊かでいつも自信に満ち溢れた顔をしていた。
眉一つ動かさず、鉄面皮としか言いようがない、あんな顔はしていなかった。
過去の一件で心を閉ざしてしまったのならば、まだ理解できる。
実際、周囲の人間はそう思っているに違いない。
だが、だが、他ならぬ自分の目だけは誤魔化せない。
「まさか、まさかあんな……」
妹を壊してしまった自責の念ゆえか。
その償いのためか。
どんな理由があったとしても、到底許容できるものではない。
「自分に擬似人格を植え付けるなんて真似をするとはねえ……!!」
アーデルハイドは本来の人格を奥深くに沈め、擬似人格を用いて社会生活を送っている。
一目見ただけで理解できた。何せ、自分も同じ状態だったのだから。
相違点なんて使っている擬似人格の設定ぐらいだろう。
自分の場合は問題なく社会生活を営むため、八方美人な性格に。
アーデルハイドの場合は――人形だ。
表情一つ変えず、声の抑揚もなく、どこまでも淡々とした振る舞いがベースになっている。
基幹にある行動原理は”奉仕”無私の心で社会の益になるようにと設定されている。
真実は設定した本人しか分からないが、
伝え聞いたこの十年の足跡から推察するにそう的外れではないだろう。
アンヘルが許せないのは、そんな状態で自分の前に姿を見せたことだ。
「は、は、は、は」
望まざるまま己を失い、人形になるしかなかったアンヘル。
自らの意思で己を捨て、人形になることを選んだアーデルハイド。
前者からすれば後者は理解できないどころか、極大の侮辱に等しい行いだった。
これがまだ無関係な人間ならば良かった。我慢もできよう。
しかし、アーデルハイドはアンヘルが人形になる原因、その一端を担っているのだ。
勿論、本当に悪いのはアンヘルに精神寄生体を植え付けた何者かだ。
だが失われゆく彼女を無理矢理に繋ぎ止めたのはアーデルハイド。
その行いの結果として、アンヘルは人形にならざるを得なくなった。
「……い」
アンヘルは覚えている、自らが失われゆく恐怖を。
アンヘルは覚えている、一筋の光さえ届かぬ絶望を。
アンヘルは覚えている、どうにも出来ぬという諦観を。
「……せ……い」
アンヘルは覚えている、声無き叫びが届いた喜びを。
アンヘルは覚えている、自分を見つけてくれた優しいその眼差しを。
アンヘルは覚えている、己を取り戻すことができたその感動を。
だから、
「――――許せない」
穢された穢された穢された穢された穢された穢された穢された穢された、
穢された穢された穢された穢された穢された穢された穢された穢された、
穢された穢された穢された穢された穢された穢された穢された穢された、
穢された穢された穢された穢された穢された穢された穢された穢された、
穢された穢された穢された穢された穢された穢された穢された穢された、
穢された穢された穢された穢された穢された穢された穢された穢された、
穢された穢された穢された穢された穢された穢された穢された穢された、
穢された穢された穢された穢された穢された穢された穢された穢された、
穢された穢された穢された穢された穢された穢された穢された穢された、
大切な大切な輝きを、無惨に、無慈悲に、踏み躙られた、穢し尽くされた。
「許せない許せない許せない許せないユルセナイユルセナイユルセナイ」
アンヘルにとってアーデルハイドの行いは
自らの宝を無価値だと嘲笑され糞の山に放り投げられるに等しいものだった。
「あ、ぐぅ……ぅぅううううううううう……ッッ」
自らを抱き締めるように崩れ落ちたアンヘル。
全身からは玉のような汗が噴き出し、ぜえぜえと息を荒げるその様は尋常ではない。
「ま、まずい……このままじゃ、このままじゃ……」
人目がなくなったことで感情が発露できるようになったが無限に湧き出す憤怒と憎悪のせいで処理が追いついていないのだ。
「か、カール……く……ん……」
アンヘルがギリギリのところで踏み止まっていられるのはカールの存在ゆえ。
もし、彼の存在がなければ帝都は――いいや、帝国全土が焦土と化していただろう。
カール・ベルンシュタイン、彼は人知れず帝国存亡の危機を救っていたのだ。
だが、このまま続けばカールを残して何もかもが消え去るのは必定。
そうなればカールを悲しませてしまう、そんなことは許容できない。
「ッッ!!」
発散しなければ、そう決意しアンヘルは転移魔法を発動させた。
分厚い雲に覆われ、雷のラインが走る黒い空。
命芽生えぬ罅割れた死の大地。
死の大地を我が物顔で練り歩く異形の怪物達。
転移した先を一言で示すのであれば”地獄”それが相応しいだろう。
「”廃棄大陸”ここなら、思う存分暴れられる……」
帝国を北に進み大陸を飛び出し海を越えたその先に”廃棄大陸”はあった。
侵入を拒むかのように、あるいは何かを封じるかのように片時も絶えぬ嵐の障壁。
外からでは中がどんな風になっているか観測することすらできない。
仮に嵐の壁を乗り越え大陸に踏み込んだとしても、更なる脅威が待ち受けている。
既存のモンスターとは姿形も異なれば脅威度も大きく異なる正真正銘の怪物達だ。
個の実力も尋常でなければ、その数も尋常ではない。
殺しても殺しても尽きぬものだから、廃棄大陸は冥府と繋がっているのではないかと言われるほどだ。
何故このような環境が出来上がったのか、誰も知らない。
帝国がかつてよりも栄えていた時代。新たなフロンティアとして廃棄大陸に軍と調査隊を送り込んだが生存者は僅か数名。
彼らの口から大陸の脅威とかつては文明が存在していたということ。
そしてそれを築いた者らが大陸を打ち捨て逃げ出したらしいということが伝えられた。
それらの情報から時の皇帝は大陸を廃棄大陸と名付け干渉を禁じたのである。
何故、そんな場所にアンヘルは転移できたのか。
それは単純に、一度廃棄大陸を訪れたことがあるからだ。
「ふ、ふふふ……小さい頃のワガママが巡り巡って私を助けてくれた」
師であるゾルタンはかつて廃棄大陸に侵入を果たし、そこで修行をしていたという。
知的好奇心旺盛だったアンヘル(ロリ)はその話を聞き、
師に強請って廃棄大陸へと連れて行ってもらい――師の性癖をカミングアウトされたのだ。
閑話休題。
「ありがとう、ありがとう」
地から、空から、数えるのも馬鹿らしくなるほどの異形の群れが迫る。
アンヘルは彼らを見つめ恍惚とした顔で感謝の言葉を述べた。
「――――玩具になってくれて本当にありがとう」
それらはただの一つたりとて外れることはなく怪物たちだけを射抜く。
まあ、その余波で大地が削り飛ばされたり何だりしているがしょうのないことだろう。
それに、ここはどれだけ破壊しても問題はない。
大陸そのものが一種の生物であるかのように勝手に修復されてしまうから。
「フフフ、ハハ……アハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
無数の命が散った。今も散り続けている。これからも散り続けていく。
だが、その胸を焦がす憤怒は僅かばかりも減じていなかった。
「ウオ゛ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
アンヘルの蛮行に全長二十メートルは優に超える巨人が雄叫びを上げる。
踏み潰されるだけの矮小な命が生意気だ。死ね、死ね、死ね、と。
巨人は闇の極光によって肉体に穿たれた穴も気にせず拳を振り下ろした。
大地がめくれ上がり、その衝撃で無数のモンスターが藁のように吹き飛んでいく。
だが、
「?」
拳を引く、そこにあるはずの微塵になった肉がどこにもない。
戸惑う巨人、
「――――
彼が最後に聞いたのはそんなふざけた技名だった。
巨大な黒刃が脳天から股間までを真っ直ぐ切り裂く。
真っ二つになった巨人の死骸が他のモンスターたちを押し潰しながら崩れ落ちた。
「く、クフフ……ああ、お仲間がやられてご立腹なのかな?」
見れば、今しがた殺した巨人と同種らしきモンスターが複数体遠巻きにこちらを見ていた。
大きさは殺された巨人が一番小さい――ひょっとしたら兄弟か何かだったのかもしれない。
が、まあそんなことはどうでも良い。
「良いよ、ほら、おいで。今度は真正面から受け止めてあげる」
甘く蕩けるような笑みを浮かべながら手招きをした。
言葉は通じていない、だが何を言っているのかは理解したのだろう。
挑発を受けた巨人らの一匹が怒りも露に空中に浮かぶアンヘルへ向け拳を放つ。
「これが全力?」
アンヘルは宣言通り、真正面からその拳を受け止めてみせた。
強化魔法を用いているとはいえ、同じ真似ができる人間がどれだけ存在するのか。
「残念。これじゃ私どころか私の服すら傷付けられそうにないね」
ここに来て、怪物たちはようやく気付いた。
自分たちの生命としての”格”が一段下がったことに。
空中に浮かぶあの矮小な命が、見た目通りの存在ではないことに。
「これはこれは……」
自らの周囲に展開していた魔法陣を閉ざす。
直接対峙している以外の敵を自動で迎撃していたのだがその必要がなくなったからだ。
じりじりと距離を取り、こちらを観察する怪物の群れに嘲笑を禁じえない。
相手を観察し、その力を測ろうなどとはまるで人間のようではないか。
怪物がするようなことではないだろう。
「? あれは、レッドドラゴン、ブルードラゴン、グリーンドラゴン……五色の龍が勢揃いとはね」
ただの一匹でさえ、小国にとっては存亡の危機に等しい存在だ。
それが五色揃い踏み。しかも赤の軍、青の軍と同じ色の龍で編隊を組んで飛び回っているのだから驚きである。
「君たちは、この大陸だとどの程度の位置にいるのかな?」
ドラゴンの群れは一匹の例外もなく、口内にエネルギーを溜めていた。
シンプルにしてその威力は絶大。
基本にして最奥であるドラゴンの代名詞でもあるブレスを放つつもりなのだろう。
「知りたいな」
両手を広げ、そう語り掛ける。
アンヘルのその行為がドラゴンたちの”逆鱗”に触れたのだろう。
収束されていくエネルギーの中に隠し切れない殺意が混ざり始めた。
空の王者たるドラゴンが人間如きに見下されるなど我慢ならないということか。
「教えてよ」
溜めて、溜めて、溜めて、溜めて、溜めて、やがて訪れる力の解放。
世界を染め上げる五色の光が無数に放たれた。
その破壊光が向かう先はアンヘルだが、進撃の余波だけで周囲の怪物らは皆吹き飛んでしまった。
だがその無慈悲な破壊光も、
「――――
アンヘルには意味を成さない。
円形に張り巡らされた障壁が飛来するブレスを捻じ曲げあらぬ方向に弾いてしまう。
ドラゴンたちの総攻撃は障壁を貫くどころか、皹を入れることさえ出来ぬまま終わりを迎える。
「あぁ」
もう、どれだけ命を殺めたのか。
少なくとも百や二百はとうに越えてしまっているはずだ。
――――まるで怒りが減ってくれない。
きっと今、自分は酷い顔をしている。
見せられない、こんな顔、見せられるわけがない。
「こんなんじゃ……カールくんに、会えない、よ……!!」
降りしきる血の雨、傘も差さずに濡れる少女。
その小さな嘆きは誰に届くこともなく雨音に消えて行った。
2.あらしのよるに
「…………お客さん、来ませんね」
カウンターに腰掛けた庵が寂しそうに呟いた。
可哀想だとは思うし、何とかしてあげたいと思う。
でもさ、
「しょうがねえよ、いきなり嵐が来るんだもん」
いやホント、夕方までは晴れてたんだがね。
さあ店を開けようぜって時には雨はザーザー降りで、風はビュービューっすよ。
もしお客さんが来て店が開いてなかったら申し訳ないからと一応、店は開けたけど……なあ?
「シャルティアさんも今日は来れないようですし」
「そうだなあ」
嵐になる前、奴からテレパシー的なあれで連絡があった。
ちょっと外せない用事があるとかで今日はお休みだ。
その際にアンヘルも今夜は来れないと言っていたが正直、ありがたい。
(…………あれは何だったのか)
夕方、伯父さんと一緒に椅子とテーブルを作ってた正にその時である。
地鳴りのような”声”が俺の耳に届いたのは。
’〈許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない〉’
あれは、あの声は間違いなくアンヘルのものだった。
初めて会った時に聞かされた無数の叫びよりも遥かに大きな声。
イメージとしちゃ怪獣が全力で雄叫びをあげてるような感じだ。
俺の耳にしか聞こえていなかったが仮にあの声が俺以外の人にも拾えるなら帝都の人間は皆、聞こえていただろう。
(怖い怖い怖い怖い)
何かこう、底知れぬ闇を感じる。
今の状態でアンヘルと会っても普段通りに振舞えるとは到底思えない。
なので今日、店に来ないというのは本当にありがたいことだ。
(昼間のこともあるし、今日は良くない日だ)
そう考えると降って沸いたこの暇な時間は丁度良――――むぐ?!
「…………カール、どうかしたのか?」
声が、声が聞こえる。
雨の音にも、風の音にも負けぬ声量で許しを乞う声が。
声が、声が近付いてくる。
じりじりと背中を焦がす熱やら何やらを無理矢理捻じ伏せ、立ち上がる。
俺が立ち上がると同時に、扉が開かれた。
「失礼致します」
雨と風が一瞬、店内に吹き付けてきた。
だというのに、店に入ってきたその少女には雨粒一つ付着していない。
髪も風で乱れるのが普通だろうに昼間に見た時と何ら変わりない。
「おや、あなたは」
「……どうも」
クッソァ! 顔覚えられてる!
昼間に一度会っただけの他人を何で覚えてやがるんだ!?
「とりあえず、カウンター席とテーブル席、両方空いていますがどちらにします?」
内心を押し殺しつつ接客に入る。
この少女が何者であれ、店にやって来た以上は客として扱う。
俺にだって店員としての誇りがあるのだ。
……まあ、コイツのヤバさを知るのは俺だけだからな。
追い返そうとして伯父さんや庵との間に波風を立てたくはない。
「そうですか。では、テーブル席に」
「かしこまりました」
伯父さんと庵がいるカウンターから一番遠く離れたテーブル席へと連れていく。
万が一のことを考えてだ。
いや、過剰だと思わないわけでもないよ?
精神状態がやばかろうとも見た感じ、瞬きする間にぶっ殺せそうだし。
ただ、それはあくまで彼女が肉弾戦闘を主とする場合に限っての話だ。
(魔道士だったら……分からんからなあ)
魔道士の厄介なところはそれだ。
見ただけでは強いのか弱いのかがまるで分からない。
多分それは、俺が魔道士とやり合ったことがないからだろ。
この手の強い弱いを見極める眼ってのは経験に拠るものだからな。
「それでは、ご注文がお決まりになられましたら……」
「その前に一つ」
「? 何でしょう」
「あなたとあちらの御仁」
俺と伯父さん?
「――――どちらがカール・ベルンシュタイン氏なのでしょうか」
ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!!!!
ここで取り乱さなかった俺を賞賛したい。
何故、この女は俺の名前を知っているのか。
何故、俺を探しているのか。
どんな理由があるにせよ、きっとロクなものじゃない。
だが隠したところでちょっと調べれば直ぐに分かってしまうだろうし……。
「…………カールは俺ですが、何か?」
「私にも分かりません」
は?
「ただ、師ゾルタンがこの店に行きカール・ベルンシュタイン氏と会うようにと。
そして良いと言うまで毎日ここに通い続けろと……そう命じられたのです」
ゾォオオオオオオルタァアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!?
(な、何で俺の名前を……あ、そういうことなのか!?)
奴の教え子が相当な悩みを抱えているとか言ってたな。
となると、この女が問題が解決していない方の……シュヴァルツか?
だとすれば、この女を店に来させた理由は分かる。
俺に何とかして欲しいのだろう――――無茶言うな。
「あなたには、何か心当たりがありますか?」
「さて……どうでしょうね」
返答は濁す。
あると言っても直ぐにどうこう出来るような問題ではなさそうだし、
ないと答えてもゾルタン本人に聞けば分かることだし……兎に角考える時間をくれ。
(いや、俺にコイツの悩みを解決してやる義理はないぜ?)
ないのだが……単純にうるさい。うるさいし熱いし痛いし気持ち悪い。
今も必死でカースをOFFにしようとしてるけど距離が距離だからな。
許して許してと絶え間なく声が聞こていて熱も痛みも気持ち悪さも一向に収まる気配がない。
こんなものが毎日続けば俺はどうなってしまうのか。
(俺に、俺に、どうしろってんだ……)
何とかして欲しいってんなら、せめて情報を寄越せ。
何の前情報もなしに解決できるような問題じゃないだろ、これ。
そんな簡単に解決できるんならこんな”声”が聞こえるものか。
(俺、何か悪いことした……?)
いやしてねえよ。品行方正に日々を過ごしてるよ。
こんな理不尽を受けるいわれはどこにもありゃしねえ。
「…………ちなみに、お客様のお名前は?」
「名前、ですか」
少し考えるような素振りをしてから、女は自らの名を名乗った。
「リグレット――とでもお呼びください」
どう考えても偽名だった。
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