偽りのコッペリア①

1.忍び寄る新たな地雷


 日が昇って直ぐの早朝、俺と伯父さんは私服姿でバーレスクの店内にいた。

 普段ならばこの時間はグースカ眠っているのだが生憎とそうもいかない事情があるのだ。


「あー……伯父さん。やっぱこれ、結構ガタがきてるね」

「……そのようだな」


 一通り、店内のテーブルや椅子を確認し終え、溜め息を吐く俺と伯父さん。

 事の発端は昨晩だ。

 いつも通りに店を開け営業していたのだがとあるテーブルに着いたお客さんの椅子の脚がボキリと折れてしまう事件があったのだ。


 お客さんの名誉のために言っておくが、彼女が特別重かったというわけではない。

 調べてみたら椅子にガタがきていたのだ。

 とりあえず予備のそれで代用し昨日はつつがなく営業を終えたのだが他のは大丈夫なのか? という考えが俺たちの頭をよぎったのである。


 ホントは安全のため早くに店を閉めるべきだったのだろう。

 だが、都合が悪いことに脚が折れた時点で結構なお客さんが入っていたのである。

 お客さんらも気にしないで良いと言うから、昨日は結局最後まで店を開けた。

 ホントは昨夜の内に点検を済ませたかったのだが、片付けもあるしな。

 点検と、その後の話し合いは早朝に回されたのだ。


「家具自体、そこまで良いのじゃなかったの?」

「……というより、耐用年数だろう。店を開いた当初から使っているからな」


 中には問題なく使用できるものも混ざっていたが、半分ちょっとはそろそろヤバイ感じだ。

 原因が耐用年数だってんなら他のも近い内にガタがくるかもしれん。

 これを機に総とっかえするべきではなかろうかと伯父さんに提案すると、素直に頷いてくれた。


「でも、一式揃えるとなると結構金がかかるよね」

「そうだな……まあ、そこまで問題ではないが……」


 こんな時、親父がいてくれたらな。

 ちゃちゃっと必要なテーブルやら椅子を作ってもらえたんだが。

 実家で使ってる家具も大半が親父メイドだし。

 俺も親父に最低限は仕込まれてるから、そこそこの物は作れるが一人でやるとなると……あ。


「ねえ伯父さん」

「何だ?」

「伯父さんも、ガキの頃は家の仕事手伝ってた?」


 そう、我が家は代々続く大工の家系だ。

 家業を継ぐのが嫌で家を飛び出しはしたが伯父さんも結構やれるんじゃないか?

 この人、普通に手先器用だし大工に向いてないわけじゃなかったと思うんだ。


「……ああ……一応、跡継ぎだったからな……ハインツには申し訳ないことをした……」


 ビンゴ!


「それならどう? もういっそ俺らで作らない? その方が安上がりでしょ」

「…………もう何十年も大工仕事はしていないのだが」

「それでも身体に染み込ませた技術ってのは中々忘れないもんだよ」

「うーむ」

「店の雰囲気に合ったのも作れるし、良いと思うんだけど」


 ハンドメイドの利点はコストだけではない。

 自分の好みや店の空気に合致した既製品なんてそうそう見つかりはしないが自分で作るのならその問題は軽くクリアできる。

 一番良いのはプロにオーダーメイドで頼むことなんだが……お金がね。

 ハンドメイドにしようって言ってる理由の一つが金なんだから本末転倒だわ。


「……うむむ」

「とりあえず、これもう解体ばらすのは決定事項なんだし廃材で何か軽く作ってみない?」


 それで、やれそうなら本格的に資材を買って来てハンドメイドに。

 無理そうなら既製品買いに行くってことでどうだろうか?


「…………そうだな。うん、そうしよう」

「OK。じゃ、何作るよ?」

「俺は……本棚が、欲しい……そろそろ新しいのを買おうと思ってたし……」

「伯父さん、本とか読むの?」


 よう考えれば俺まだ伯父さんの家行ったことないな。

 アパートで一人暮らししてんのは知ってるけど私生活全然知らねえわ。


「……まあ、レシピ本やら……料理、酒造の歴史とかそういうのだが……」

「ああ、そういう」

「カールは……何を作るんだ?」

「んーっとねえ」


 ほわほわと色々なものが頭の中に浮かび上がるが……。


(いかんいかん、惑わされるな俺)


 頭を振って思い浮かんだ桃色トイズの構想を追い払う。

 俺が思い浮かべたものを部屋に置いてたら確実に庵に白い目で見られてしまうぞ。

 いや、それはそれで興奮するから別に良いんだけど。


 んー、他に何かよさげなも――――閃いた!


「…………そうだね、ミニチュアでも作ろうかな」

「ミニチュア?」

「うん。おままごとで使えそうな小さい家具とかそういうアレ」

「ああ、そういう……面白いな。では早速……あ」

「どうしたの?」

「……いや、工具の類は置いてなくてな」

「ああ、それなら大丈夫だよ。俺持ってるから」


 一式に加え予備もあるから問題なく二人で作業できるだろう。


「……何であるんだ?」

「ああいや、親父が餞別にってくれたんだよ」


 多分、成人の日を迎える以前から用意してあったんだろうな。

 元々は冒険者として立志するつもりだったが常識的な大人からすれば冒険者なんて不安定極まる仕事で食ってけると楽観はできない。

 だから、辞めても手に職はつけられる。

 いつでも帰って来て良いんだぞということを知らせるために用意したのだと思う。

 餞別と言って押し付けておけば俺が手放しはしないと予想したんだろ。

 だから辛くなったその時にでも、伝われば良いって感じで考えてたんじゃねえかな。


「…………ハインツは、やっぱり良い奴だな」

「うん」


 伯父さんも親父の意図を察したのだろう。口元が緩んでいる。


「じゃ、ちょっと取って来るから待っててよ」

「……ああ、頼む」


 気配を消して二階へ上がる。

 庵はまだ寝てるからな、起こすのも可哀想だ。


「すぅー……すぅー……」


 おうおう、可愛い寝顔じゃねえか。すげえ癒される。

 子供の寝顔は天使だなんて言うけど、正にその通りだな。

 俺にもこんなアークエンジェル時代があったのだと思うとちょっと照れ臭い。


(ぬ? 寝巻きが少し肌蹴てるな)


 胸が見えているぞまったく。

 今日の俺は紳士だから、素直に寝巻きを直してやる。

 下には伯父さんも居るしね。


(工具……工具……あったあった)


 工具箱を回収し、後ろ髪を引かれながらも再度階下へ。

 伯父さんと一緒に危なそうなテーブルと椅子を外へ持ち出し、シートの上に乗せ解体を始める。


「……流石に大きいのは作れそうにないな」

「それでも二段三段ぐらいのならいけるんじゃない?」

「そうだな……一先ずはそれで急場を凌ぐか……」


 ギコギコとノコギリを引いている、すげえ心が落ち着く。

 やっぱり俺にも大工の血が流れてるんだなあ。

 何かこう、ベルンシュタインの男のあるべき姿って言うのか? そういうものを感じる。


「…………落ち着くな」


 どうやら伯父さんも同じ気持ちらしい。

 横目で見たその顔は、料理をしている時とはまた違う穏やかな表情をしていた。


「ねえ伯父さん」

「ん?」

「俺の祖父さんってどんな人だったの?」


 父方の祖父さんも祖母さんも俺が生まれる前にはもう死んでたからな。

 親父から思い出話とかも聞いたことないし、少し気になる。


「そう……だな……騒がしい、騒がしい人だったよ」

「親父みたいに?」

「ハインツの……三倍、ぐらいかな……」


 うわ、それはウザい。


「……酒と煙草、喧嘩が好きで好きで……何かにつけ、やんややんやしてたよ……」


 それだけを聞くとロクデナシのように思えるが、違うのだろう。

 だって祖父さんを語る伯父さんの顔は優しいからな。


「よく……お袋に半殺しにされてたっけ……」


 いや、これロクデナシだな?


「ただ、大工の腕は街一番で……皆こぞって色々頼みに来ていたよ……」

「へえ」

「だから……ハインツも、大変だったろうな……」


 親父が偉大だと、同じ道を行く息子はしんどいかもな。

 だから伯父さんは家業を継ぐのを嫌がったのかもしれない。

 でも親父に関しては心配は要らないだろう。

 何だかんだ要領が良いし、図太いからな。

 俺も親父のああいう雑な性格が時々羨ましく思えたよ。


「俺は繊細だからな」

「…………え」

「ん?」

「い、いや……な、何でもない……」


 変な伯父さんだな。


 っと、大体こんなもんか?

 まずは何から作ろうかな。食器とかからか?

 いや待て。材料は限られているし慎重にやらなきゃな。


 ――――何せこれはおままごとに使う大切な玩具だからな。


(くふ、クフフフフ……ジュルリ……おっと涎が)


 先だって俺はアンヘルと共に素晴らしい“ゴッコ遊び”に興じた。

 すっげえ楽しかった。正直、予想以上だったよ。

 何て言うのかな。俺はアンヘルって女の底知れなさを思い知らされたよ。

 俺とはものが違う。本物の天才だ。

 庵に見つかって一悶着あったがあったが――まあそれは置いといて、だ。


(次、何をするか)


 今度は庵に叱られないように場所を選ぶつもりだ。

 いやまあ、冷静に考えるとね。実際の店舗を使った方がリアリティは出るけど、色々問題もあるしさ。

 だから次はちゃんと場所を選ぶ。

 が、それはそれとして次はどんなことをしようか?

 俺は悩んだ。めっちゃ悩んだ。中々良い案が思いつかず自分の不甲斐なさを罵ったよ。

 でもね、神は俺を見捨てなかった。さっきさビビ! っと脳裏に雷が奔り天啓を得たのだ。


(――――おままごと)


 そう、おままごと。

 これは良い題材なのではなかろうか? 俺がシスコン気味のお兄ちゃんでアンヘルが妹。

 妹って言っても結構歳が離れてる設定な。

 兄貴が中学生ぐらいなら妹は小学校低学年。

 アンヘルの方がお前より年上だろうって? 馬鹿だな、分かっちゃいねえ。分かっちゃいねえよ。


(小生、年上の妹も……ありだと思うで御座る)


 良いじゃねえか、興奮するだろ、年上の女にお兄ちゃんって呼ばせるなんてさ。

 そりゃあ年齢だけを見るなら庵の方が良いだろうさ。

 だがな、ロールプレイはそんな簡単なものじゃねえんだ。


 仮に同じシチュエーションに付き合ってもらったとしよう。

 俺は断言できるよ。

 年齢も立場も妹みたいな庵より、年齢も立場も異なるアンヘルの方が妹になってくれるって。

 そして、この上なく俺を興奮させてくれるって――信じてる、心の底から。


 想像してみろよ、アンヘルぐらいの歳の女の子がさ?

 お人形さん使って無邪気におままごとしてる姿を。

 最高じゃん、思い浮かべただけでトキメキ十六連射だよ。

 演技だという前提があっても尚――いや、前提があるからこそ胸を打つのだ。

 表面上は無垢な幼い少女を演じているが、内心すっげえ恥ずかしいのかな?

 恥ずかしさを堪えて俺のために頑張ってくれてるのかな?


 そう思うだけで、そう思うだけで……!


(たまんねえよな……涙が出そうだぜ)


 アンヘルとかいう全包囲に隙がない夜の総合格闘家。

 アイツを前にすれば俺なんざ小物中の小物よ。

 その実力を示すための噛ませにされる名も無き雑魚その1にしかなれやしねえ。

 あんな女に惚れられてるって……冥利に尽きるよな。


「……」

「伯父さん、どうしたん?」


 ふと視線を感じ横を見れば伯父さんが大きく目を見開いていた。


「いや……それ……」


 伯父さんが俺の手元を指差す。


「おお」


 何時の間にか各種ミニチュアが出来上がっていたようだ。

 自分で言うのも何だが結構良い出来じゃないか。

 しかし、雑念を捨てて無我の境地で製作に勤しむとは――やっぱ、俺も大工の息子なんだなあ。


「つか、そういう伯父さんも中々のもんじゃないすか」


 まだ途中だが、目測でやってるにしては随分と良い感じに製作が進んでいる。

 俺も伯父さんも、五体に流れる大工の血に導かれてるんだな。


「……そうだな。久しぶりなのに、驚くほど、淀みなく作業が進んでいるよ」

「じゃあ、どうする?」

「……うん。折角だし、俺たちで作ろうか。一日使うことになるだろうが、偶にはこういうのも悪くない」

「りょーかい。それじゃ作業は一旦中断して、どんなの作るか考えよう」

「……うむ」


 店の中に戻った俺と伯父さんは、

 ペンと紙を片手にああでもないこうでもないとデザインを思案し始める。

 伯父さんも、やると決めたからかかなり乗り気でいつもの二割増しで饒舌になっていた。


「…………木材はどうする?」

「ウォールナットやチーク、マボガニーなんて贅沢は言わないけど、それなりに良いのを使いたいよね」

「……同感だ。長く使えるように相応の物を用意すべきだろう」

「でも、どうする? 組み立て自体は一日でも出来るだろうけど」


 設計図通りに切って組み立ててはいそれで終わりとはいかない。

 塗装する場合は塗料が乾くまで待たないといけないしそうでない場合も……まあ何にせよ一日二日では終わらないわけだ。

 解体に使ったテーブルと椅子はお客さんに使わせるのは不安だっていうのだけだがそれでも半分近く持ってかれたからな一応聞いておかないと。


「……足りない分は予備と、カウンターを使ってもらおう」

「やっぱりそうなるか」


 カウンターとテーブルが全部埋まったことなんてないからな。

 最近、俺目当ての客なんかも増えてるが、まあ何とかなるだろう。

 わざわざレンタルして金が嵩むのも嫌だしベストな選択だと思う。


「総とっかえするのは、もうちょっと先になりそうだね」

「……そうだな……だが、それぐらいの期間なら……問題は、ないだろう」

「じゃあ話戻そうか」

「うむ」


 そうして昼過ぎまで打ち合わせをして、資材を買い付けるべく俺は店を出た。

 店を出る頃には庵も起きて来たが、残念ながらデートとはならなかった。

 何でも、例の孤児院建設予定地に見学に行くそうだ。

 その後でスラムの友人らとも会ってくると楽しそうに笑っていた。実に良いことだ。

 スラムに居た頃は笑ってても陰が差してたからなあ。


「えーっと、材木屋の場所は……」


 伯父さんに渡されたメモには――――


「ヅゥ……!?」


 焼き鏝を押し付けられたような熱が背中に奔った。

 脳みそをスプーンで掻き混ぜられたような痛みと不快感が襲う。

 一体何が……と困惑するよりも早く、それは”聞こえた”――ってあれこれデジャビュ?


〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈許して許して許して許してゆるしてゆるしてユルシテユルシテユルシテ〉〉〉〉〉〉〉〉〉〉


 んがぁあああああ! うるっせえええぁあああああああああああああああああああああ!!


 許しを乞う叫び声が脳裏にガンガンと鳴り響く。

 アンヘルの時と同じだ。

 あれから我が身に降りかかった現象について考えてみたのだが、これは多分動作不良なのだと思う。

 相対した人間の強い感情に反応し自動的にONになり声を拾うという機能がある。

 だがそれは対面して、話し合うという形を取らねば発動することはない。

 でなくば周囲の強い感情を無差別に拾い上げてしまい心が参ってしまう、

 だからこそ自動的にONになるにしても幾つかの条件が設定されているのだろう。


 だが、その条件を捻じ曲げてしまう程の熱量を帯びた感情であれば突破出来てしまう。


 対面や会話などという手順をすっ飛ばし強い感情という条件のみでスイッチが入るのだ。

 だがそれは正規の手順を経て発動したものではない。

 それゆえ背中の熱だったり、頭痛、不快感のような形で不具合が生じるのだと思う。

 あと、不具合に対応するためなのか機能が拡張した節がある。

 より分かりやすくなったというか……。

 その内、完全な読心能力に覚醒したり――ってそれはどうでも良いんだ。

 今問題になってるのはこの声。


(か、勘弁してくれよ……)


 声を聞くだけでも厄ネタの臭いがする。

 だが、アンヘルのように異質な精神構造をしていない分、まだマシか。


(と、とりあえず距離を……この場から離れてしまえば……)


 帝都の人混みの中、誰が声を上げているかは分からない。

 だが距離を取れば声は聞こえなくなる、ないしは小さくなるはずだ。

 そしたら無理矢理OFFにすることも出来るし……ああ、頭が痛い……。


「――――大丈夫ですか?」


 蹲る俺の頭上から平坦な、感情の読めない声が降り注いだ。

 そいつこそが、


「体調が悪いのですか? 医者を呼びましょうか?」

〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈ユルシテユルシテユルシテユルシテユルシテユルシテユルシテ〉〉〉〉〉〉〉〉〉〉


 俺を悩ます”声”の主だった。


 真ん中分けの黒髪ロングをした眼鏡の少女、

 見た目は如何にも委員長っていう風貌だが問題はその表情――”無”だ。

 作り物めいた……いやもうハッキリ言おう、人形みたいだこの女。

 可愛いとか美少女だとかって感想より気味の悪さが先にくる。

 顔立ちと肌の色を見るに黒髪でも葦原じゃなく、帝国の人間っぽいが……何だいコイツ?

 人形染みた振る舞いの癖に、心の声は……ああクッソ、思考が上手くまとまらない。


「い、いや……大丈夫だ。お構いなく」

「そうですか。失礼致しました」


 ペコリと頭を下げて少女は去って行った。

 あちらから遠ざかってくれたお陰で弄せずスイッチを切ることが出来た。

 これでようやく一息吐ける。


(君子危うきに近寄らず……やれやれ、ホント勘弁して欲しいぜ)


 もう関わることはないだろうが……はあ、ついてねえなあ俺。

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