日常③

1.アンヘルの日常


 ある日の昼下がりのことである。

 アンヘル(E:眼鏡)は難しい顔でペンを走らせていた。


「んー……駄目」


 ぐしゃぐしゃと書いていた紙を丸め、ゴミ箱に放り投げ深く溜め息を吐く。

 想い人の前では決して見せることはないだろう、心底うんざりした表情。

 この姿だけ見ているとアンヘルも歳相応の少女だというのがよく分かる。


「カールくんが凄過ぎるのか、私に才能がないのか……両方かな」


 今、アンヘルが取り組んでいるのはとある魔法の改良だった。

 その魔法というのがデリヘル明美発見にも一役買った感覚を飛ばす探知魔法だ。

 愛する人をおはようからおやすみまで見つめる大事な大事なストーキングマジック。

 何故アンヘルはこのストーキングマジックを改良しようとしているのか。

 それはカールに原因があった。


「そもそも、どういうメカニズムで気付いてるのかな?」


 カールとの初夜を終えたその翌日から、一緒にいない時はいつも彼に妖精を張り付かせていた。

 勿論、隠蔽はしっかり施してある。

 仮に魔力を探知する術式が張られている場所に飛び込ませても、そうそうバレはしないだろう。

 バレるとしたらゾルタンなどの超がつくほど優れた魔道士だけ。


 話を戻そう。


 綿密に隠蔽が施された妖精だがカールは時折、気付くのだ。その存在に。

 いや、明確に気付いたわけではないのだろう。

 あくまでふと足を止めて妖精がいる場所を見つめるのだ、

 本人の独り言によると”アンヘルの匂いがした”とのことだが……。


「私の匂いって何なんだろ?

この子は無味無臭だしリンクしてると言ってもあくまで感覚だけ」


 クンクンと作り出した妖精に鼻を近付けてみるが当然、匂いなんか微塵もしない。

 そもそもこれは魔力で編まれた存在なのだ。

 魔力から匂いがするなどという話は見たことも聞いたこともない。


「肉体の物理的な特徴まで反映されてるわけじゃないし……うーん」


 いや、嬉しいことは嬉しいのだ。

 本来感じられるはずのないものから自分を感じ取ってくれているのは嬉しい。

 だが、それはそれとしてカールに立てた誓いを遵守するためにはどうしても改良が必要なのだ。


「一体どこで、どうやって、私の存在を感じているのか」


 ”都合の良い女になる”――それは愛する人と己に立てた生涯貫き通すべき誓約である。

 だが、もしも、もしも日夜自分がカールを監視していることがバレてしまえば?

 止めろと言われれば勿論止める。でなければ都合の悪い女になってしまうから。


 だが、本音としては止めたくない――ゆえに欺くのだ。


 カールは恋愛における嘘が全て肯定されるべきだと言ったし、実際その通りに振舞っている。

 上手に騙してね、そう自らが口にした言葉を彼が違えることはないだろう。

 上手に騙すためにも、現状のストーキングマジックを改良する必要があるのだ。

 いつも察知されているわけではない、現状ではあくまで時折首を傾げられる程度に留まっている。

 だがこれから先もそうであるという保証はない。

 ゆえに今は断腸の想いでストーキングマジックを中断し、改良に勤しんでいるのだ。

 改良が終わるまではストーキングマジックを使うことはないだろう。


 ああ、今カールは何をしているのか。どんな顔をしているのか。

 気になる気になる気になる、気になって気になってしょうがない。

 だが我慢、ぐっと我慢。この苦境を乗り越えた先にある光を信じて耐えるのだ。

 そう自らに言い聞かせつつ、改良を行っているのだがその成果は思わしくない。


「シャルロットさんにも検証に付き合ってもらったけど……」


 シャルロット・カスタード、最近は色ボケ気味でアホになっているが世界有数の実力者だ。

 カールと同じく近接戦闘に長けた彼女ならば同じことができるのでは?

 そう考えたアンヘルはシャルロットに協力を要請。彼女も快くそれに応じてくれた。

 で、肝心の実験結果なのだが――結論から言うとシャルロットも気付くことはできた。


 ただ、


「”妙なノイズが聞こえる”って何なの?」


 嗅覚かと思っていたら、まさかの聴覚である。

 シャルロット自身も明確に何故気付けたかは説明できないらしくどうしても感覚的な説明になってしまい、それがまたアンヘルを混乱させていた。


「やっぱり”気”ってやつなのかな? でも……」


 魔法とは学問である。

 魔力を用い、明確な論理の下に成立する美しい数式から導き出される解――それが魔法だ。

 対して気はその真逆に位置する。

 観念的というか抽象的というか、ふわふわしていて、酷く薄ぼんやりしているのだ。


「あれ、ホント意味分からないんだけど」


 気の変換などが最たる例だろう。

 気を生命力とするのならそれを巡らせ身体能力を強化するのは分かる。

 だが、気が炎や雷、氷の性質を持つようになるのはどういうことだ?

 刃のような性質を持たせた気を纏うとか最早意味不明だ。

 剣に纏わせ切れ味を強化する、これならまだ分からないでもない。

 いや、十分意味が分からないがまだ納得はできる。

 だがカールの必殺技だという殺戮刃――あれは何だ?


『何ぃ!?』


 初めて殺戮刃を見たのはシャルロット(ジャッカル)と手合わせした時だ。

 シャルロットは剣でカールの蹴りを防いでみせた。

 その際、金属と金属がぶつかり合うような甲高い音が鳴り響いた。

 いやおかしいだろう。脚に装甲でも仕込んでいるならともかくズボンの下は生身だぞ。

 好奇心をそそられたアンヘルは休憩中、その疑問をぶつけてみた。

 すると、


『ん? ああ、殺戮刃は読んで字の如く刃だからな。蹴りに斬気を纏わせてんだよ』


 まるで意味が分からなかった。

 ただ鋭さのみを追求したスタンダードな斬気から刃毀れした刃のようにざらついた斬気を纏うラフエッジという形態があると彼は言っていた。

 ますます意味が分からない。


 そもそも気とは何なのか、実際に使ってみないと分からないのでは?


 そう思いどのようにして使っているのかを聞いたのだが、これがまた酷く曖昧。

 カールもシャルロットもふわっふわした説明しかしてくれないのだ。

 二人とも天才肌だから感覚的に使いこなしているのかな?

 そう考え屋敷に戻った後、気についての資料を集めさせてみた――無駄だった。

 どれもこれも観念的な教えばかりで明確な理屈が何一つとして見当たらなかったのだ。


「……あるいは”そんなことを考えてるから”駄目なのかな?」


 論理という名の枠に当て嵌め理解を得ようとする人間には向かない力なのかもしれない。

 逆に、ふわふわとしたものをふわふわと受け止められる人間は気の扱いに秀でるのかも。


「これ、案外当たってるかも」


 気とは裏腹に一から十まで理詰めの魔法をカールもシャルロットも使うことができない。

 二人が馬鹿なのではない。むしろ頭の回転は速い方だろう。

 使えないのは魔力が魔法を扱えるほどに潤沢ではないからだ。

 だが代わりに二人は有り余る気を持っている。

 魔力と気は一個人の肉体では共存し得ない性質があるのかもしれない。


 ふと、アンヘルが時計に目をやる。


「そろそろ時間だ」


 根を詰めたところで意味はない。

 むしろ、回り道こそが最短のルートなのだ。

 回り道をして多角的な見方を取り入れることが学びには肝要だということをアンヘルは知っている。

 ゆえに今日の研究はこれまで。

 そうすっぱり割り切って自室を後にした。


「ああ、やってるやってる」


 やって来たのは屋敷に併設された鍛錬場だ。

 場内ではラフな服装をしたシャルロットがドミニクに稽古をつけている真っ最中だった。


「お、おおおおお嬢様!」

「はい君、余所見しなーい。ああお嬢様、もう少し待っててくれるかな?」


 顔を赤くしてキョドり始めるドミニクに、視線も寄越さずひらひらと手を振るシャルロット。

 バーレスクを訪れてから友人関係になり随分気安くなった後者はともかく前者。


(うーん……私のことなんてさっさと忘れちゃえば良いのにね)


 自分を取り戻す以前から彼が恋慕の情を向けていたのは知っている。

 以前は知った上でその情を利用するように振舞っていた。

 と言っても直接的な色仕掛けとかそういうことはしていない。

 精々が時折、優しい言葉をかけるとかその程度だ。

 だが今はドミニクを利用しようなどという気はまるでない。

 というよりアンヘルにとって彼の存在はどうでも良いものでしかなかった。


(客観的に見れば優良物件だし、女の子だってよりどりみどりでしょうに)


 恋慕う主が現れたことで奮起するドミニク。

 先ほどよりも力強く剣を振るうようになったが悲しいかな――シャルロットにとっては誤差にもならない。


「てい、てい、てい――はい終わり。

やる気出すのは良いけどね。雑に振るな、雑に立ち回るな。

気合で強くなるタイプも居るよ? でも君はそうじゃない。

君の持ち味は頭を使って立ち回ることなのに自分の長所を殺してどうするんだ」


「も、申し訳ありません……」

「結構。それじゃ、後はしっかり柔軟してゆっくり休みなさい」

「あ、ありがとうございました!」


 指導を終えたシャルロットがアンヘルに駆け寄る。


「お待たせ」

「ううん。それじゃ、ちょっと遠回りしてから行こっか」

「了解。エスコート致しますよ、姫様」


 二人して鍛錬場から庭園に向け歩き出す。


「それにしてもドミニクくん……諦めないねえ」


 アンヘルの身に降りかかったことは最高機密であり殆どの者が知らない。

 だが、何かが起きて何かが壊れ後継者の座から追われたことは伝えられていた。

 なので彼らにも、問題が解決したことだけは伝わっていた。

 同時にアンヘルが自分を救ってくれた者に恋慕の情を抱いていることも、それとなく広められている。

 だというのにドミニクは……先ほどの反応を見れば一目瞭然だろう。


「諦めない、とは少し違うんじゃないかな?」

「って言うと?」

「好きな人には幸せになって欲しい。例え、その隣にいるのが自分ではないのだとしても」

「…………尚更、不憫だと思うんだけど」


 そうやって想えるのは心根の良い人間だけだ。

 であればこそ、いつまでも自分のような者に囚われているのは不憫が過ぎる。

 アンヘルの感想にそれが彼の幸せなのだからしょうがないとシャルロットは苦笑する。


「っと、着いたね」


 目の前に広がる花壇の中では色とりどりの花が咲き誇っていた。

 決して少なくない時間と手間をかけた自慢の花々だ。

 ちなみに、アンヘルが昨夜使用した朝顔もこの花壇から持ってきたものである。


「いやあ、今日も今日とて綺麗だねえ」

「でしょ?」


 シャルロットの賛辞に微笑みを返し、アンヘルは花壇の手入れを始めた。

 植物を育てることが好きというわけではない。

 花壇を作ったのはキャラ作りの一環であり、言ってみれば仕事のようなもの。

 正直、今となってはやる必要はどこにもない。

 外面は役に立つので取り繕っているものの、どうとでも誤魔化しは利く。

 それなのに今でも続けているのは……何となく、だろう。


(ああでも)


 以前より、少し楽しくなった。

 これはきっと、カールのお陰だろうと笑みを浮かべるアンヘル。


「ところでお嬢様、昨夜は随分と盛り上がったみたいだね?」

「分かるの?」

「ああ、顔が艶々してるからね。ただでさえ愛らしいのに、今日はまた格別だ」


 盛り上がったのは事実だ。

 自分自身、かなりカールを悦ばせられたという確信があった。

 まあそれだけに最終的に庵が乱入して三人ですることになったのは残念だが。

 概ね満足のいく内容だった。

 昨夜のことを思い出し頬を緩ませるアンヘルは愛らしさと妖艶さが同居した酷く魅力的な表情をしていた。


「ちなみにどんなことやったのか聞いても?」

「えーっとね、大人のごっこ遊び……かな?」

「大人のごっこ遊びとな?! ぐ、具体的にはどんな設定で……?」


 ハァハァと息を荒げるシャルロット・カスタード(25歳)。

 実力者なんです、正義の味方なんです、誉れ高き騎士様なのです――こんなでも。


「えーっとねえ」


 手は止めずに、昨夜の仔細を語り聞かせる。

 それを想像し、その上でもしも自分とラインハルトだったら……。

 そんな妄想をしているのだろう、シャルロットの顔はちょっとお見せできないものになっていた。

 アンヘルは思う、この友人のためにモザイク魔法でも作ってあげようかと。


「失礼。少し良いかい?」


 魔法で生成した水で手を洗い立ち上がろうとした時、声がかかる。

 中腰のままそちらに視線を向ければ転移でやって来たゾルタンが立っていた。


「うっげ……ゾルタン……」

「先生、何か御用で?」

「ああ、実はその……何だい……」


 気まずそうに言葉を濁すゾルタン。

 予定が詰まってるから早くしろ、視線でそう促すと彼は溜め息を吐いてこう告げた。


「……近々、君の姉君がご帰還なされる」

「姉上、ね」


 姉は幾人もいる。

 が、ゾルタンがこのような顔をする姉は一人しかいない。

 自分をあんな目に追いやった元凶の一人で、彼はそこを気にしているのだ。

 しかしアンヘルからすれば最終的に素晴らしい結末に辿り着けたので含むところはない。

 有体に言って最早どうでも良い存在でしかなかった。


(記憶にあるのは、私に擬似人格を植え付けた時が最後だけど……)


 今は何をしているのだったか。

 確か皇族でありながら危険な地域に赴き、

 並みの冒険者では対応できないモンスターを退治したりしているとかしていないとか。

 大方、罪悪感からの行動だろう。

 ゾルタンはそれを拭うために自分に姉のことを伝えに来たのかもしれない。

 そう結論付けたアンヘルは一言。


「分かった」

「……ありがとう」


 予測は当たっていたらしくゾルタンは小さく頭を下げ、去って行った。


「それじゃシャルロットさん」

「うん、そろそろ行こうか」


 連れ立って歩き出す。

 目指す場所は自室。目的は、


「やっぱりお互い、ね」

「うん、勉強しなきゃ」


 権力と財力を用いて収集した映像教材(意味深)を使ったお勉強(意味深)である。




2.少年、再び。


 麗らかな午後の日差しを浴びていると本気を出せば俺でも光合成ができるんじゃないかという気分になる。

 だがああ、良い陽気だ。本当に良い陽気だよ。

 見たまえ、公園の中ではしゃぐ子供たちを。

 ただそこに存在するだけで心穏やかにしてくれるなんてまるで天使のようだ。

 未来を担う彼らには是非、健やかな成長を遂げて欲しいものだと切に願う。


 というわけで、


「やっちまったなあ」


 ちらっ。


「やっちまったよ」


 ちらっ、ちらっ。


「……」


 ボールを抱えた少年がこちらの存在に気付く。

 よし、よしよし。良いぞ、そのままだ。そのままこっちに来なさい。


「あぁ~……やぁあああっちまったなあ……」


 ちらっ、ちらっ、ちらっ。


「チッ! ……ペッ」


 し、舌打ち!? しかも唾まで吐いた!

 そんな嘘だよね、天使のような子供がそんなことするわけないもの!


「兄ちゃん兄ちゃん、何をやっちまったの?」


 小走りで寄ってきた少年が俺に声をかけてくれた。

 内心、ちょっと動揺している俺を心配してくれたのだろう。

 上京してきて良かった、優しい子に会えて。

 いやまあ、動揺の原因もその優しい子なんだがね。


「幼馴染が人斬りになってたんだ」

「ごめん兄ちゃん、何が百点満点の回答なのかわかんないや」


 俺もさ、故郷を飛び出し上京してさ。変わったという自覚はあるよ?

 でもそれは子供から大人に――社会人になったって極々有り触れた変化だ。

 今までも親父の手伝いでバイトはしてたけど、あれは小遣い稼ぎって一面が強かった。

 けど今は違う。就職先は身内のところとはいえ、しっかり給料を貰っているし職務の全てが将来に繋がっているのだ。


「何つーのかな、背負うものの違い? 重さ? そういうのを感じるよね、ひしひしと」

「人斬りの話どこ行った」


 おっと失敬。そうそう人斬りTだよ人斬りT。

 個人情報保護の観点から本名は伏せさせてもらうよ、悪いな。

 普通さ、成人の日を迎えたその日に別の意味で童貞捨てる奴いる? いねーよ普通。


「ここ数日、努めて考えないようにはしてたんだ」

「現実逃避だね」


 うん……まあ、はい。

 でも無理だわ。無視できないレベルだものこの粗大ゴミ。

 頭の片隅に追いやっても存在感半端ねえ。


「異臭も放ってるし」

「それ、血の臭いでは?」


 血も含む、かな?


「かな? じゃないが。かな? じゃ」

「こんなん一人で処理するの無理だって、いやマジで」


 かと言って誰かに相談するのも、なあ?

 周りにいる身近な人物は誰?

 そう問われると真っ先に思い浮かぶ顔が四つ。


 まずは伯父さん。

 不器用過ぎる伯父さんに人斬り問題は難しいだろう、却下。


 次にシャル。

 シャルは……普通に相談乗ってくれそうだけど……気分で却下。


「気分で却下するなよ。えり好み激し過ぎるだろう」


 ザ・サードはアンヘル。

 こっちは真剣に相談に乗ってくれるだろう。

 ただそのバック――御家と、あとアンヘル自身が何か怖いので却下。

 気付いたらTがひっそりこの世を退去させられてるとか普通にありそうだもの。


 ラストの庵は問題外だ。

 T関連で借りがあるし、流石に数えで十二歳の子供に相談はできないので却下。


「兄ちゃん兄ちゃん、僕何歳に見える?」


「何その女子みたいな質問。俺、何て答えれば良いの?

嘘、全然そんな風に見えないよー、胎児かと思ったー! って言えば良いのかな?」


 まあ真面目な話をするなら8歳、9歳ぐらいだと思う。

 俺、このぐらいの年の頃何してたっけな。

 明確な思い出がパッと浮かぶわけではないが、

 それでもただただ楽しい日々を送っていたのは確かだ。

 もう二度と戻らない輝ける幼少期を思い出し、少しだけセンチメンタルな気分に浸る俺であった。


「お前自分で言ってて何かおかしいと思わねえのか?」

「何が?」


 少年はおかしなことを言う。


「それよりTだよT」


「ああうん……良いけどさ。で、兄ちゃんはそのTさんをどうしたいの?

やっぱり友達として罪を償って欲しいとか、真っ当な道に戻って欲しいとかそういうあれ?」


 少年は優しいな。

 その無垢な心を忘れず、すくすくと育って大人になって欲しいと心底から思うよ。

 まあそうだな、そういう気持ちがないって言えば嘘になる。


「…………怖いの?」


 怖い、か。

 ああそうだな、怖いよ俺は。


「確かに大切なお友達が……その、人斬りなんかになっちゃったら戸惑うよね。

大事な友達だって思う心もあるけど、怖いって思う気持ちもあって……」


 そう、怖いんだ俺は。


「――――野郎が俺に迷惑をかけるんじゃねえかってなぁ……!!」

「え」


 何なら既にいっぺん迷惑かけられてるからね俺。

 いやまあ、ある意味縁結びの役を担ったと言えなくもないがそれはそれ、これはこれ。

 これ以上俺に迷惑がかからないように奴を確実に始末したい。できれば俺の手を汚さずに。


「それが俺の切実なる願いだ!!」

「やっぱ類友じゃねえか」

「えぇ!?」

「そこでそんな顔する兄ちゃんに、えぇ!? だよ」


 心底白けたような顔で俺を見る少年。

 おやおや? 天使のような君はどこへ行ったのかな? 解せぬ。


「でも真面目な話、幼馴染が人斬りって風聞悪くない?」

「まず幼馴染が人斬りになるって事例が数少ないと思う」


 それな。

 そんなところで妙な引きの強さを見せないで欲しい。


(アイツ、マジでどうすんだろ)


 成人の日まで動かなかったのはケジメだろう。

 まだ子供、自分で責任を負える立場にないから己を殺していた。

 だが成人を迎え自らの行動の結果を自らで払うべき立場になったことでオズワルドを殺した。

 あとは、先年にティーツを育ててくれた祖父さんが死んだってのも大きいな。

 身内が生きてりゃあ、もうちょい我慢してたかもしれん。


(浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ……五右衛門もそう言ってるのになあ)


 デリヘル明美やティーツの戦いには明確なゴールが存在しないのだ。

 俺の戦いを例に挙げてみれば庵から話を持ちかけられた時点で俺には凶衛をぶっ殺すという明確なゴール地点が存在していた。

 そこへ向けてひた走り見事、ゴールテープと庵の処女膜を破ってハッピーエンド。


 だけど、あの二人にはそれがない。


 刃を振るい続けて多少の抑止力にはなれたとしても根絶は不可能だ。

 義賊、正義の味方って奴は最初の時点で負けてるんだからもうどうしようもない。

 立ち向かう悪がいる時点で彼らは敗北者なのだ。

 真の意味で勝利を得られるのは、刃を振るう必要がなくなったその時だけ。

 お先真っ暗なんてレベルじゃないぜ。


(ティーツのアホも、それが分からないほど馬鹿でもあるまいに)


 でもアイツは笑って無謀な戦いに臨み続けるんだろ……――いや待てよ?

 自分じゃ止まることができない友に引導を渡してやる。

 この路線で殺っちまえば何か綺麗に話が纏まるんじゃねえか?

 いや、理想は俺の手を汚さないことなんだが……最善なんてそうそう掴めるもんじゃないからな。


「兄ちゃん兄ちゃん」

「ん?」

「何考えてるかわかんないけどクソみてえなこと考えてるのは分かったよ」

「し、失敬な!」


 殺すぞクソガキ。


 しかし何だ、やっぱり公園に来て良かった。

 もっと言えば少年と語らえて本当に良かった。

 彼との語らいがなければこの、たった一つの冴えたやり方を見出すことは出来なかっただろう。


「ありがとう少年、君は何時だって俺に道を指し示してくれる」

「やめてよね、僕と兄ちゃんが仲良しみたいに勘違いされたらどうすんだよ」


 まあ、うん。まだ二度目だしね。

 でもさ。友情って長い時間を共にすれば育まれるものなのだろうか? 否、大事なのは密度だ。

 初対面から親友ぐらいまでワープ進化できるだけの濃い時間を俺たちは過ごしているんじゃあないか?


「僕、兄ちゃんの名前も知らないけどね」

「うん、まあ俺も君の名前知らないよ」


 でもほら、あの名作あらしの夜でもさ。

 互いがどんな存在かを知らぬまま友情を深め合ってたし、まあ多少はね。


「ま、それはさておき少年」

「何? まだ何かあるの?」

「ああ……Tのこと話してて、ふと気付いたんだ」


 これ、他の幼馴染連中は大丈夫なのか? と。

 だってティーツが特別濃かったわけじゃないもの。

 他の連中も似たり寄ったりのアッパラパーだったもの。


「どうしよう、他の幼馴染も道を踏み外してたら……」

「ちなみにどんな人たちなの?」

「そうだな。馬鹿、阿呆、間抜け、カスとかそんな形容詞以外見当たらない連中かな」

「なるほど、兄ちゃんそのものだね」


 殺すぞクソガキ。

 でも、どうしたものか。

 何なら今度、伯父さんにちょっと長めのお休み貰って地元に帰省して動向探ってみようかな。


「いや、動向を探るとか悠長なこと言ってないで先手を打って仕留めるべきか……?」

「ねえ兄ちゃん」

「ん?」

「僕、分かったんだ」

「何がだい?」


 真っ直ぐ俺を見上げる少年の瞳はどこまでも澄んでいた。

 何だか、このまま見ていると吸い込まれてしまいそうだ。


「兄ちゃんが最早言い訳のしようもない駄目人間だって」


 殺すぞクソガキ。


「もう兄ちゃんから何かを得ることはないと思う。ありがとね、零面ティーチャー!!」

「零面ティーチャー!?」


 は、反面すら……反面すらなくなったのか俺!?

 駄目な手本という役割すら失ったら俺もうただの絞りカスじゃん!!


「はぁ」


 項垂れる俺の足元を、


「にゃーにゃー」


 黒猫の群れが通り過ぎていく。


「カー! カー!」


 カラスの大群が何故かこちらを見ている。


「お前ら……俺を慰めてくれてるのか?」


 良いハンターは動物に好かれちまう、ってのは本当だったんだなあ。

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