日常②
1.カールの日常(深夜)
草木も眠る丑三つ時、カールは目を覚ました。
隣で自分に抱き付きながら眠る庵に頬を緩ませるも自分には使命があることを思い出す。
名残惜しさを封殺し彼女を起こさぬようぬるりと抜け出しベッドを降りる。
関節を外して抜け出す程度、カールには朝飯前だった。
「……」
ベッドを降りたカールは寝巻きを脱ぎ散らかしながらクローゼットの前へ。
父親がそういう場面で使ってくれと買い与えてくれた少し上等なスーツに身を包んだ。
そして軽く身嗜みを確認し、屋根裏部屋を出て一階へと向かった。
これまでの行動、普通ならば物音の一つはあって当然だ。
しかし今の並の暗殺者では到底及ばぬレベルで世界と一体化し、
自身の存在を殺しているカールには関係のない話――パーフェクトな隠行であった。
「ふぅ」
一階に降りてまずしたのは照明をつけること。
ただ、営業時よりも若干光量を落として。
淡い光が店内を満たしたことを確認し、店の中央にあるテーブルに行き腰を下ろす。
足を組んだ姿勢でとんとんと指でテーブルを叩くカール。
何か待っているのだろうか? そう、待っているのだ。天使の来訪を。
「――――来たか」
鋭敏な感覚が空間の”軋み”を感知する。
その軋みは空間転移で誰か、あるいは何かが出現する際の予兆だ。
しかし、それを生身の感覚で察知できる人間はそうそういないだろう。
それほどまでに、今のカールは研ぎ澄まされていた。
「お待たせ」
現れたのはアンヘルだった。
両手に大き目の紙袋を提げた彼女はニコリと天使の微笑みを浮かべカールに声をかけた。
「ああ、待ったぞ。そわそわしっぱなしだった」
「フフ、ごめんね?」
言ってアンヘルはテーブルの上に一輪挿しの花瓶を置いた。
花瓶の中には白い蕾の朝顔が一輪。
「じゃ、ちょっと待っててね」
紙袋を持って厨房の奥へと消えて行くアンヘル。
カールはその背中を見送り、小さく息を吐いた。
呆れたものだと。
天覧試合――あれだけの大舞台ですらここまで緊張することはなかったのに。
やはり、男の心を縛るのはいつだって女の存在……そういうことなのかもしれない。
「……」
瞳を閉じ、待つ。
ただ待つだけの時間がこんなにも長く感じてしまう。
あの控え室にいた時とはまるで違う緊張がジリジリと胸を焦がす。
ふと、微かな何かを感じ目を開く。
卓上の朝顔が咲いていたのだ。
カールは静かに手元のベルを鳴らした。
「少々お待ちくださいませ」
今しがた鳴らしたベルよりも澄んだ声が耳を擽った。
嫌が応にも、期待を煽られる。
今か今かとその時を待ち、遂に彼女は光の下にその身を晒す。
(――――パーフェクトだ、アンヘル)
下から見ていこう。
まずヒール。派手さはないものの良い代物だと一目で分かる。
次に染み一つない細いおみ足を覆い隠すオーバーニーの黒いガーターストッキング。
(撫で回したいな! その脚ィ!!)
フェティシズムをそそられるたまらぬ装いであった。
もうこの段階で100点をくれてやっても良い。
だがこの天使は100点程度で留まる小さな女ではなかった。
(ミニスカ! それもかなりギリギリを攻めたえぐいミニスカ!!)
上品な女は嫌いじゃないし、良いと思う。
だが、同時に破廉恥ですぅ! みたいなのもカール的には高得点だった。
ようは使い分けだ。今夜のような場合は後者の路線がカール的にはベストマッチだった。
そういう意味でアンヘルのチョイスは完璧だ。
白いフリルのついた黒のスカート、男心をこれでもかと擽ってくれる。
「!?」
アンヘルはクスリと笑い、さながらプリマの如く一回転。
カールの優れた動体視力は決してそれを見逃さなかった。
(oh……ファンタスティック……)
白い布地は男の夢。見果てぬ浪漫。
ちらりと見えた下着に心が奮える。
だが、感動しているのは何もパンチラをゲットしたからではない。
見えた下着、そのチョイスがまた素晴らしかったのだ。
レースの紐。多くは語るまい。最高だ。
思わず生唾を呑み込んでしまうカールであった。
(宇宙の広さをどう測れば良いのか。今俺はそれと似た命題を突きつけられている)
見事なのは腰から下だけではない、腰から上も同じこと。
どう考えても料理作るのには向いてねえだろ。
そう言いたくなるレベルでヒラヒラしてる胸元がハートになった純白のエプロン。
だが、料理を作るのに向いてない部分は他にもある。
エプロンの下――露出の多いメイド服がまた堪らない。
(このわざとらしいまでのセクシー特化! 男の子の味だよな!!)
だが、セクシー特化に見えて女の子らしさを主張している箇所もある。
それが頭上を彩る花を模した飾りが特徴的な黒のブリム。
王道はホワイトブリムだが、自身の髪色によって印象がぼやけるのを嫌い敢えて少し外したのだろう。
色気とは無縁の可愛らしさを忍ばせる見事な手腕。
さながら料理人の隠し包丁の如く繊細な技を感じる。
(アンヘル……お前って奴は……お前って奴は……)
用意するのはあちらだし、と気を遣い詳細な注文はつけなかった。
だがこの姿を見れば分かる。
アンヘルは自分の欲望に100点満点――いやさ、採点不能なレベルで応えてくれたのだ。
心のスカウターなぞガーターストッキングを見た時点で粉々になってしまった。
涙腺が緩む、気を抜けば男泣きしてしまいそうだ。
「お客様、ご注文は何に致しましょうか?」
そんなカールの心情を知ってか知らずか、アンヘルが柔らかな笑みと共に時計の針を進めてくれた。
何て出来た女だお前は……アンヘルの献身に応えねば男が廃る。
そう己に活を入れ、カールもまた時計の針へと手をかけた。
「ふむ、そうだな……」
片手でメニューをめくりつつ、もう片方の手で良い位置に陣取ってくれたアンヘルの尻を揉む――GOOD。
小振りなヒップではあるが、それは骨と皮だけであることを意味しない。
しっかりと肉はついているのだ。
圧倒されるようなデカい尻が好きだ、キュッと締まった瑞々しい尻が好きだ。
尻に貴賎はない、人がそうであるように。
「あっ」
甲高い声がアンヘルの口から漏れ出す。
羞恥と嫌悪、それを覆い隠すように笑顔の仮面を作り彼女は言う。
「お、お客様……こ、困ります……このような……」
パーフェクトなリアクションだ。
どれだけの研鑽を積めばここまでの領域に辿り着けるのか。
(何年……!? 十数年……!? 何十年……!?)
絶え間ない練磨を経てようやく辿り着けるであろう領域。
もしや、今宵のためにとんでもない代償を支払ったのでは?
そんな考えが頭をよぎるほどにアンヘルは完璧だった。
惜しみない賞賛と同時に、
ここまでやってくれたのだから精一杯楽しまねば彼女が報われないという義憤が胸を満たす。
「このような? 何だと言うのかね、んん?」
威圧感を込めて問うと、アンヘルは微かに身体を震わせた。
これがまた、嗜虐心をそそるのだ。
(男って奴は……ホント、どうしようもない生き物だな)
支配したい、組み伏せたい、見下ろしていたい。
そんな浅ましい欲からはどうにも逃げられないらしい。
だが、それで良いのだろう。
それが人間なのだ。小さな悟りを得つつ、カールは注文を告げる。
「か、かしこまりました」
ビクビク、おどおど、そんな擬音が聞こえてきそうな態度のままアンヘルは厨房へと戻って行った。
カールはその後姿を見て、大きく頷く。
(ヒップもグッドだが背中……背中のラインが綺麗だよな)
だが尻より背中より目を惹く行動が他にあった。
それは両手を後ろに回して下着の位置を整えるというもの。
何気ない仕草。しかし、攻撃力は抜群。
その動作に目を奪われない男が居るだろうか? 否! 居るわけがない。
「…………お待たせ致しました」
「お、おう」
素の声が出てしまう。失点だ。
だが許して欲しい。まさか本当に注文の品がくるとは思ってもみなかったのだ。
今作ったわけではないだろう。
営業を終え、清掃も済んだ店のキッチンを使うことはまずあり得ない。
となると、
(じ、持参か……ほ、本当に手間をかけてやがる……!!)
TRPGとは”協力”なくして成立するものではない。
自分のキャラクターだけを目立てさせんと身勝手なロールプレイをすれば他のキャラクターの魅力を損なわせ、果てはシナリオすら狂ってしまう。
だからそうならぬよう互いを尊重し合う姿勢こそが何よりも大事なのだ。
素晴らしいシナリオに少しでも華を添えられるようなロールプレイを。
魅力的な他PCが十二分にその魅力を発揮できるようなロールプレイを。
そう心がけながらも自らの色を出していくのが肝要になる。
そしてGMはそんなPLたちが楽しめるよう、輝けるよう、彼らが活きる進行を。
GM、PLらの協力によって編み上げられたセッションは興じた者らだけでなく無関係の第三者ですらも魅了される素晴らしいものとなるだろう。
(お、俺は……俺は……!)
カールは懊悩していた。
ここまでレベルの高いロールに対し、自分はどうすれば良いのかと。
本気で楽しむために、本気で楽しんでもらうためにどんな行動をすれば良いのか。
かつてないほど高速で回転する思考。
一秒が幾万にも切り分けられた刹那の永遠の中、カールはそれに気付く。
視界に入るは熱気立つマカロニグラタン。
(出された品は熱々のグラタン――ハッ! そういうことか!!)
我、ここに天啓を得たり。
長い苦行の果て、ただ己を苦境に追い込むことに意味はないのだと。
そう悟り新たな段階へ踏み出した釈尊が如く、
カールもまた果てに見える悟りに向け確かな一歩を踏み出した。
スプーンを手に取り躊躇うことなくグラタンを口に運ぶ。
「あづぅ……!?」
見た目以上に熱くはなかった。むしろ程良い感じだ。
アンヘルの気配りを感じ頬が緩むカールだが総評はアフタープレイで行えば良いのだからと直ぐに気を取り直す。
「だ、大丈夫ですかお客様!」
「大丈夫なわけがあるか! く、口の中が火傷してしまったぞ!!」
「も、申し訳ありません! 申し訳ありません!」
「謝ってる暇があるなら水を飲ませろ! 気が利かん女め!!」
アンヘルが慌ててカールの近くにあるコップへと手を伸ばす。
(――――待ってたぜェ!! この”
カールは伸ばされた細い腕を掴み取り、ぐいと引き寄せる。
小さな悲鳴と共に華奢な身体が流れ、カールの胸にすぽりと収まった。
だがまだだ、まだ終わらない。
カールはアンヘルが何か言うよりも早くにその唇を奪った。
「!?」
驚きに目を見開く演技の向こう側を、カールは確かに見た。
どうかな? 私、ちゃんと出来てる? あなた好みに振舞えていますか?
そんな、そんな乙女心を確かに見た。
(お前って奴は……)
じんわりと胸が熱を帯びていく。何て健気な女だろう?
本当に、本当に、ここまで尽くしてくれる女――三千世界を見渡してもいやしねえぜ。
カールは感動に打ち震える内心を押し殺し、唇を離す。
「っぷは! い、一体何を……」
「何を、じゃないよ何を、じゃ。さっきからまあ随分と……本当はイジメて欲しかったのだろう?」
下卑た視線を胸元に向ける。
相変わらずグッドなサイズである。
手のひらに収まりきらない大きなお胸も好きだが、
カールに言わせてみれば巨乳というのは脂が乗りに乗った上等なお肉のようなもの。
好きではあるが、常食には向いていないというのが本音だった。
その点、アンヘルは素晴らしい。小さくはあるが貧しくはない。絶妙なバランスだ。
「そ、そんなこと……」
真っ赤な顔で否定しつつも、瞳に期待の色を滲ませるアンヘル。
ホント細かい演技しやがるぜと感心していた正にその時である。
「――――何を、しているのですか?」
同時に振り向く。
視線の先――二階に続く階段の入り口から半分だけ顔を出した庵がいた。
不燃ごみを見るような目をカールとアンヘルに向けていた。
「何を、して、いるのですか」
再度、繰り返された。
「何って……ねえ」
「うん」
二人は顔を見合わせ口を揃えて答えた。
「「強いて言うなら……大人のゴッコ遊び?」」
「お馬鹿ッッ!!」
正直さが、いついかなる時も報われるわけではない。
厳しいようだが、それが世界の真理なのだ。
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