最近私が驚いたこと……いやまさか




 弟が反ワクチン、反ウクライナの陰謀論にかぶれていたこと。


 昨日突然首都圏に住む弟から電話がありました。

 今まで電話を掛けてきたことは一度もなく、携帯もいつの間にか替えていたようで知らない番号からの着信に出たら弟でした。


 コロナ禍になって以来弟が帰省することも無かったため、話をするのは4年ぶりくらいでしょうか。


 おお、どうした、元気でやってるかと聞いたところ「元気だけど、実はさ……もうコロナウィルスのワクチン3回目ってやった? やってなかったら、止めといた方がいいって教えようと思って……」と切り出されました。


 私は介護関係で働いている以上、3回目接種はしようと思っていますが、これまで身近な人間で反ワクチンの論説を信じている人と言うのは出会ったことがなく、Twitter上でしか見ていないため「うわぁ~……」と思いましたが、わざわざ電話してくる程気になっているのであれば話を聞いてみるかと思い、弟の話を聞きました。


 弟は私の両親や他の兄弟にも既に電話をしていると言い「陰謀論みたいな話だけど……」と言って話し出しました。


 弟はロシアのウクライナ侵攻が始まった時に、首都圏南部に住んでいるので自衛隊やアメリカ軍基地がそこそこ近い関係上、不安になって色々と調べたのだと言います。

 するとグーグルなどで情報が次々と表示されなくなるのがわかったと言います。


 「アメリカに都合の悪い情報は表示されなくなるんだよ……アメリカ本国でファイザーが訴訟を起こされて敗訴したのだって全然ニュースにならないでしょ……」


 確かに大々的なニュースにはなってないですね~。

 でも報道はありましたけどね。朝のニュースワイドショーでも取り上げられていましたし。

 正確にはファイザーが敗訴ではなく、日本の厚生労働省に当たるFDAがファイザーのワクチンを承認する際の関連データ全部出せと言う訴訟を起こされ、資料のページ数が多すぎるので一気には出せないと言ったものを「出しなさい」という判決が下ったという話なのですがね。数十万ページの膨大なものですから、FDA側は職員の手が回らないので少しづつ出す、と言って提訴していたのを「全部早急に出しなさい」と言われた訳でしてね。通常業務以外の業務を命令されたFDA職員の方の苦労はどんなもんでしょうね。FDAが対応しないといけない病気は新型コロナウィルスだけじゃないんですけども。

 承認後の副反応に関するデータは既に出ていて、全世界で4万2086件で、15万8893症状だそうです。件数より症状が多いのは1件(1人)が複数症状を訴えたからでしょう。 最も多く報告された症状は、頭痛(24.1%)、発熱(18.2%)、疲労(17.4%)、悪寒(13.1%)、接種部位の痛み(12.3%)、吐き気(12.3%)、筋肉痛(11.7%)などだったそうです。

 普通に副反応として言われているものです。


 まあ、とりあえず弟の話は続きます。


 「それでさ、ロシアがウクライナに軍隊送ってるでしょ、あれはアメリカに操られたウクライナがロシアの首都まで届く巡行ミサイルを配備したからなんだよ……」


 何でそうなるワクチンの話から……

 というかTwitterで見かける親ロシア反ワクチンのアカウントの言動と全く一緒。

 私はけっこうTwitterで流れて来るコロナ関連の投稿やウクライナ情勢についての投稿をツリーを辿ってじっくり読んでいますが、普通の投稿にこうした主張が貼り付けられ延々やりあっているのを見たり、反ワクチン親ロシアの方が主張のソースとして貼り付けている動画やWEBサイトもけっこう見たり読んだりしているので、どんなソースに基づいて主張を展開しているのかはわかっているのです。

 で、つい笑いそうになるのを堪えて、弟の話に耳を傾けます。


 「ロシアはウクライナに侵攻して、その巡行ミサイルを潰したんだ。ロシアはキューバ危機の時のアメリカみたいな立場に立たされたんだ。ロシアの資源をアメリカが狙ってるから……騙されて潰される訳にはいかなかったんだ……

 それに、知らないかも知れないけど、ウクライナの軍隊はネオナチなんだよ。

 ロシア軍はネオナチからウクライナを解放するために戦ってるんだ……」


 そうかー、遂にそれを言い出してしまったか、弟よ。

 「へー」とか「なるほどー」とか相槌を打ちながら聞いているので、弟は自分が知った世界の真実を、何も知らない兄に教えてあげる喜びで口も滑らかになります。


 「アゾフって知ってる? ウクライナのネオナチでウクライナ軍に組み込まれたんだけど、日本の公安調査庁のHPでもネオナチって書かれてて、世界中でテロ起こしてるんだよ! 今回のロシアの侵攻はもう2014年の頃からアメリカがウクライナを操ってたから起こるべくして起こったんだよ。

 僕が何でネットで消されてるこんな情報を知ってるのかって言うと、グーグルじゃない検索エンジン(名前を言ってましたが忘れました)を使うとグーグルで表示されなくなった記事が沢山見つかるからなんだよ! グーグルやマイクロソフトはアメリカの企業だからアメリカが不利になる記事は表示しないようになってるんだ。

 それに日本の報道機関もアメリカに抑えられていて、アメリカに不利になることは報道しないことになってるんだ。

 新聞とかTVとかでこんな報道はされたことがないでしょ?

 昔は朝日新聞は権力に対して批判的な正しい報道をするって思っていたのに、この件は全く触れようとしないから幻滅したよ。読売とか産経とかの方がちょこっと触れたりするくらいなんだから」


 なるほど。

 最後の部分なんですね、弟が深い陰謀論にハマったきっかけになったのは。

 昔から弟は正義感が強い男で、弱きを助け強きを挫く気質でしたから、政治権力=悪で弱者寄りの論説を張る朝日新聞を信じていたのでしょうな。

 それまで信じていた朝日新聞が、全く報道しないのは何故だ! となって情報を漁りロシアプロパガンダの情報を多量に見つけたところでくるっと価値観がひっくり返ったのでしょうね。

 ひっくり返ったと言いますか、「全てが繋がっている、納得できる!」となってしまう瞬間というのが不意に訪れることがあるものなのです。

 それが怪しい情報でもです。

 却って怪しい情報=正確ではない情報の方が、陰謀で隠されているとするならば、かえって納得を補強する材料になり得ます。


 ……しかし、そうかー、いい年になってそっちにハマってしまったのか。

 新聞が正義を示すなどと思っていたとは、もうここ10年程の報道を見るに余りにナイーブ過ぎる。

 ちゃうで、結局購読者にウケる記事を書いてるだけやで~。

 とある事実も事態も反権力フィルターで切り取って喜ぶ層に向けて書いてるだけやで~。

 しかもめっちゃ身内の間違いは認めんし、庇うしでな~。

 それを信じちゃうって、どれだけナイーブやねん。

 基本的に弟は善性の人間ではあるのだけれど……うーん。


 私は小さい頃から月刊「ムー」の愛読者でしたから、世界の真実の姿を密やかに伝える陰謀論は大好きでした。

 アポロ11号は月に着陸していなかったり、実は火星には水も空気もあり、極秘に移住計画が進められているという「第3の選択」だったり、世界経済とアメリカ政府を裏から操るイルミナティやフリーメーソンだったり……

 弟も私が買った月刊「ムー」は読んでいたでしょうから、陰謀論には触れていて免疫があるもんだと思ってましたが。


 私は以前書いたこの駄文で触れたように、大学時代に共産党下部組織に触れまして、世界は資本家とそれに操られる政府の企みで民衆は抑圧され搾取されているという共産主義的思想にも少し頭を突っ込みました。


 世界を裏から操る黒幕がいる、というのは陰謀論にも共産党的思想にも共通する部分です。

 黒幕を倒すために民衆の力を結集する、理解者を増やす、というのはどちらの論者にも通じます。黒幕を倒して世界の主導権を自分達民衆に取りもどす、と末端の信じている人たちは思うでしょうが……実際はその論を主張するリーダー格が支配階級に成り上がる、というだけ。

 実際にそういった論を盛んに煽り立てる立場の方々というのは、自分の組織や仲間内の立場を守るために仲間内で陰湿な工作を行ったり、陰湿な下剋上をする、というのを私は散々目にしてしまったので、もうすっかり陰謀論を信じることができません。

 それに日本では陰謀論を深く教義に取り入れた新興宗教団体がテロや殺人を起こしてましたからね、オウム真理教。

 何のことはない、陰謀論者は陰謀論を通して世界を見るので、世界がどんな動きをしようと陰謀論の通りに動いているようにしか見えませんし、その世界の動きは「自分なら敵対勢力にこういうことをする」という自分の恐れ=願望の裏返しとして見えるのです。


 今弟がハマっている陰謀論も、元はアメリカ発の「Qアノン」の陰謀論が下敷きとなっており、それにロシア側のプロパガンダがミックスされたもの。

 元々「Qアノン」の拡散にロシアの関与もあったそうです。


 「Qアノン」の主張は2017年頃からネット掲示板を通じて広がっていきました。

 2020年の大統領選挙と新型コロナウイルスのパンデミックでアメリカの極右だけでなく世界中に広がり、トランプの集会にこの陰謀論者の集団が支持者として姿を現すようになり、トランプが破れると米国議会議事堂襲撃事件を起こすまでになっています。

 ざっくりと「Qアノン」の主張を記すと、「世界規模の児童売春組織を運営している悪魔崇拝者・小児性愛者・人肉嗜食者による秘密結社(ディープステート)が世界を裏で支配しており、ドナルド・トランプはこれと密かに戦っている」という荒唐無稽なもの。

 この秘密結社ディープステートの構成員にオバマやヒラリー・クリントン、バイデンやバイデンの息子に国際金融資本の大物ジョージ・ソロスがいるのだそう。

 ゴルゴ13に出てきそう。

 この秘密結社と闘う人物として、トランプの他にプーチンを当てはめたものが最近の主流ですね。

 元々はアメリカの極右の陰謀論だったのが世界を操る秘密結社を共通の敵に仕立て上げることで、プーチンを賞賛するものに変わってしまうのは面白いところです。

 しかもプーチンロシアの敵はウクライナの極右=ネオナチってことになるのがね、矛盾を感じないのでしょうか。

 元の陰謀論を知らなければわからないか。


 弟が言うには、ロシアはキーウを攻めていないんだそうです。

 根拠はキーウに設置されたロイターの定点カメラは全く戦禍を捉えていないから。

 あれ、俺が見たロイターの定点カメラには、キーウのTV塔が爆発してる映像が映ってた気がするけど、違う奴ってことかなあ?

 弟曰くキーウは平和そのもの。キーウ近郊の殺されたウクライナ人の遺体は、全部ウクライナの作ったフェイク映像らしいです。

 チェルノブイリ原発跡地をロシアが占拠したのも、チェルノブイリ原発跡地が小児売買の拠点となっていたからだとか。

 そこを解放したから立ち去ったんだそうです。


 黙って相槌を打ちながら聞いていましたが、こうした「真実に目覚めた人」に対してはガツンと反論しても感情的に反論されるだけなので、判らないふりをして少しづつ聞いていきます。


 「ウクライナが巡行ミサイルを買って配備したってことだけど、それって使わないの? 結構なお値段したんだから、こういう時に使わないと無駄じゃない?」


 「ロシアが攻め込んですぐに破壊したんだよ。それが目的なんだから」


 「そんなすぐ壊されるところに配備するなんて、ウクライナ政府や軍は無能もいいとこじゃないの? 流石にお高い兵器をすぐ壊されるなんて意味ないじゃん」


 「政府や軍にネオナチがいるから、無能なんだよ」


 「何でアゾフはネオナチなの?」


 「ネオナチのマークを掲げて写真撮ってるのがネットに上がってるんだよ。日本の公安調査庁のHPにも世界のネオナチでしっかり載ってるんだから」


 「公安調査庁って初めて聞いたけど、法務省の管轄組織なんだな。それでHP見たけどさ、アゾフって極右組織とは書いてあったけどネオナチって記載はないんだよね。それでアゾフって2014年に親ロシアの武装勢力に対抗して発足したって書いてあったんだけど、それって先にロシア支持者が武装して住民を襲ってたってことじゃないの?」


 「いや、そんなはずないって。アゾフはネオナチだからロシア系住民を虐殺したりレイプしたりしてたんだよ」


 「ウクライナ政府と西側メディアが主張してるキーウ近郊の戦闘後に見つかった虐殺遺体はフェイク映像って言ってるけど、それはロシア側でも同じようにアゾフがやったっていうフェイク映像作れるんじゃないの?」


「……」


 「まあ、それはいいや。でも、マリウポリに関してはロシアも占領宣言したから、流れて来るマリウポリの映像はフェイクじゃないってことだよな?」


 「そうだよ、アゾフが立て籠ってる製鉄所だってもうすぐ陥落するんだから」


 「マリウポリには何万人って住民がいたと思うけど、ネオナチのアゾフを倒すためにあんなに街を破壊し尽くす必要ってあったの? えらいミサイル打ち込んだり砲撃したりしてたらしいじゃん。何かマリウポリの生き残った住民をロシアは保護してマリウポリじゃなくてシベリアに移すんでしょ?」


 「それは家も土地も無くした人のためにやってるんだよ」


 「でも全く違う気候風土のところに移されて暮らす訳でしょ、大変じゃん、別にその人らが悪い訳でもないのに。何か、しかも無償じゃなくて金取られるみたいじゃん。とばっちりもいいとこだと思わない?」 


 「シベリアって言葉の響きが良くないけど、最近は過ごしやすくなってるらしいよ。お金取るのもそういう環境整備のためじゃないの」


 「だったら自分はシベリアに住めるの?」


 「何でそんな極端なこと言い出すんだよ。じゃあ自分だったら住めると思うの!」


 「俺は住めると思わないし、嫌だよ。そんなことはされたくない。でも、日本の隣のロシアって国は、そういうことするってことじゃんか。

 突然日本政府に迫害されてます、ロシア様助けて下さいってどっかの県とか市とかの住民が言い出したら、突然そういうことを仕出かしかねないってことじゃないの? ロシア様助けて下さい派の住民に反対する住民はネオナチってことにしてさ」


 「そんな極端な仮定の話持ち出されたって、有り得ないよ。ロシアだってきちんとそれなりの手順は踏むはずだよ」


 「つってもウクライナに攻め入ったのだって特別軍事作戦つって宣戦布告もしてない訳じゃん。一方的に軍を他国の領内に入れてる訳でさ」


 「ネオナチのアゾフを引き渡して降伏すればそんなひどいことにはならなかったはずだよ」


 「ウクライナ人って昔のロシア帝国の頃は軍隊で使い潰されてたし、ソ連時代は土地を接収されて移住させられ穀物を強制的に輸出に回されて何百万人ていう物凄い餓死者出してる訳だから、そりゃ必死で抵抗するに決まってる。

 俺達みたいに遠い国の戦争で、どっちがより悪いとか批評できるような歴史じゃないんだよな」


 「……」


 「今回のことで少なくとも国としてのロシアに対する信用なんて吹っ飛んだ、って思う人が多くても仕方ない事だと思うわ」


 「……そう思うんだったら、しょうがないね」


 「まあ、そんな訳なんでワクチンは接種するし、誰かの陰謀で世界が動かされてても、庶民だから日々生きてくだけなんでなー。

 でも一応俺達のこと心配してくれてありがとな」


 「後で後悔しても知らないよ、ワクチン打った実験動物は皆死んだらしいから」


 「そりゃマウスの寿命考えたら死んでておかしくないし。

 それに生き物みんな必ずいつか死ぬから。ワクチン打った生き物は100%死ぬけど、打たない生き物だって100%死ぬよ。単なる言い方」


 「……もういいよ」


 と言って電話は切れました。


 何だか凄く疲れましたね。


 こういった人たちは必ず最後に呪いの言葉を相手に浴びせていきます。

 「せっかく教えてやったのに、それに従わない、活かさないんだったらどんな不幸があってもあなたの自業自得だ」と。


 本当に疲れますわ。


 そして、あんな真面目で正義感が強かった弟が、陰謀論にハマってしまうという事実が気を重くしました。

 まったく、私に変わって実家に戻って来て家を継いでくれていればこんな事にはなってなかったのに……

 最も、オウム真理教に入信していた信者たちも、真面目で正義感の強いタイプが多かったそうなので、さもありなん、という気持ちもありますが。

 真面目で正義感の強い人の方が隠されていた巨大な悪の存在を知ったら、他の人の為に何とかしたいと強く思ってしまうのでしょう。


 私は不真面目で良かった。


 最後に、私はコロナワクチンについてはリスクを承知した上で接種します。

 だいたい、全ての医療技術や治療というのは、多かれ少なかれリスクが伴うものです。

 リスクを承諾した上でその治療を受けるというものですから、不安がどうしても拭えないのであれば、その治療を受けない選択肢は誰にでもあります。

 その結果起こる不利益は、その選択をした自分自身に帰結するものですから。


 また、ロシアのウクライナ侵攻についても、ロシアが止むにやまれぬ事情でウクライナに攻め込んだ、ネオナチだからウクライナの人民を攻撃して殺してもいいという考えの方は、どうぞそのままお考え下さいな。

 ただ、貴方方から見たら情報統制されている人たちに無理に知らせないで下さいね。

 情報統制されている西側諸国の一員である日本の庶民も、けっこう自分で手に入る諸々の情報から自分なりの考えを持っている人も多いのでね。

 こうした「自分しか知らない正しい情報」を人に教えようとする方は根は善人なんじゃないかと思うのですが、私の弟のように、非常に善意の押し売りになって閉口することが多いです。

 そして、期待していたような反応が相手から返ってこないと、攻撃的になることも多々あります。


 マジで止めて下さい。

 本当に勘弁して下さい。




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