片鱗と逆鱗 -ε
リヴァイは陽気な男だった。どちらかと言えば、ヘヴンにいそうな雰囲気さえあった。訊ねるまでもなく、その疑問はすぐに解決した。彼はどうやら、元々ヘヴンの住人だったようだ。
「変わった男だろう。こちらに来てもまだ、善神らしく生きるというスタイルを変えない。よほどの変態らしい」
イブリースはそう
「俺は変態じゃあねえよ」
「貴方はどうして、インフェルノに来たの?」
罪人や邪神、魔物系の生物でない限り、ヘヴンからインフェルノに
そもそも、禁じられているとは言えど、インフェルノに行きたいと望む思考自体が反社会的であると
「退屈だったんだ。狭い海で泳ぐのは」
彼の眼差しのなかに、少しの
「俺は単純に、もっと広い海で泳ぎたかった。
「それに?」
リヴァイアサンがくるりとシーナに顔を向けた。鋭利な歯がガチガチと音をたてる。
「悪魔を悪魔たらしめるのは、何なのか。興味が湧いただけのことよ。インフェルノに棲む奴が悪ってんなら、善良と
「……結果は?」
「よくわかんねえ」
リヴァイアサンはぐるりと最中で尾鰭を回した。
「そりゃあ確かに、邪気はどんどん身体に入ってきた。見た目もこの通り、傷も増えて、すっかり魔物の様相さ。だが、なんだろうな。俺の根っこは変わった気がしねえんだ」
ヘヴンの掟に
ヘヴンの綺麗で濁りのない海は、彼にとっては
「ただ、聖餐を
やはり、彼も快楽を糧としている。そしてそれを、心から
「善神とは一体なんだ? 精霊とは? 人間とは?」
リヴァイは黙り込んだ。
魔物とは、悪神とは、悪魔とは一体全体、なんなのだろうか?
リヴァイは精霊らしい精霊だった。人を助け、海を
リヴァイの考えを改めさせようと、彼らは
今やこの身に染み入った悪辣な血も、己が身を白く
「見せてやろうか」
リヴァイが笑い、目配せする。
「見たい!」
シーナが身を乗り出す。
「待ってろ、カリュブディスを捕まえてきてやる」
そう言うと、リヴァイはバシャンと湖に飛び込んだ。ゆらゆらと黒い影になった彼の姿は、すぐに消えてしまう。
「カリュブ……? なんて言ったの?」
「カリュブディス。渦潮の怪物のことだよ」
答えたイブリースが、そのまま続ける。
「シーナ、ああいう正直者はやはり誰がどう見てもいい男だが、こういう場所では損をする。君も正直さが美点の神だけどね、賢くなることも必要だよ」
何のことかと、シーナはイブリースを見る。彼は黙々と作業を続けている。
「実はね……」
何気ないイブリースの発言に、シーナは叫びそうになった口を手で押さえる。
「リヴァイを騙しっ……」
「しっ。秘密だよ」
「秘密?」
イブリースが軽く笑む。
「なに、かわいいものだよ」
同じヘヴン出身でも、堕天しただけはあるようだ。イブリースの方がよっぽどたちが悪い。
「ああそれと、そうやって
初めて作業の手を止めたイブリースの視線を辿ると、シーナの左足が湖に浸かっている。
「ここの湖は強い酸性やアルカリ性だったり、水のように見えても液体窒素やマグマだったりすることがある。身体をつければ、
それを聞いた途端、シーナは即座に左足を湖から引き抜く。飛び散った水滴が、命を宿しているかのように、身をくねらせて
「この湖は大丈夫だよ」
「びっくりさせないでください……」
冷や汗をこっそりと拭ってすぐ。
「捕まえたぜ!」
突然目の前に現れたリヴァイに、シーナは驚いてのけぞり、尻餅をついた。
「捕まえてきたぜ!」
「あぁ……びっくりした。それが、カリュブディス?」
「ああ」
下半身だけを残して人の
「こいつはなんでもかんでも吸い込んだら吐き出したりする生き物でな。ほれ、この
リヴァイが、カリュブディスを上下に振ると、粘液の塊のような体がぼよんぼよんと伸び縮みする。そして突如、ゲェエエエと奇声をあげた口から、豚や
「全部出させてから、こうやって……」
ぜえぜえと息の荒いカリュブディスの身体を、今度は雑巾のように絞る。
「ぐふぇ、うぇ」
カリュブディスが涙目になっているように見え、心配するシーナを他所に、リヴァイは絞ったカリュブディスを無理矢理引っ張って伸ばしてから、水中に突っ込む。
静かだった、水面が揺れ始めた。そして、ボコ、ボコボコと音を立てて、水中に大きな泡の球体ができた。
「この中に入れ。お前も楽に呼吸ができる」
水中に潜ろうと足を踏み出したシーナはハッとして、今更ながら、ちら、とイブリースを窺う。
「いっておいで」
頷く彼を見て、シーナはきらきらと顔が輝かせた。白の
「大丈夫。そのまま体重をかけるんだ」
水中から顔を出す、リヴァイのエメラルドの瞳が
慎重に右足に重心を移すと、ゆっくりと足が沈み込んでいく。滑らかな質感、
両足を入れた。冷たかった水が、どんどん温かくなっているように感じた。水中に潜って、大きな泡を指先でつつく。
「入ったな」
ぐるん。目の前でリヴァイが一回転。巨大な鮫と
「しっかり掴まんな」
シーナを背に乗せたリヴァイは
咲く花の如く突如出現する暗流は、とぐろをまいている。その渦にのみこまれそうになるかと思いきや、彼は煙でも払うかのように訳なく進む。
「すごい!」
「まだまだこっからぁ!」
リヴァイの声が、澄んだ水に
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