福音 -ι
†
──頭はすっきりしている。
「ぎゃあああっ」
ゼドが振り下ろしたナイフが、
噴水のように、脳天からどろどろと重い液体が溢れ出す。
絶叫を上げながらのたうち回る魔獣、
「っち。一発で仕留めるのは無理か」
魔物は生命力が高く、厄介だ。
立ち上がった
皮膚、肉、共に破れる。
複雑に絡まる血管が伸びきって、ぶちぶちと千切れる。
砂塵が舞い、煩いほどの歓声が上がる。
掌には、まだ鼓動を続ける心臓。ゼドは拍動するそれに
──難しいことは考えなくていい。
逆手に持ち替えたナイフが、すれ違いざまに、
脚に力を込め、地を蹴って急加速。それは
そこに残ったのは、弧を描く
ほんの
ゼドの背後で血が
殺気を感じ取ったゼドは、振り向く。咄嗟にナイフで受け止める。火花が
重い一撃だ。手が痺れる。
ゼドと悪魔アサグが、刃を交えていた。
拮抗する力に、ナイフが
腰に手を回し、もう一本ナイフを握ると、幾つもある目玉のうちの一つに突き刺した。
「あ゙ぁぁぁーっ」
受け身をとり、手をついた壁が数メートルに渡って
「脳筋かよ」
片膝をつき、ゼドが呆れたように呟く。そして、目線だけを横に向けると、溜息を零す。
「ど三流が。丸見えだ」
レッグホルスターから取り出したナイフを、しゃがんだ姿勢のまま、手首のスナップを利かせて
アサグとの間には、二、三ほど敵がいる。
手前の蛙男が躍りかかって来る。羽織っていたジャケットを被せ、
まだ死んでいない。しぶとい。
斜め後方から、体当たりするように迫る鬼が繰り出した槍を、しゃがんで
猛撃の狭間、ナイフを突く。槍の
ガチガチと耳障りな
次第にゼドが押され気味になる。巨大の鬼との真っ向力勝負では、ゼドが不利なのは火を見るよりも明らかだ。
重心をずらし、槍の柄の上でナイフを滑らせ、
「うぐっ……」
冴えたナイフの
足元を狙う穂先を避け、地面に手をついて身体を捻り、脚の回転で
しめた──。
反転する視界のなか、ゼドは両手を添えたナイフを、
体を裂いたナイフには見事、心臓が引っ掛かっている。
念には念を。
ゼドは
休む暇はない。
カーキの軍服を着た男が、震える雄叫びを上げながら突っ込んで来る。
足を引っ掛けただけで、男はいとも簡単に転がった。
蛙男が何処からか拾って来た剣を振り
荒々しい鮮紅の眼光が
蛙男の一撃を
目を潰し、視界を奪う。
鼻を削ぎ、嗅覚を奪う。
耳を裂き、聴覚を奪う。
錯乱状態に陥れば、既に命運はこちらの手の内にある。
「
淡々としたゼドの声が響いた。
革靴の踵が、男の頬をこれでもかと地面に擦り付ける。顎が外れ、歯が数本砕けたようだ。
「その首、綺麗に削ぎ落としてやる。跪け」
左腕は背中に締め上げられ、その上からゼドの足が身体ごと男を床に縫い付けた。ひしゃげた右腕は、既に使い物にならない。
「……た、たすけてくれ」
「つまらん前座は
ゼドの背後には、鬼と蛙男の無惨な
「降参、降参するから! おねがいだ……。い、命だけは」
男の命乞いは、最後まで
未だ
刃毀れの酷いナイフを落とすように捨て、新しいナイフを取り出した。
アサグは元の位置から離れていなかった。目玉が一つ落ちたその悪魔に狙いを定め、駆けようとしたその瞬間。
灼熱の狂炎が、アサグを頭から丸ごと飲み込んだ。
「は?」
ゼドが目を
火の粉を撒き散らす業火が止み、
そこに姿を現したのは──。
「……アミィ」
「やあ」
焔を
その男の名は、アミィ。炎を操る悪魔である。
官能的で可愛らしい美貌に、すらりとした肢体。甘い琥珀色の髪。悠然とした立ち姿は、高貴なる風格がある。彼はアサグの生首を右手に、鬼の持っていた槍を左手で弄びながら、ゼドに近付いてくる。
「相変わらず、いい殺しっぷりだね、ゼド」
少し高めの愛嬌ある声。
「僕とも遊ぼうよ」
アミィは生首を放り捨て、ぱんぱんと手を払う。掴んでいた生首の髪は、根本部分が焦げ、皮膚が
誰もが
「お前、なんで
「この前、館の一部を焼いちゃってさぁ。代わりに、欠員の代役として出場させられたんだ」
「代役?」
ゼドが片眉を上げる。
「だったら大人しく負ければいいだろう」
「そのつもりだったんだけどねえ」
彼が
「賞金も悪くない額だし、案外面白くなってきたしね。それに……久々にゼドと遊べるって聞いたから」
「何だその理由は」
「ええ、いいじゃん」
アミィは口を尖らせてみせる。
「手加減はしないぞ」
「顔はやめてね?」
「それは難しい問題だな」
「やだぁ。僕の可愛い顔に傷でも入ったらどうするの?」
きゃあ、と頬を押さえる
「男前になって良い。つけてやる」
「ほんと、ゼドの冗談ってきつーい」
言い終わる寸前。それは、
アミィが僅かに驚いた
「いっ……」
抑えた指の隙間から
「ってえなァ」
ゆらりと顔をあげたアミィが、ゼドを
互いだけが分かる、
アミィの背後に濁流の猛炎が、爆風を伴って燃え盛る。呼応するように、ゼドの纏う黒々とした莫大な邪気が膨れ上がった。
「顔はダメって、言ったよね?」
灰が降る。
──バシィン!
割れた。痛いほどの破裂音。
細身の二人から生じたとは思えない、大きな余波が弾け飛ぶ。それは競技場一円を襲い、激しく揺さぶった。
渦中の彼らは狂気の片鱗を浮かばせ、
露わになる暴力的本性。溢れ出る殺戮本能。
乾いた心の深層に没した意識は、一滴残らず禍々しい悪の底に堕ちていき、躊躇なく毒を啜る。
「はっ」
声が洩れた。
沸く。沸くのだ、全身が。
血が沸騰するように熱を持ち、まだゼドの胸に根を生やす心臓が、早く浅い鼓動を刻んでいる。
戦場こそが、己のいるべき場所だと、皮膚の下を
「もっと、もっとだよっ、ゼド!」
駆け巡る炎に攻め立てれて、ゼドは守りを強いられた。アミィは自由自在に業火を操り、巧みに攻撃を仕掛けてくる。それに対して、ゼドは防戦一方。身軽さを活かした奇抜な動きで、執拗な攻撃を躱すが、足の速さとナイフ捌きだけでは、この厳しい現状からの脱却は難しい。
刻々と時間が経過する。
「守ってばっかりで、楽し?」
「図に乗るな」
攻撃の手から逃れるようにアミィから距離を取って、ゼドは乱れた呼吸を整える。
息の根を、止めてやれ。
***伏線の手引き***
ちなみに、ゼドの服が見たことがあるような、ないような、なのは、(突然のネタバレ)
彼がヨルムンガンドであり蛇神、つまり神話的蛇の化身であるからです。
色んな文明、どの文化においても、いつも蛇は悪者で出てきます。だから、ゼドの服も、色んな形が入ってるんですね〜
わかった方いらっしゃいましたか? というか、そんなのどうでもいいわ! いや、分かるわけないだろが! という方々、スミマセンwww
「跪け」
これは、この章のタイトルに関連した内容(頭の引用部分に記載あり)と関わりありですね〜
***嬉しいおしらせ
眞城白歌さま がイラストをくださりました!とっても素敵で可愛くて、わたくしずっと眺めてます✨しあわせです(≧∇≦)
フェンリルと、眞城白歌さまが描かれておられるファンタジー作品、
『竜世界クロニクル』- 約束の竜と世界を救う五つの鍵 -
の仔狼、シッポのコラボイラストです!
近況ノートに載せました♡
https://kakuyomu.jp/users/SAN_N6/news/16816700428939441901
超かわいいので、よければ見てみてください♡
眞城白歌さまの作品、とっても素敵な世界観で、その綺麗な世界に、いつも殺伐としているフェンリルも入れてもらえて、幸せでしょう…笑笑
***
あと、捨ててた短い作品を載せる、短編集を作りましたww ごみばこのようなものですが、よければ覗いてみてください〜
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