エピローグ:過去からのメッセージ

 家に帰って、その日は疲れ果てて何もせずに眠った。

 海からもらったDVDの存在を思い出したのは、翌日の朝だった。


「参加できなかった友人からのビデオメッセージだっけ?」


「うん。そう。けど、私が招待した人はみんな来てた気がするのよね……」


 一体誰からなのだろうか。想像もつかないまま、テレビ下のレコーダーにDVD入れ、再生する。


「美夜、久しぶり」


「久しぶり。美夜」


 少し荒い音質で、懐かしい声が流れた。もう二度と聞けるはずのない声が。

 まさかと思い、顔を上げてテレビを見上げる。そこには髪の短いボーイッシュな女の子と、髪をふんわりと巻いたお嬢様風の上品な女の子が、ドレスを着て、画面に向かって笑顔で手を振っていた。

 月子と帆波だ。黄色いドレスを着たボーイッシュな子が月子、淡い水色のドレスを着たお嬢様風な子が帆波。シワひとつない、二十歳手前の彼女達が、そこに居た。


「この映像が再生されてる頃にはきっと、私達はこの世にはいないと思います。手紙にも書いたけど、私達は一足先に、この世界から卒業するつもりです。ごめんね。けどもう、決めちゃったんだ。差別が人を殺すことを、文字通り命がけで伝えることにしたの」


 二人の死後、二人の呪詛がこもった遺書の内容がニュースで取り上げられた。その影響は確かに強かった。連日、テレビでコメンテーターが議論していた。二人の心中は、歴史に残る事件となった。

 両家の家族も、法律が彼女達を殺したのだと泣きながら訴えていた。法改正が決まった日、月子の母親が泣きながらインタビューに応えていた。『あの子達もようやく報われます』と。

 二人のしたことは、決して無駄ではなかったかもしれない。だけど、他にやり方はあったのではないかと、今でも思ってしまう。


「そんなわけで、ごめんね。結婚式には出られません」


「だけど、私達も、いつか、同性同士でも結ばれることが許される日が来ると信じて、この映像を残しています。これが再生されてるってことは、法律は、変わったんだよね?」


 月子が画面の奥から問いかける。「変わったよ」と答えると、笑った。まるで言葉が届いたかのようなタイミングで。一瞬、何十年もかけたタチの悪いドッキリなんじゃないかと疑った。本当は生きていて、今どこかで私の声を聞いたんじゃないかと。だけど、彼女の瞳から流れた一筋の涙と、涙声の謝罪の言葉が、それを否定する。

ぽいっと、画面の外からハンカチが投げ込まれた。一瞬見えた綺麗な手に、ドキッとしてしまう。見間違いでなければ、海の手だった。

 月子はそのハンカチに顔を押しつけてうずくまってしまった。帆波が彼女の背中をさする。


「一旦止めるか?」


 静かな海の声が入る。二人はカメラより少し上を見て、ふるふると首を振った。そして、帆波が一呼吸置いて、真っ直ぐにカメラを見て、震える声で言葉を放つ。


「結婚おめでとう。美夜。……どうか、幸せになってください。私達の分までとは言いません。私達は、私達なりの幸せを掴むための選択をしたから。後悔は、ありません」


 そう言う帆波は、これから死ぬとは思えないほどに、真っ直ぐな目をしていた。その決意に満ちた瞳からは、最後まで、一滴も涙がこぼれ落ちることは無く、映像は終わった。

 

 二人が亡くなったあの日、私は彼女達の選択を止めなかった海を責めた。

 だけど、この映像を見てしまったら、もう彼女を責められない。こんなに決意を固められてしまったら、私が海の立場だったとしてもきっと、もう止められないのだと悟ってしまっただろう。海が『君だってきっと、彼女達の覚悟を聞いたら止められなかったよ』と言っていた意味がようやく分かった。


「月子……帆波……」


二人は未来を諦めていなかった。それでも、死を選んだ。今日まで待てるほどの希望はなかったのだろう。


「……今ん人達、昔、ニュースで見たばい。遺書の内容が強烈で、未だに覚えとーよ。……みゃーちゃんのお友達やったんやね」


「……うん」


 遺書は、帆波の家から発見されたらしい。『11月22日に開ける』とメモが貼られた箱の中から、遺書と書かれたノートと共に。


「……うちな、あのニュースのおかげで、自分が同性愛者だって気づいたんよ。それは別におかしなことやなくて、それをおかしなことだと言う周りがおかしいんやって。変えていかないかんなって。……だからうちは、教育者になろう思ったんや。病気じゃないんやって、思春期の一過性の感情なんかや無いって、子供達にちゃんと伝えたくて」


「そうなんだ……」


「……法が改正されてから、何通かうち宛てに手紙来てたやろ?あれな、全部、昔うちが相談に乗った子達からのものやったんよ」


 そう言って彼女は手紙を出してきた。お菓子の缶にパンパンに詰まった手紙。これだけの人が、渚に救われた。その渚を、帆波達が救った。自分達の命を犠牲にして。


「……今度、一緒にお墓参り行っても良い?このことを二人にも話してやりたい」


「……うん。私も、なぎを二人に紹介したい。一緒に行こう」


 彼女達が命をかけて伝えたこと。それは決して無駄ではなかった。やり方は未だに許せない。一生許せない。いつか彼女達に会う日が来たら、必ず文句を言ってやる。

 調べてみたら、人の輪廻転生の周期は百年から二百年らしい。彼女達が亡くなって三十年。私が向こうに行くまでは恐らく、長くてもあと五十年程度だろう。

 とはいえ、先はまだまだ長い。だけどきっと、死後にまた会える。そう信じたい。だから、生きているうちに、忘れないように彼女達に言いたいことをまとめておくとしよう。いつかあの世で再会するその日のために。

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