森の賢者 第一話

「…ここは、一体」


エリザベスが不思議そうにそう呟くと、フードの女性はその微笑みを変えぬまま、ちょいちょいと手招きをする。


「森については歩きながら説明しよう。腰を落ち着けられる場所にまずは案内を」


彼女はそういうとゆっくりと歩き始めた。エリザベスは戸惑いながらもその後を追いかける。

またあたりを見渡せば、先ほどと同じで鬱蒼とした木々や霧があるだけで、他には何もないように感じられる。しかし、よくよく見てみると、木々の間からこちらを伺うように、白い狼や、木の精のような小さい妖精がこちらを覗いていた。

しばらく歩いていると、不意に彼女は曲り、グネグネと道を進み始める。その様子はさながら迷路のようだ。

エリザベスは置いていかれないように、必死についていく。


「さて、この森の話だね。ここはさっきも言ったけど僕の森さ。君たちの住んでいる場所とかでは迷いの森、とか言われてる場所」


「迷いの、森…」


「うん、迷いの森。ここは不思議な魔力で満ちていてね。方向感覚や正しい道順でいかないとこの先にある広場にも行けないんだ。

間違った道を進むと、入り口に戻される。

そう言ったある意味物理的な意味でも迷いの森だけれど、ここに導かれやすいのは心に大きな迷いがある子達だ。

それは生き方について、あるいは国の方針、軍の方針、正義のあり方。人を、国を、大きく変えることになる選択などに、頭が割れるほど悩んだ人たちが森に入る、という条件を果たした時ここへの道は開かれる。ここにこれるのは人々に大きな影響力のある人だけなんだ。一部例外はあるけども」


ランタンをクルクル回しながら、空いた手ですれ違う木の精の頭を撫でていく。


「ここは君たちでいう神秘。あるいは神秘の高い場所。通常ならこの濃すぎる魔力は君たちに悪影響を及ぼすんだが、この森が招いた人物であればその点に関しては心配しなくていい、守ってくれるからね。君は僕が招いた人物だから影響を及ぼすと思うけど。心配なさそうだね」


くるり、とエリザベスの方を向き直ってうんうんと頷いている。

ここの空気はエリザベスのとって心地が良いもので、濃い魔力がもたらす悪影響の頭痛や吐き気、幻覚などどれも当てはまらない。

しかし間違いなくここは神秘であり、通常人間が入って平気な場所ではない。


「わたくしはどうして平気なのでしょうか」


エリザベスがそう尋ねると、彼女はエリザベスにカシャンと金属の軽い音を鳴らしながらランタンを向け、それをじっと見つめた。

しばらくすると、ランタンの淡いオレンジ色の光が、徐々に青く、暗くなっていく。これは深海のような色で見ているとなんだか、自分を見ているような気さえしてくる。


「ふむ、私の見立ては間違っていないみたいだ。いいかいエリザベス。君は今神秘が高い状態にある。土地がそうであるように魔力の量がとんでもなく多い人間っていうのは神秘になる。それがもたらす影響は感情が無くなったり、人らしい欲が無くなったりする。

それで君がそうなった理由だけど、暴走のせいだね。感情が爆発して、感情が動けば動くほどその摩擦は増し君の中に多量の魔力を生み出す。そして姿さえも変えてしまう。その人間の本質にね」


感情の爆発、エリザベスは身に覚えしかない。先程の生徒会室での出来事。

好きだった許嫁に裏切られ、憎かった妹がその愛を受けている。今までの頑張ってきたことが全て否定されたような気がして、大事なものを奪っていく世界が全て憎くなった。

もう生きていたって辛いことしかないのだと、絶望した。


「このランタンは、人を写す。魂を写す。このランタンを覗くことで君がどんな人物で、何があったのか大まかなことが把握できる便利なランタンさ。いいだろう?」


先程の自分を責めるように、うつむいていたエリザベスの耳に、陽気な彼女の声が入る。

前を見上げれば、彼女は優しく微笑んでいて、こちらにいてを差し伸べていた。

その姿がある日の母の姿と重なって、エリザベスの心は締め付けられる。震える手で彼女の手を取った。


「いらっしゃい、ここが広場だ」


森を抜け、がさりと音を立てながら広場へ入ると眩しい日の光が降り注いでいた。エリザベスはあまりの眩しさに目をふつむった。

ようやく光に慣れて来た頃目を開けると


「っ……!」


美しい花々が咲き乱れ、中心には大きな木が枝に花をつけ美しく着飾っていた。

鬱蒼とした森とは正反対の夢見る理想郷のような、美しい光景が目の前に広がって、エリザベスは感嘆の声を上げる。

足元に広がる草原も一つ一つが生きているように感じ、生命力を与えてくれるように力強く生えていた。


「さて、自己紹介と状況を少し整理しようか」


そう言って彼女はしゃがみ込み、ランタンの棒の方で地面をこんこんと2回叩くと、地面が揺れだした。

草原の中からボコッと土が溢れ、木の根っこが現れる。それは次々にテーブルや椅子になり、やがて動かなくなった。

地面からそのまま繋がっているテーブルや椅子はなんというか、夢で見た光景を現実で見ているような気分になってくる。

エリザベスは驚いたまま立ち尽くした。そんな彼女に、フードの彼女は「まぁ、座りなよ」と軽く声をかける。

困惑したまま、そっと椅子に座る。土などは何故かついていなく、硬すぎる椅子というわけでもなさそうだ。

エリザベスは礼儀正しく座ると、静かに彼女を見る。それが合図のように、彼女は微笑みながら胸に手を当て自己紹介を始める。




「改めて、僕はミネルヴァ。この森の管理者であり、森の賢者の称号をいただくものだ」


「!!!!」

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