第16話 ここに浮かべて
全国の卒業生たちが、友人や後輩、そして母校へ別れを告げる時期となった。数多の学生が一つの区切りを迎え、色んな表情を浮かべているようだ。ここにはバーボンを片手に持つ自分がいるのだから、卒業の記憶まで遡るのに時間を要するのも不思議ではない。彼は、彼女は、元気にしているのだろうか。
こうしてバーボンをロックでたしなんでいるが、あの頃の自分にはバーボンの味はおろか、酒のことなど上辺も上辺しか知らなかった。それが、今や週末になればジャンル問わず様々なお酒と向き合っているのだから、未来というものはわからない。来週はワインでも…と、グラスのバーボンを見ながら思いふける。
「そういえば」と、本棚から卒業アルバムを取り出した。目立つタイプの人間でもなく、アルバムに敷き詰められた写真たちに写る自分の姿が驚くほどに少ない。私は、写真に写ることが嫌いであったので、それはそれで良かった。修学旅行や学校祭、イベントはいくつもあったが、それほど覚えていない。
何かいじめられていたとか、そういったことは無かったが、だからといっていい思い出も無かった学生生活であった。勉学もスポーツも常に中間。あらゆる分野が凡庸であったため、平凡という言葉が学年で一番似合っていたと自負している。特に親交もなく、昼休憩などは一人で寝ていることも多かった。
職場を除けば、ほぼ全ての時間を一人で過ごす。学生時代も食事を済ませて自分の食器を洗い、風呂に入れば自分の部屋で時間を過ごすことがいつもの流れであった。家族とも友人とも一緒に過ごさず、昔から一人でいる時間というのが人より多かった。だからこそ、自分だけで楽しめる趣味を見つけることだけは長けていた。
テーブルの上にそびえ立つ「KNOB CREEK」は、9年以上熟成させたスモールパッチのバーボンである。樽の中で熟成を始めた時期というのは、きっと私が酒の味もわからない頃であろう。相当な年月を重ねるなかで、奥ゆかしい樽香や高級感あるコクを手にして出荷され、私の前にいる。やや暗めの琥珀色を浮かべて。
香りも味も、樽の中で過ごした時間に比例するように魅力を増していく。その魅力に魅了された人々が広めたバーボンは、200年を超える歴史を経て確かに受け継がれていった。こんな時間の過ごし方をしていれば、私ももう少し違った人生を歩んでいたのではないだろうか。
KNOB CREEKが誘う酔いが次第に眠気に変わる。グラスの半分を埋めた琥珀色を全て喉に流し込むと、その眠気が一層強いものとなった。その日の夢は、ふと思い出した思い出のない学生時代であった。夢の中の私も、現実世界とは変わらず独りぼっち。バーボンに浸かっていた2つの氷が、グラスの中で音を立てた。
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