第74話 星暦551年 青の月 20日 休養日

学院祭の準備期間中は休養日も単に授業が無いだけで生徒は皆学院祭の準備に大忙しだ。

ただし、3年生は『手伝い』な立場なので準備の最中にさりげなく姿を消すのは可能。特に休養日は。


今年は俺たちが第3学年。

寮長が指揮を執るので、面倒見がよく騒ぐのが好きなアンディ・チョンビが先頭に立って指揮をしている。

俺たちは・・・ちょこちょこ手伝いつつっていうところ?

別に魔術師の間でネットワークを広げる必要も感じないし、去年・一昨年と大分頑張ったし。

今年はちょっと気分的に手抜き。


アルタルト号の調査もまだ終わっていないし。

アレクの兄さんが気を利かして(もしくは単に凝り性なのかも)端から物凄く丁寧に細かく見ているから、まだ半分程度しか終わっていないんだよね。

お陰で休養日の度に俺たちも調査に参加出来て楽しい。


船の乗客の家宝とか、その時代の船のこととか、色々周辺情報を調べるのにも忙しいし。


ということで今日も俺たちは倉庫に行くところだった。


「・・・すいません!」

角を走って曲がってきた少女がアレクにぶつかって地面に転がった。


こういう衝突ってスリであることが多いんだけど、まあここまで派手に転ぶんだったら違うだろう。

顔もしっかり見られているし。


「大丈夫?」

シャルロが少女に手を差し伸べる。


「すいません、急いでいたもので・・・」

立ち上がりながら後ろを振り返り、少女が息をのんだ。


3人ほど、男が追いかけてきている。

走ってはいないが急ぎ足でこちらに向かっていて、明らかに少女を狙っているようだ。


「警備兵を呼ぼうか?」

ガラの悪そうな男たちとこの普通そうな少女だ。この少女が悪いことをやって追われているとは考えにくい。

だとしたら俺たちが変に手を出すよりも警備兵を呼ぶ方が話が簡単だろう。


「ダメです、そんなことをしたら姉が!」

おや?

誰かが人質に取られているのかな?


「シャルロ、目隠し出来る?」


擬態イルズ!」

今まで少女が立っていたところに、初老の男が立っていた。


「おい!そこにいたガキはどこに行った?!」

ゴロツキ1が声をかけてきた。


「・・・私に聞いているのか?」

アレクが『この私にゴロツキが声をかけてくるのが信じられない』というような顔をして聞き返した。


アレクとシャルロの何気なく高級な服が目に入ったようだ。ゴロツキ1の態度が変わった。

「失礼しました。実は、主人の財布をスリのガキに取られて追いかけているところなのです。先ほどぶつかってきた娘がその後どこに行ったか教えていただけますか?」


ゴロツキの癖に、意外と口のきき方を教育されている様だ。

誰か貴族とコネのある悪党に雇われているのかな?


「知らぬな。どこかに走って行ったようだ」

興味が無いと言う風にアレクが答えた。


「そうですか。邪魔しました」

ゴロツキ2と3に右と左へ分かれるよう指図しながらゴロツキ1が俺たちの後ろへ走って行く。


さて。俺たちを監視する人間を残したようでも無いし、ここで別れ・・・。

「アレク、どこか話ができる場所ない?」


おっと。

シャルロは人助けをする気満杯のようだ。


「こちらにウチの支店がある。ちょっと部屋を借りよう」

アレクも人助けが吝かでは無かったらしく、直ぐに動き始めた。


良い人たちだね~。

まあ、極端に忙しい訳でも無いから手伝ってもいいけどさ。


◆◆◆


「ありがとうございました。サーシャ・カスティーナといいます」

シェフィート商店の近くにあった支店に入って上の部屋を借りて座った俺たちに、少女が自己紹介をしてきた。


「僕はシャルロ、こっちがアレク、あっちがウィル。

何があったのか、言ってくれない?助けられるかもしれないし」


道端でぶつかっただけの人間を助けるお人好しは少ない。

普通の平均的な『善人』は悪人を対処する技能スキルがないから見なかったふりをする。

下手をすると親切に助ける振りをして、弱っているその相手を陥れてどこかに売り付けようとする人間もいる。

なので積極的にかかわってくる人間が善人であるか悪人であるかの割合は五分五分といったところだ。


その現実をこの少女は知っているのだろうか?

まあ、シャルロは完全に善意から手を差し出しているんだから信用しても問題は無いんだけどさ。


「実は・・・去年両親が無くなって、叔母夫婦に引き取られたのです。それなりに肩身の狭い思いをしていたのですが、先日叔父が『お前達の生活費を賄う為に借金が出来た』と言いだしまして、姉が急に奉公に出ることになったんです」


借金のかたに奉公に出るのは珍しい話ではない。

というか、借金を払う為に働かせてくれるのなら良心的と言っていい。

まともな働き先だったら。


街中をゴロツキにその妹を追わせていることを考えると、まともなところじゃあ無かったんだろうなぁ・・・。


「その時に叔父の家を出入りしていた人間が気になったので姉に会いたいとお願いしたのですが、どうしても駄目だと言われ・・・。今日、探していたらこんなことになりました」


ただ単に闇雲に街中を探し歩いたところで、ゴロツキが3人も追いかけてくるような状況にはならない。

「何を見たんだ?」


「叔父と話していた男を見かけたので追いかけたのですが・・・倉庫のような場所に行きました。中に姉がいるのかと思いましたが、忍び込んで探せる前に見つかってしまって追いかけられたのです」


「それってどう考えても不法なことをやっているんじゃないか?やはり警備兵に行った方がいいと思うぞ。何だったら信用できる人間を紹介するが」

アレクが提案した。


「不法なことをやっているなら、警備兵が来た場合は余程うまく不意をつけない限り証拠は消されるぞ」

本当なら警備兵に任せちゃいたいところなんだけどね。

これでアレクの提案に従って警備兵に任せて、捕らわれた少女たちが皆殺しになったりしたら夢見が悪いだろう。


「じゃあ、僕たちでそこに行こうよ。魔術師の卵が3人いたら被害者の人たちを助けるぐらいは出来るんじゃない?」


まあ・・・それが一番現実的な提案かな。

少女に逃げられたことで拘束場所を動かしている可能性は非常に高いが。

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