第69話 星暦551年 紺の月 16日 沖で

「うわ、真っ暗だね」

浅瀬が終わり、海底が深くなるところまで辿り着いた俺たちは下を覗きこんで足を止めていた。


真っ暗なのだ。

下の方が。


そりゃあ、昨日歩きまわった範囲だって海面上よりは暗かったが、それでもモノがはっきり見えていた。

周りの風景だって奇麗だったし。


だが、沖の部分に出て来てみたら・・・思ったよりも暗い。


「浅い所はそれこそ引き揚げ屋サルベージャーや近所の子供たちにすっかり探索されつくしていたからねぇ。我々は深いところを探す方が有利そうだから、頑張らないと。光の魔術でも使って探そう」

アレクがシャルロに答えた。


昨日は昼食の後に縄やコンパスを入手して最初の漁師達に聞いたところを回ったのだが、結局大した発見は無かった。

船の残骸は幾つかあったのだが・・・。

引き上げる価値があるようなものは全て取り去られていた。

魚介類が住処にしていたお陰か船の家具とかもすっかり腐っていたし。


だから深いところに行く方が何か発見出来る可能性は高そうなのだが・・・。

暗い。


光よイルム

シャルロが唱えて光球を作り出した。


うん、何とか周りが見えそうだ。

「海の中で崖を降りるのは嫌だから、とりあえずここの下のところまでドームごとゆっくりおろしてくれない?」

清早に頼む。


「了解」


清早の言葉とともに俺たちが立っていた空気のドームが俺たちごと浮き上がり、ゆっくりと前の暗い水の中を下がり始める。


「おいで」

シャルロがペットに呼び掛けるかのように光球に声をかける。

ついてきたよ。


そりゃあ、自分で作った光球だから自分の意思で動かせるのは不思議じゃないが、最初に条件付けをしていなかったようなのに『おいで』で付いてくるところが流石シャルロだな。


◆◆◆



沖の深いところの海底は浅瀬より歩きやすかった。

暗いだけあって、海草がぐっと減っていたから。

ある意味、潮が引いた後の砂浜を歩くのとあまり違いが無いかも。


「とりあえず、私たちはここにいるんだろう?」

アレクが地図を見ながら浅瀬が終わる部分の一点を示した。

「麻紐を置きながら北西に進むとして、正面だけじゃなくって左右も照らして何か見えないか確認しながら進もう」


「おう」

「うん」


しっかし。

考えてみたら、沖で沈んでいる船って言うのは嵐で実際に浸水したせいで沈んだ船だ。

浅瀬では嵐で船が座礁して波に破壊されるとか、嵐で岸壁に打ちつけられて壊れたとかいうことが多いから沈没する確率が比較的高い。


でも、沖合になるとねぇ。

まあ、嵐が酷くって浸水して沈没っていうのも十分あるだろうけど、場所が『この岩にぶつかって』とか『この浅瀬に乗り上げて』という決まったポイントに限られないからどこでもありえる。


つまり・・・探しにくそう。

沖合で深いところに網を張って変なモノを引き上げた漁師たちの記憶だよりだが、どのくらいはっきり覚えていたのか不安だなぁ。

精霊の加護か、かなりの魔力を持った魔術師の助けかが無ければこんな深いところを潜ってどこにあるか分からない船を探すのは難しいから、船を見つけられさえすれば何かしらの収穫がある可能性は高いけど。


◆◆◆



水打ヒタン!」」

右側に見えた岩陰モドキに軽く術を当てる。

立ち止まって砂埃(と言うのか?)が落ち着くのを待っている間、シャルロが自分に癒しヒーリングをかけていた。


別に怪我をしている訳じゃあ無いから癒しヒーリングを掛けてもそれ程効果がある訳では無いのだが。気休め程度?


昨日のヌルヌル海草の上を歩くよりはマシだが、砂浜の上を沢山歩くのも中々疲れるんだよねぇ。


「あれが岩だったら、あの上で昼食にしないか?」

アレクが提案した。


「いいね。そろそろ疲れてきたし。一休みしよう」


最初は船陰(というか現実的には岩陰なんだけど)を見るたびにそこまで歩いて行って確認していた俺達だが、意外と海底には岩が多かった。


あっちへ確認、こっちへ確認でジグザグに動いていると方向と距離の把握が難しくなる上、疲れる。

そこで結局軽く水の打撃魔法を当てて上に積もっている砂埃モドキをどけることにした。

この砂埃モドキ、打撃を与えるとぶわっと舞い上がって暫く周囲の水の視界を極端に悪くするのだが、それが落ち着くまでついでに立ち止まって休みを取るにしたのだが。


いい加減、疲れてきた。



だが。

砂埃モドキが収まった時にそこに合ったのは・・・船首の一部だった。


とうとう沈没船を発見か?!


◆◆◆


魔術でそよ風・・・の代わりに水流を作り出して残骸の周りの砂を流し飛ばす。

船が海流を止める役割でも果たしていたのか、反対側が意外とえぐれた感じになった。


なったのだが・・・。


「思ったより小さいね」

シャルロが呟いた。


近海の漁船よりは大きいが、長距離商船としては小さい。


「・・・確実に、イーサン号じゃあないね。まあ、もうイーサン号だろうがガラバス号だろうがヒメラス号だろうが、何でもいいから大きいのが見つかれば万々歳なんだけどさ」

アレクが答える。


「まあ、とりあえず深いところに沈没していた船がどんな感じになるか調べるサンプルと思うことにしようぜ」

世の中、物事を前向きに捉えないと。


船を視てみたところ、船体に傷は付いていないようだった。

マストが折れているが。

風でメインマストが折れて、波に飲まれて沈んだと言うところか。

甲板の下は2層になっていて、下の層が商品の保管場所だったようだ。

甲板の上の部屋は船長室というところかな?


シャルロが蒼流に頼んで船全体を空気のドームで囲むようにして船から水を抜いてもらっていた。

斜めに海底に横たわっているから、水を抜かずに水の中で呼吸ができるようにして貰って中を泳ぐ方が楽だったかもしれないけど・・・とりあえず様子をみて今後の参考にしよう。


「よっ」

縄をかけて甲板に上り、縄を反対側に垂らして船長室らしき所へ進む。

海草は生えていないが、やはりちょっとヌルヌルしていて歩きにくい。


「ウィルって器用だね」


「シャルロだって十分器用だよ」

アレクの苦笑交じりの声が聞こえた。


振りかえって見えたのが・・・。

プカプカ宙に浮いて後を付いてくるシャルロ。

アレクも宙に浮いてこちらを見ていた。


そっか。

浮遊レヴィアを唱えれば縄なんぞ使わなくても宙に上がれるんだっけ。

シャルロみたいに術の応用編を使えば空気の中を実質泳ぐことが出来る。


本当に、魔術師って泥棒になる為に存在するような存在だよなぁ。

まあ、泥棒になるより合法的にもっと安全に稼げる手段があるし、魔術を使って違法行為を行っているのがバレた時の制裁が魔力封印か死罪だから、わざわざ泥棒になる魔術師は少ないようだが。


密かにばれない様に魔力を悪用している人間って絶対にいるだろ。


まあ、それはともかく。

安定性がイマイチな船の上で縄で体を支えるよりは魔術を使う方がいい。

ということで俺も浮遊レヴィアで体を浮かせた。

シャルロのように術で体まで動かすことはせず、浮かせるだけ浮かして後は手足で周りを押して体を動かすんだけどね。

どうせ船の中は狭い。余程器用でないと魔術で動こうとすると壁や天井にぶつかる。


船長室の扉は動かなかった。

「鍵がかかっているのかな?」

シャルロが尋ねる。


「いや、木が水で膨張しているんだろ。鍵もかかっていたかもしれないが」

魔術で無理やり扉に含まれている水分を吸いだして急激に乾燥させる。


ミシミシ!


「これは別に構わないが・・・ちゃんとした歴史的な価値がある船を発見した時は、あまり急激に水を抜かない方がよさそうだな」

術の反動で扉にひびが無数に入ったのを見てアレクが呟いた。


「・・・歴史的に価値があるにしても、船みたいに大きなモノを海底から持ち上げられるのか?」


「空気を入れれば浮力が付いて案外と簡単に上にあげられると思うよ?」

シャルロが答えた。


お?

そうなんだ。

まあ、考えてみたら元々浮いていた物だもんな。船底に穴が開いてさえいなければ、中の水を抜けば浮き上がるはずか。


「お、開いた」

扉が縮んでドア枠から外れ、中へ落ちるように開いた。



「狭いねぇ」

シャルロが呆れたように呟いた。


「船の中の空間は非常に商品価値が高いんだ。船長の為に大きな部屋を作るよりも、それだけ貨物なり補給品を多めに積んでおくものだよ」

アレクが苦笑しながら答える。


「だが・・・ベッドと机しかない部屋だぜ?

折角船長になったって言うのに」

思わず俺も部屋を見て呆れてしまった。

何が嬉しくって一番偉い人間になってもこんな狭い部屋に住むんだ?

下町の住民の部屋並みに小さくないか、これ?


「船長になった人間の夢は、貿易で利益を得て陸に屋敷を買ってリタイアすることさ。

その為に頑張って危険を冒して船を動かしているのに、自分の贅沢の為に部屋を大きく取ったせいで余分に補給に寄る羽目になって海賊に襲われたりしたら、意味が無いだろ?」

アレクが説明してくれた。


そっか。ある意味、船長っていうのは傭兵と似たようなものなんだな。

リスクを取って利益を出し、不運に追い付かれる前に何とかリタイアするだけの金を貯めるのを目指しているのか。


ちなみに。

船長室には小さめのベッドと机、衣装箱があっただけだった。

船長のモノだったらしい真鍮のカップもあったが・・・。


「持って帰る?」

二人とも首を横に振った。


船員たちの生活スペースはスルーして、貨物スペースに下りていく。

下には・・・大量の麻袋が積んであった。


「なんだろ?」

「鉱石とかだったらまだ面白いんだが・・・」

シャルロとアレクが話しなが麻袋の一つを開けてみた。


べちょ。


何やら水に溶けた白っぽい泥のようなものが落ちた。


「・・・穀物だったようだね」

アレクがため息をつきながら袋を下におろした。


水温の低い深い海底に沈んでいたから中身が少し残っていたようだが・・・引き上げても価値は無いだろう。


「一つぐらい何か違う袋が無いか、確認できる?」

シャルロが俺に提案した。


残念ながら・・・全ての袋を心眼サイトで確認したものの、全部有機物だったらしきものばかりだった。


ちっ。



ちなみに、アレクの提案で『支払い用の資金が少しはあったはず』ということで、弁当を食べた後に船長室を念入りに探したところ、幾ばくかの貨幣が見つかった。


「量は少ないけど古貨幣ということで、少しは価値があるかも?」

とのことだった。


・・・明日に期待というところだな!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る