第12話 星暦549年 萌葱の月 4日 禁呪

大切なモノを守るのには、どんなに強固な金庫や鍵よりも、情報管理が重要だ。


例えば。

とある大商人は、結婚するに際し『誰にも破れない』と評判の非常に高価な金庫を購入した。

その日の終わりにはこのニュースは王都の裏社会に広がっていて、2日後にはこの大商人の新妻が隣国1の、希少な宝石を数多く扱う宝石商の一人娘であるという事実が調べあげられて公然の秘密となっていた。


この『誰にも破れない』金庫に保管されていた結納代わりの宝石の数々は、新妻が越して来てひと月も経たぬ間に盗まれた。

金庫ごと。


因みに、この金庫の中に入っていたネックレスやブレスレットの幾つかは俺がすり替えたガラス製の偽物であったのは、俺と盗賊シーフギルドの長だけが知る秘密だ。


どんなに複雑な構造をしていようと全てが見通せ、魔術の枷も外せる俺に破れない金庫は拝見したことがない。そして例え俺が開けなくても、金庫とは何らかの方法によって必ず破壊することができるものだ。


つまり、『誰にも破れない』金庫なんて、プロの注意を集めて盗まれる可能性を高めるだけだ。


大切なモノを守りたければ、まずはその存在の情報そのものを隠匿するのが一番だ。

次善策としては、その大切なモノの置き場所を誰にも知られないようにする。

金庫を買うなんて、高価なモノの存在を明らかにする上に場所まで特定してしまうからかなり愚かな行動だ。

金庫を買うことで守れるのは、親族や隣人と言ったような素人に対してのみだ。プロ相手には徹底した情報管理以上の手段はないと俺は思っている。


だから寮の俺の部屋には大切なものは置いていない。盗られて困るものもないから鍵すら掛けていない。


そんな俺の部屋に、図書館から帰ってきたら盗賊シーフギルドからの召喚状が置いてあった。


俺用の召喚状。

左手の薬指に穴のあいた手袋。


ギルドの正式メンバーには各々特定の召喚サインが決まっている。

罠の可能性を下げる為に、本人以外は長と彼の直接の部下しか知らないけど。


一応俺はギルドを抜けたことになっているんだから、この手袋を捨てて知らぬふりをしても報復はされないだろうが・・・。

関係は少し悪化するだろうな。


折角の裏社会とのコネは比較的良好なまま保っておきたかったので・・・とりあえず出向いてみることにした。


さり気無く、街へちょっと飲みに行くかのように寮を出る。

今の時期だったら長の部屋は『かえるの王』の下だ。

とりあえず酒屋に入って今日のルートの設定を確認する。


今日のルート担当は『赤』なのか、誰の目にも触れないルートはやたらと複雑だった。

あのおっさんは凝り性だからなぁ。

明日の授業もあるから、あまり時間をかけたくないんだけど。


それでも機密保持は何よりも大切だ。特に自分の情報なら。


1刻近くかけて、長の部屋に忍び込む。

「どうせなら休養日の前にして欲しかったんですけどね。魔術学院の授業は朝が早いんですよ」


ゆったりとお茶を楽しんでいた長がカップを上げて頷いて見せた。

「来たか」


来ると思って呼んだ癖に。


「実は、最近禁呪を行う者が下町にいるようだ。術者を見つけ、止めて欲しい」


◆◆◆



闇に染まった人間だから禁呪に手を出すのか、それとも禁呪に手を出したから闇に溺れるのか。


人類が魔術を使うことを学んでから、常に人を悩ませてきた命題だろう。


俺としては、術の威力を高める為に人を殺す事がパンや酒を手に入れる為に行われる殺人とそれ程違いがあるとも思えず、禁呪に対する禁忌はヒステリックな気がしてしまう。


戦争となれば何万人もの人間が下らない貴族や王族の見栄や商人の利益の為に殺し合う羽目になる。


もっと馬鹿馬鹿しいケースとなれば、無能な貴族が贅沢をする為に税率を上げ、領民が飢え死にする事も珍しくはない。

アファル王国は現国王が貴族の行動にそれなりに目を光らせているから飢え死にまでするケースはあまり聞かないが、隣国のガルカ王国は酷いらしい。皮肉なことに一番状況が酷いのが国教であるテリウス教の神殿直轄領と言うのだから、世の中狂っている。


宗教こそは人の常識と理性を麻痺させるこの世で最も危険な麻薬であると盗賊シーフギルドの長が以前言っていたが、正しくその通りな気がする。


だからこそ、宗教的な色合いがある禁呪への禁忌を完全に信じきれないんだよね。


ま、それは兎も角。

下町での禁呪と言えば、子供や女が口にも出来ないようなひどい方法で殺されているのが発見されたということだ。


禁呪が人を闇へ誘うのかどうかは取り敢えず無視するとして、連続殺人鬼を捕まえなければ。


まず、長に聞いた死体の発見された箇所を見て回ることにした。

禁呪用の殺人となったら被害者の選択は無作為の可能性が高い。まあ、後で死体も確認して関連性があるかどうかもチェックするが。


3人目の死体が発見された時点で保安部も連続殺人鬼がいることに気がついたので、少なくとも死体は現状維持の術が掛けられているらしい。被害者の親族の誰かにでも調べてくれって頼まれたとでも言って見せてもらうかな。向こうも下町の事件に態々出てくる魔術師(卵だけど)はそれなりに重宝したいところだろうし。


魔術学院の図書館で鍵が掛かった部屋の禁書棚に隠されていた本によると、魔術を行う為の力を得るには神や精霊や悪魔に助けを求めるだけでなく、死を利用するという方法もあるそうだ。


人外の存在に助けを求める時は信仰なり祈りなり血なり魂なり、何らかの代償が必要になる。

ところが、命を無理やり刈り取る場合、これから続くはずであった生を自分の術へエネルギーとして流用することが可能なのだそうだ。


長が分かっているだけでも5人が既に殺されているらしい。

俺が読んだ本は何人の命でどのくらいの術が出来るかは書いていなかった。

術者の技能や被害者の生命力、術のタイプによってかなり左右されるから一概に言えないらしい。


病死や餓死の場合、死は生命力が消え去ったことの結果として生じる。

だから死体を動かしても何も見えない。

だが、禁呪で殺された場合は・・・もしかしたら搾り取られた生命力の残滓が残るかもしれない。


10日間で5人。

徹夜してでも今晩中に死体が遺棄された現場だけでも調べておかないと、何か出来る前に次の死体が発見される可能性はそこそこ高い。


明日の授業は・・・サボりだな。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る