スイッチ

のぶ栄三郎

1.専属マネージャー

 大田おおたたかしはおそろしく人見知りで気弱で恥ずかしがり屋だ。それはそんじょそこらの人とは到底比べモノにならないくらいズバ抜けていて、初めて会う人はしばしば尊が日本語のわからない外国人だと勘違いをする。いや、二回三回四回会った人でも、ずっと尊を外国人だと思い続けている人も少なくはない。尊はそれくらい人と容易に喋れない。

 身長189cm、体重98kgの堂々とした身体に意外な小顔。あたしは幼なじみだから客観的評価ができないんだけど、友達は尊のことを若干コワイ系のイケメンだと言う。カッコいいという。愛嬌のまったくないエンゼルスの大谷翔平といえば一番イメージしやすいかも。デカくて強面で女子の人気はあるけど彼女がいたことはない気弱な恥ずかしがり屋。エキセントリックだ。

 尊は小学三年生のときお兄ちゃんの影響を受けて野球を始めた。その頃から頭ひとつ分大きかった尊は、やはり頭ひとつ分くらい他の子より野球が上手かった。そのまま身長が伸びるのに比例して野球も上手くなり、やがて上手いというより凄くなった。

 中学三年の時には全国の野球偏差値の高い私立高校から数多の推薦のお誘いがあったが、尊は頑なにそれを固辞してあたしと同じ高校に入った。尊があたしに囁くにはそんな甲子園を目指すようなギラギラした環境で人間関係を築くなんて無理、だそうだ。それにしても自分で言うのもなんだけどウチの高校は勉強も部活も中庸で平凡な公立校で、野球部もメジャーな部活なんであることはありますけど、程度のレベルだった。


 尊はそんな野球部に入部した。

 超高校級のピッチャーにしてバッターでもある尊は、野球部創部以来まだ見ぬ景色を見せてくれるだろう救世主として期待された。

 尊は期待に応えて一年生ながらいきなり投打に活躍した。ただ、あたしの目にはイマイチに映っていたが。あたしが知っている尊より打ち込まれるし点も取られていた。やはりレベルの低い環境では尊の高いレベルを維持するのは難しいのかもしれなかった。だが問題はもう一つあった。そしてその問題にあたしは巻き込まれることになる。


 あたしは某高校の超有名吹奏楽部のカッコよさに憧れ、無謀にも吹奏楽部に入部した。楽器の経験は皆無だ。無謀と言ったのは経験の有無ではない。あたしは人と比べて少し音感とリズム感が鈍かったのだ。無謀は努力と勢い(やる気)でなんとかなると信じていたが、入部してしばらくすると致命傷を負った。少し鈍いと思っていた音感とリズム感が、かなりの程度に鈍いことを自覚したのだった。しばらく気がつかなかったのは部員たちの優しさだった。

 しかし優しさというのは時に残酷だ。入部してすでに三カ月が経過していた。もう部活動は仮入部の時期が過ぎ安定期に入っていた。あたしにも見栄や外聞がある。あたしは引くに引けない状況に陥ってしまったのだ。

 そんな折りも折、気怠く音楽室に向かうあたしの前に野球部の監督先生と部長先生と三年生のキャプテンが現れた。監督先生がキャップを取りあたしの顔をじっと見つめた。


「きみ、江藤美沙さんだよね」


「は? ええ、はい」


「きみ、野球部のマネージャーになってくれないか?」


「へ?」


 渡りに船とはこのことだ。吹奏楽部を抜ける口実ができた。しかしあたしは断った。あまりにジャストタイミングに過ぎる。喜び勇んで吹奏楽部を辞めたと思われたくない。乞われて乞われて止む無く吹奏楽部を辞め野球部のマネージャーになったのだ、ということを周囲に印象付けたかった。繰り返しになるが私にも見栄や外聞がある。

 それにしてもなぜあたしを? 答えはすぐに分かった。それは大田尊の喋らない(喋れない)問題であった。野球部では大田尊との圧倒的なコミニュケーション不足が顕在化し、支障を来たすレベルになったらしい。あたしは小学校の時からいわば尊の通訳であり代弁者であった。尊のお父さんとお母さんを別にすれば、私が唯一のコミニュケーターであったと言ってもいい。つまりあたしは野球部のマネージャーというより尊の専属マネージャーをしてくれと言われたようなものだった。

 花のJK時代の部活が尊の専属マネージャーというのは忸怩たる思いもあるものの、優しい部員たちに囲まれて吹奏楽部のお荷物として三年間を過ごすよりはマシであろう。こうしてあたしは三顧の礼をもって野球部に入部することになった。


 あたしの話しが長くなり過ぎた。そんな話をしたかったのではない。

 大田尊の入部した我が校野球部は、県の秋季大会でベスト16進出を果たし大躍進した。想像していたまだ見ぬ景色のさらに二つ三つ先まで見てしまった感じだ。

 大躍進の原因は大田尊の投打にわたる活躍に尽きる。それに誰も言ってくれないから自分で言うが、あたしの専属マネージャーとしての力量も見過ごしにできないだろう。

 大会が終わると驚いたことに、こんな田舎の中庸な野球無名校にテレビや新聞社の記者が来るようになった。もちろんお目当ては大田尊だ。そうなると必然的にあたしが尊の横に引っ付いて、記者の方々に代弁やら通訳をすることになった。怪訝な顔をする記者たちに事情を説明するのも一苦労だったが、あたしもテレビに映ったので良しとする。一部の地域で可愛すぎるマネージャーなんて言われて話題になったし、悪い気はしなかった。

 ところが。

 浮かれるあたしや校長、監督をよそに、野球部内に良くない空気が流れ始めたのもこの頃であったのだ。

 

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