3-2
ヒミコ。卑弥呼。
日本史の授業で先生が、ちらっと言ってた気がする。ヒミコの本当の漢字は違うだろうって。卑しいなんて字は使われていなかっただろうって。弥と呼には問題なさそうに見えるんだけど。当て字かな。
素直に考えれば綺麗な字だ。日の神子。
尊い子だから、
字面を見たら、ちょっと実感が湧いてきた。
不思議な力や、この状況。姿。時代。世界観。
少し、そうかな、という予感はあったのだ。
「私、一番偉いんだ?」
「そうなります」
「その割には、ひどい扱い受けてたよね」
「ミコ様が逃亡を
「シンギケン?」
新技研。んな訳ないな。真偽権かな?
「ミコ様がご不在の際は、オサが変わってムラを治めます。ムラを逃亡した人間をどうするかも、統治者に権限があるのです」
ええと……
タバナの声が荒くなっていく。
「なぜ、ご自分からムラを逃亡するなどとなさったのか。出て、どうなさるおつもりだったのか。追いついた時には、すでに、あなたはあなたじゃなかった。オサに引き渡さざるを得ず、お会いすることも叶わず、問いただしたくとも御心が分からず、どうすることも出来なかった! ……失礼しました」
「いや……なんか、こっちこそゴメン」
タバナが、肩を落として息をついた。色々な思いの混じっていそうな、深いため息だ。
カラナは本当に、誰にも何も言わずに
でも誰にも言わずに見られずに
オサが「飛ぶ」とかどうのこうの言ってたけど、もしかしてカラナは、精神体だけじゃなくて、肉体そのものを飛ばすことも出来るんだろうか?
もし百歩譲って、この状況が夢だとしたら、スタートがあんな中途半端なシーンから始まっていることは、別に何も不思議もない。夢って唐突なものだ。いきなり始まって脈絡のない展開をして、いきなり目が覚める。
でも目は覚めないし、展開にも無理がない。いや、あるっちゃあるけど。洞窟に放り込まれた4日間、あれはハードモード過ぎたわ。
逃亡したお仕置きだみたいなこと言われたけど、お仕置きどころか罪人扱いだったよ、あれは。あそこでツウリキ出せてなかったら、間違いなく処刑されてたね。むしろ死にたくて逃げたんですか、カラナ? ってぐらい、最初、ボケッと突っ立ってた訳だし。
どうして入れ換わったんだろう?
誰が私を、カラナの中に入れたんだろう?
ってか人為的になのか偶然なのか、なんなのかも、さっぱり分からないけど。
今となっては、カラナの意識が見当たらないことが残念でならない。誰も本当のことを知らないよ。もしカラナが逃げたんではなかったんなら、それを証明する人もいない状態だ。タバナにまで誤解されてることになる。
ヒタオのことが嫌いで憎くて、どうしようもなくて社を逃げ出したっていう気持ちも、どこかに残ってる。もし本当にそうだったんなら、誤解はない。その通りだ。
でも……なんかスッキリしない。
心の奥底で、そうじゃないって叫んでいる何かを感じる。
もし
時間が来てしまい、「では」とタバナは行ってしまった。
ヒタオが食事の準備を整え始める。外に控えていたらしい女の子が二人、わらわらと入ってくる。
戸口から見えるわずかな空は、まだ青いようだけど、室内はもう暗い。でもロウソクを灯すほどではない暗さだ。きっと、西の空はそろそろ赤く色づいているんだろう。この世界に来て日常を過ごした、最初の感想は「日が短い」だった。
ロウソクを点けたところで、どうしようもないほど暗い。本が読めるほど煌々とした明かりじゃない。せいぜい夕飯が終わって着替える時に、周囲が見える程度でしかない。
着替えたら、寝るしかないのだ。
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