第33編「急にすみませんっした! 信じてますよ、マジで」
先ほど『
やや茶色がかったツーブロックヘアに、耳たぶで輝くピアス。
一言で言い表すと『チャラそう』な男を見て恋幸は新手のカツアゲを疑い、裕一郎様は私が守る!! と言わんばかりに
「……あれ?」
そこでようやく縁人(という名前らしい男)は彼女の存在に気づき、恋幸を見つめたまま眉間に深いシワを刻み数秒間なにか考えるような素振りを見せたあと、ハッとした顔で勢いよく裕一郎の方を見る。
「え!? 隠し子!?」
「なわけないでしょう」
「ですよねー! だとしたらデカすぎますもんね!! マジ焦ったー!!」
からからと笑う縁人とは対象的に、裕一郎はいつも通りの冷たい表情で深い溜め息を吐いて恋幸に目線を投げた。
「……騒がしい奴ですみません」
「い、いえ! お構いなく!」
「彼は、」
「どーもー! 社長……あっ、倉本さんの大学の後輩で、今は秘書やってまーす!
彼女にとってとてつもなく重要なキーワードが2つ聞こえた気がするものの、圧倒的“
「えー! 超可愛い名前っすねー!!」
「え? えへ……ありがとうございます……」
「どういたしまして! で、あんたは倉本さんの“何”目当て?」
「……っ!?」
つい先程までとは一変――……顔から笑みの消え失せた縁人は、刺すような鋭い目つきで恋幸を睨み付けた。
何目当てか? オブラートに包まず言うならば、それは勿論『本人そのもの』からはじまり『苗字』と『戸籍』目当てである。けれど、そんな事を言える空気でもない。
突然のことに思わず怯んでしまった彼女を見て、縁人が再び唇を持ち上げたのと同時に、裕一郎が彼の肩を掴んで「やめなさい」と低く呟く。
「縁人、彼女は違います。傷つけるつもりなら許しませんよ」
「……本当に、信じて大丈夫な人なんすね?」
「大丈夫です」
「……わかりました! 小日向さん、
「どの顔に免じてですか」
恋幸の頭にも裕一郎と同じツッコミが浮かび、心の中で大きく頷いた。
しかし、縁人の態度は以前星川に聞いた『裕一郎の過去』と関係があるのではないか? という仮説が浮かび、もしそうであるなら致し方ないことかもしれないと彼の笑顔を見ながら考える。
「えっと、気にしないでください! あっ、いつも倉本様にはとてもお世話になっています……!」
「うわー、マジいい子! お世話に、って……倉本さんの彼女っすか?」
「かっ!?」
軽いノリで落とされた爆弾に、恋幸は顔を赤くしたまま金魚のように口をパクパクと動かすことしかできなかった。
早く否定しなければ誤解を与えてしまう。
そんな
「彼女……に、なって頂けるよう、今必死にアプローチしているところですよ」
――……裕一郎の言葉だった。
「!?」
「うわー、ガチのやつきた」
「聞いたのは貴方でしょう」
「ま、そうっすけどー。まさか社長から
たしかに以前、彼から直接「好きです」と言われたことはある。
だが、仮にも恋愛小説を書いて食い繋ぐプロ作家でありながら、恋幸の中では『裕一郎と両思いである事』と『交際する事』がイコールで結びつけられていなかったのだ。
それは彼女の経験の浅さ故に生まれる
(か、彼女になって頂けるように……!? 聞き間違えじゃないよね!?)
さらに熱を増す頬に両手を置いて混乱する恋幸。
縁人はそんな彼女の顔を下から覗き込み、目線が交わるとにかりと笑って名刺を差し出した。
「これ、どーぞ! 俺の連絡先が載ってるんで、何かあったらいつでも連絡してください! 主に倉本さんに関する相談とか!」
「あっ、ありがとうございます……! すみません私、いま名刺持ってなくて、」
「いーっす、いーっす! これ以上倉本さんにヤキモチ妬かせたらマズイんで!」
(ヤキモチ……?)
いつも落ち着いていて心に余裕を持った大人の男性である(と、恋幸が思い込んでいる)裕一郎がまさか、秘書の方と少し親しくしただけで嫉妬するわけがない。
そんな考えと共に彼女が目線を移動させた先にあったのは、綺麗な眉を八の字にして唇を引き結ぶ裕一郎の姿だった。
しかしそんな表情も恋幸の視線に気づくと同時に消えてしまい、わずかに首を傾げる彼の様子からは『わざと不機嫌を表に出していた』とは考えづらい。
つまり、
「……倉本さんって、無自覚かもしれませんけどよーく見てると結構わかりやすいっすよね」
「……? 何がですか?」
「なんでもないっす! 邪魔者はもう消えますんでお幸せに! 明日また会社で! あと……小日向さん。倉本さんのこと、マジで頼みますよ。本気と書いて、マジで」
「は、はいっ! マジで任せてください!」
縁人と手を振って別れたあと、無言のまま2人で家路を辿る。
恋幸が盗み見た裕一郎の横顔は特に何の色も浮かべておらず、彼が今なにを思っているのか予想することは難しかった。
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