【弓術】①

 俺たちは、先ほどの部屋に戻っていた。

 転移床の上に立ったまま、部屋の中央をじっと見つめる。


「……」


 ギミックがランダムで変わるようなものでなければ、またオーガが出るはずだ。

 わざわざまた、この部屋に戻ってくる必要はなかった。

 ユーリのことを考えれば、助けがくるまでは戦闘を避ける選択肢も当然ある。


 しかし――――乗り越えなければならないこともあった。


 俺は、隣で固い表情をしているユーリへと告げる。


「行こう」

「う……で、でも……」

「まずは落ち着いて一矢だ」


 俺は励ますように言う。


「射ってみればきっとわかる。大丈夫だ」

「……はい」


 ユーリがうなずいたのを見て、俺は転移床から一歩を踏み出した。


 後衛の動き方は、だいたいユーリに教えた。

 だが、今は難しいことは何も求めない。ただ隙を見て矢を放つ。それを繰り返してくれるだけでいい。

 あとは、冷静でいられるかどうかだけだ。


「……来たな」


 床の光と共に、例の竹筒が湧き出る。

 へりに五指がかかり、先ほどと同じ赤のオーガが姿を現した。


「――――うおおッ!!」


 俺は床を蹴って距離を詰めると、オーガへと剣を振り下ろした。

 即座に、反撃の拳や牙が襲いかかってくる。

 だが俺はそれを無視。衝撃と痛みを感じながらも、ダメージに構うことなく攻撃を叩き込み続ける。

 HPは減ってもいい。むしろその方が好都合だ。


『ヴォオゥ……!』


 不意に、オーガがその太い両腕を合わせると、頭上高くに振り上げた。

 初めて見るモーションだが、さすがにこれは喰らうと危なそうだ。振り下ろされると同時に、迎え撃つように剣を振るう。互いの攻撃が派手に弾かれ、俺とオーガが共にたたらを踏んだ。


 その時。


「落ち着いて、まず一矢……!」


 微かな呟きと同時に――――矢が飛んだ。

 それは角の生えた頭を貫くように着弾すると、火、水、風属性を示す赤と青と緑のエフェクトを散らす。


 その瞬間、オーガが派手に仰け反りノックバックした。

 俺は口元に笑みを浮かべながら、背後の弓手へと叫ぶ。


「いいぞチャンスだ! そのままいけ! ユーリ!」


 ダンジョンの空気を裂くように、次々に矢が飛翔する。

 それらは、ただの一射すら外れることなく、赤いオーガの頭へと突き立っていく。


 オーガは、まったく反撃に移れていなかった。

 ほとんど矢を受けるたびに仰け反りノックバックし、前に進むことすらもままならない。

 たったの一、二射で、蓄積ダメージが閾値を超えているのだ。


 当然に、終わりはあっという間だった。


『ヴォアァ……!』


 最後の仰け反りノックバックと同時に、オーガがあっけなく四散する。

 中ボスではなかったとはいえ、他では見ない形態の、比較的強力なモンスターだったはずだ。

 しかし今の戦闘は、まるで低階層のモンスターをレベル差で圧倒しているかのようだった。


「な、な……!」


 ユーリは、自分が立てた戦果に唖然としていた。


「なんスかこの弓は~!? と、とんでもない威力なんスけどっ!?」


 俺は思わず笑って答える。


「そりゃそうだ。四十層のボスドロップで、しかもデメリット武器なんだから」


 元々高い威力に加え、計三属性の付与に、DEX器用さ上昇効果まで付いている。五十層まで潜って武器を漁る、テトが驚いていたほどの品だ。

 強くない方がおかしい。


「それで……どうだ? ユーリ。やれそうか?」

「……」


 ユーリは、手にした虹色の弓に目を落とす。


「正直……まだわかんないッス。今のオーガは、あまりにもあっけなさ過ぎたんで……。でも、こいつがものすごく強力な弓だってことは、よくわかったッス。現実と同じってわけには、やっぱりいかないッスけど……でも!」


 ユーリは顔を上げ、まっすぐに俺の顔を見上げる。


「ウチ、もう少しこいつとがんばってみたいッス! 弓手として!」

「……よし」


 俺は笑みと共にうなずく。


 先ほどまでとは違い、ユーリの瞳に不安の色はなかった。

 きっと大丈夫だ。


「この調子で、攻略を進めていこう。次の部屋に進むぞ」

「はいッス!」

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