【ミイラ盗り】⑨
「もー、ボクの特技の話なんていいからさー。それよりこれ見てよ! どう、このナイフ。
「結構なレア武器みたいだけど……あなたそれ、誰かのボスドロップを横取りしたんじゃないでしょうね」
「失礼なっ! これは古竜神殿の五十層でボクが自分で見つけたんだ!」
「五十層まで一人で行ったんですか……。テトさんは何レベルなんですか?」
「【55】だよ」
「あら。私やアルヴィンより高かったのね」
「言っておくけど、実際にはキルの横取りなんてそうそうできるものじゃないから、経験値はほとんど自分で稼いだんだからね」
「たしかにそこまで高レベルなら、普通にモンスターを狩る方が効率いいでしょうね」
「でも、じゃあなんであんな嘘ついたんですか?」
「それは、その……」
そんなやり取りを聞いていた時。
俺の前に、一体の青いトカゲ型モンスターが現れた。
「あっ、アクアサラマンドラだ。よかったね。あれ、《敏捷性減少・小》のデバフを撃ってくるよ」
「ああ」
だいぶ探し回ったが、ようやくこれで検証できる。
俺はアクアサラマンドラに近づくと、敏捷の低いそのモンスターを剣で小突き回す。あまりHPを減らしすぎるとデバフを撃たなくなるから、加減しなければならない。
「グァッ」
鳴き声と共に、アクアサラマンドラが泡を吐いた。
《敏捷性減少・小》のデバフだ。俺はそれを避けずに受けると、それからすぐに、青いトカゲを弱点部位を突いて倒す。
エフェクトの中振り返ると、すでにテトがステータスを開いたところだった。
「お兄さんも見てみてよ。自分のところにデバフのアイコンが付いてないでしょ? 代わりにボクの……あれ?」
テトが首をかしげる。
「……おかしいなぁ。どうしてボクのところにもデバフのアイコンがないんだろ? お兄さん、ひょっとして避け……て、なかったよね。なんでだろう……ん? んんん?」
テトが眉をひそめ、ステータス画面を凝視する。
「何この経験値!? なんでこんなに入ってるの? ボクがキルしたわけでもないのに……えっ、というか、ボクのステータスめちゃくちゃ上がってない!? これ、誰かのスキル? い、いったいどうなって……」
「やっぱり、ココルに《嫉妬神の呪い》もついてないわね。これではっきりしたわ」
メリナが、自分のステータス画面を閉じた。
それから、未だに困惑する様子のテトへ告げる。
「テト。あなた、このパーティーに入りなさい」
「……え? いや、さっき入ったじゃん」
「そうだったわね。いえ、そうじゃなくて……だから、その、ず、ずっと一緒にいなさいってことよ!」
「え、ええっ……!?」
聞いたテトが動揺したように目を逸らす。
「お、お姉さん……? そんなこと、急に言われても、ボクっ……」
「もういいわよ、このやり取り。正式にメンバーにならないかって言ってるの」
「へ? なんだ、そういう意味? びっくりしたなー、もう」
それから、テトは不審そうに言う。
「良い悪い以前にさー、なんでいきなりそんな話になるのか説明してくれないかな。この変なステータスとか経験値とか、お姉さんたちがこそこそ話してたことと何か関係あるの?」
「いいわ。最初から説明するわね」
メリナが話し出す。
「まず、私たちは全員、マイナススキル持ちなの」
「……へ? ぜ、全員? お姉さんだけじゃなくて?」
「そう。最初に、このダンジョンで出会ったってアルヴィンが言ったでしょう。私たちはみんな、それぞれ例のボスドロップ目当てにこのダンジョンに来たのよ」
「……そうだったんだ。そういえば、臨時でパーティーを組んでるって言ってたもんね」
「そう。ただ、どうしてパーティーを組んだかというと……私たちのマイナススキルが、うまく噛み合ってるからなのよ。奇跡的にね」
「……?」
「たぶん、ココルのスキルから説明した方がわかりやすいんじゃないかしら」
メリナの言葉に、ココルがうなずいて口を開く。
「わたしのマイナススキルは、【首級の簒奪者】と言います。効果は――――同じパーティーメンバーがモンスターをキルした場合、わたしがキルしたものと見なす、というものです。経験値のキルボーナスはすべてわたしに入りますし、キルした人が【ドロップ率上昇】や【金運】のスキルを持っていても、発動しなくなります」
「珍しいスキルだね。そっか……だからお姉さんは、そんなにレベルが高かったんだ。なんというか……すごく、嫌われそうなスキルだね」
「はい。すごく嫌われるスキルでした」
ココルが力なく笑う。
テトは、ココルのマイナススキルの意味をすぐに理解したようだった。
「でも……それじゃあなんで、二人はココルさんとパーティーを組むことになったの?」
「次は私のスキルを説明した方がいいかしらね」
メリナが言う。
「私のマイナススキルは、【嫉妬神の加護】。効果は、まずパーティーメンバー全員の全パラメーターを10%上昇。それから私自身を含むパーティーメンバーの誰かがモンスターをキルした際に、その人に《嫉妬神の呪い》を付与して、キルボーナスをその人を除いた全員に平等に分配し直すわ」
「なんか、複雑な効果だね。でもステータス上昇の理由はわかったよ。それと……そっか。【嫉妬神の加護】の効果の対象は、【首級の簒奪者】のおかげで、常にココルさんになるんだね」
「はい、そうなんです。わたしが独占してしまうキルボーナスを他の皆さんに返せるので、わたしがぜひにと言って、メリナさんにパーティーに入ってもらったんです」
「なるほどね」
テトはなかなか察しがいいようで、最低限の説明ですぐに経緯を理解してくれる。
「《嫉妬神の呪い》っていうのは何?」
「全パラメーターが3%減少するデバフよ。キルの度に重複するわ」
「重複かぁ。減少率は大したことないけど、なかなか厄介そうだね。ココルさんは元々のステータスが高いし、きっと
そこで、テトは首をかしげる。
「そういう割りには、デバフのアイコンがココルさんにないみたいだけど……デバフで間違いないんだよね?」
「ええ」
「じゃあどうして……いや、違う。ココルさんじゃない。デバフなら、
混乱した様子で、テトが続ける。
「そういえば、アクアサラマンドラの《敏捷性減少・小》だって付いてない。なんで【ミイラ盗り】の効果がなくなってるんだろう……?」
「なくなってないわ。むしろ効果が発動しているからこそ、デバフが消えているのよ」
「え……?」
「【ミイラ盗り】には、追加効果があったわね」
「うん……。パーティーの報酬獲得率に応じて、デバフの効果が増減する」
「アルヴィン。あなたのマイナススキルを教えてあげたら」
視線を向けてくるテトへ、俺は一つ息を吐いて言う。
「俺のマイナススキルは、この二人のように珍しいものじゃない。――――ただの【ドロップ率減少・特】だ」
「えっ……えええーっ!?」
テトが目を丸くして、信じられないかのような声を出した。
「【ドロップ率減少・特】!? 小や中じゃなくて!?」
「ああ」
「うわぁ……ボク、ちょっと信じられないよ。そんなひどいスキルを持っていながら冒険者になった人がいるなんて……」
俺は少し傷つく。
「でも……そっか。そのスキルのおかげで、このパーティー、報酬獲得率が……」
「ああ。【ミイラ盗り】の計算式はよくわからないが、少なくとも【特】ランクのマイナススキルが一つあれば、《小》ランクのデバフは無効にできるみたいだな」
「だから……《敏捷性減少・小》も、《嫉妬神の呪い》も付かなかったんだ」
《嫉妬神の呪い》の減少率は、《全ステータス減少・小》よりも低い。
ランクとしては《小》かそれ以下なのだろう。
「あれ、でも……やっぱりおかしいよ」
「ん?」
「アルヴィンさん、今アクアサラマンドラを倒した時も、マーマンの群れを倒した時も、普通にアイテムもコインもドロップしてなかった? 【特】ランクなら、ドロップ率が八割くらい減るはずだよね?」
「テトさん」
ココルが笑いながら言う。
「わたしのスキルを忘れてませんか?」
「え……? あっ、【首級の簒奪者】! アルヴィンさんの【ドロップ率減少・特】は判定されなくなるのか!」
「このパーティーは、最初に俺とココルが出会ったんだ。俺が頼み込んで、ココルにパーティーを組んでもらった」
まだそれほど経っていないはずなのに、まるで遠い昔のことのように感じる。
「テトさんが入ると、スキルがちょうど一周するような形になりますね」
「言われてみればそうだな」
【ドロップ率減少・特】は、【首級の簒奪者】に。
【首級の簒奪者】は、【嫉妬神の加護】に。
【嫉妬神の加護】は、【ミイラ盗り】に。
【ミイラ盗り】は、【ドロップ率減少・特】に。
それぞれマイナス効果が打ち消される形になっている。
「それだけじゃないわ」
メリナが言う。
「全ステータスの10%上昇や、《小》ランクのデバフ無効効果は消えてない。むしろマイナススキルがプラスになってるわね」
「シナジー……」
ココルが小さく呟いた。
俺たちの視線に気づくと、ぽつぽつと言う。
「いえ、その、相性のいいスキル同士が効果を高め合うことを、シナジーって言いますよね? 【不屈】と【背水の陣】とか。【隠密】と【奇襲会心】とか。マイナススキル同士でも、シナジーってあるんだなって思って」
確かにその通りだ。
四つのスキルは、すべて合わさった結果
「そういうわけだ、テトさん」
俺は、どこか所在なさげにしていたテトに言う。
「俺たちにはあんたのスキルが必要だ。いや、ただの盗賊職としても、あんた以上の人材はそういない。ぜひ俺たちのパーティーに入ってくれないか?」
「! でもっ、ボク……」
「パーティーを信用できないあんたの気持ちもわかる。俺だってマイナススキル持ちだ。信頼していた連中に手のひらを返されたことは一度や二度じゃない。だが……だからこそ、同じ境遇だった俺たちを信じてくれないか?」
「……」
「この冒険が終わるまででもいい。あんたと一緒に、この落日洞穴のボスに挑みたいんだ。これだけ高い平均レベルで、こんなに多くのスキルを持っているパーティーは、たぶん他にない。この四人ならどんなギミックがあったってきっと勝てる。あんたが言ったとおり、スキルを消すアイテムが本当に得られる保証はない。だが……可能性に賭けてみないか? 俺たちのこれからのために」
しばらく黙り込んでいたテトだったが――――やがておずおずと視線を上げると、俺に小さくうなずいた。
「わかった……いいよ」
「そうか。よかった」
「も、もし裏切ったら、アンデッド系モンスターになって呪いかけに行くから」
「あんたがいないと《呪い》系のデバフは防げない。そうならないようにしないとな」
「何それ」
そう言うと、テトは小さく笑った。
「どうなるかと思ったけど、ちゃんとアルヴィンが口説き落としてくれたわね」
「なんだか上手になってる気がして、ちょっと複雑です……」
「そういうつもりはないんだが……」
ただ誠心誠意頼み込んでいるだけだ。
「あっ、そうだ。アクアサラマンドラのドロップを回収しよう! 早くしないと消えちゃうよ」
そう言って、テトが小走りに駆けていく。
いくつか散らばっていたコインやアイテムをストレージに収めていると……ふと、その動きが止まった。
手に持ったアイテムの一つを、まじまじと見つめている。
「どうした?」
「これ……アクアサラマンドラが落としたのかな」
手にしていたのは、丸まった羊皮紙だった。
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