⒒
「よし、行くぞ。」
ふたりは、雲のイヤーマフを取ると、音もたてずに木の枝からコレッジョ宮殿の正面玄関に舞い降りました。
「すごいなあの人。ほんとに眠ってる。あっ。あそこのキツネまで。」
「ほんとだ。銀ギツネだ。珍しいな。……おっと、ゆっくりしてるひまはないぞ。鍵はどこだ?」
「こいつが持ってる。」
「よし。そうだ!ここにも鍵をかけていこう。」
「! そいつは名案だな。」
ふたりはささやきあいながら宮殿に入ると、奥の間へ急ぎました。すばやく飛びながら移動しましたが、薄暗く静かな廊下は、わずかな音でもよく響いて、何だか恐ろしいような感じでした。
「サンダ! こっちだ!」
ミッチェルが重い木の扉を開け放つと、ダイヤ型の部屋の四方には、深い赤ビロードのカーテンがひかれていました。
そしてそこには、頭にクリスタルのケースを戴いた薔薇輝石の台座が、鍾乳石のように床から生えて、ずらりと並んでいました。その数はざっと、二千ほどもあるように見えました。
「こんなにあるなんて、聞いてないぞ?」
「おれも、こんな数とは思わなかった。」
並んだケースの前に、ふたりは立ち止まりました。いろいろな形のケースには、青や赤やとりどりの宝石箱のような魂が入っています。
「一体、どれがアンナータなんだ?」
サンダは片っ端から調べ始めました。
「まいったな、おれたち、どんな魂だったか調べてなかったんじゃないか? 近寄ればわかるだろうけどさ……」
ミッチェルも反対側の壁から調べ始めましたが、これは時間がかかりそうです。
アンナータの魂って、どんな感じだろう?
ミッチェルは目を閉じて、心を落ち着けました。アンナータのいたあの聖堂、そこから聞こえた悲しげな歌、深紅のドレスに、薔薇色の頬をした美しい人……。
ふいに、ミッチェルの目にそれが見えたような気がしました。ドレスと同じ、深い赤が、強烈な印象として浮かび上がりました。
「深紅だ! 深紅の卵形をして、金の留め金がついてる!」
ミッチェルは足をはやめると、感じる何かに従って、部屋の中ほどにある、左から二十二番目のケースにかけよりました。
「これだ。」
そこには、ミッチェルが見たとおりの、アンナータの魂がありました。
「これか。」
サンダにも、アンナータの気配が感じられました。
ミッチェルは、魂を取り出そうとクリスタルのケースを調べてみましたが、どこにもふたがありません。
「ひっぱったら取れないかな? 」
両手でケースを持つと、少し動いたような気がしました。
思い切ってひっぱってみると、石の台座が、まるでゴムのように伸びてしまいました。びっくりして思わず手を離し、曲がり石の加工がしてある! と思った時には、くねった台座は床にぶつかって、ひどい音をたてていました。
正面玄関では、門番が、ぼんやりと目を覚ましました。
夢うつつであたりを見回すと、竪琴弾きの姿はどこにもありません。代わりにもう一人の門番がぐうぐうといびきをかいていました。事の重大さにあわてて飛び起きた門番は、相方を起こすと、扉を開けようとしましたが、鍵がかかっています。
「どうしよう、あいつら目を覚ましたみたいだぞ。門を叩いてる!」
ミッチェルは焦ってピアスを外すと、それは見る間に燃えるような剣になりました。
狭い部間の中で台座にざっくりと切りかかりましたが、魂の入ったガラスケースも台座も、丈夫で壊れそうにありません。こんなに伸びるのに、やはり石なのです。手がしびれてじんじんしました。
「ミッチ、どうする?」
「えーとえーと……! そうだ! サンダ、ノミって作れるか?」
「ノミ?」
「ほら、彫刻に使う道具だよ!」
「うーんと、」
サンダは耳から稲妻の形のピアスを外すと、手の中でパチパチ火花を散らしながら、金色のノミを作りだしました。
「こんなやつ?」
「おう!」
ミッチェルはサンダの手の中のノミを奪い取ると、ものすごい勢いで薔薇輝石の台座に打ちつけました。
すると、あれだけ何ともなかった石に、みるみる亀裂が入って、ケースごとポロリと取れてしまいました。
「すごい! 」
と、門のきしむ音がして、「侵入者だ!」という声が聞こえました。
「さあ、こっちだ!」
サンダは大喜びでノミを受け取ると、走って窓を開け、外へ飛び抜けました。
「受け取れ!」
ミッチェルが魂を投げ渡すと同時に、魂の間のドアが開き、ふたりの門番がすごい勢いで入ってきました。ミッチェルもあわてて窓を飛び出すと、猛スピードで逃げ出しました。
「やっぱ、竪琴の眠りは浅かったか!」
「音をたてたからだよ!!」
ふたりは背後に追っ手を感じながら、小さなつむじ風のように小道を抜け、路地を飛びました。追ってきた門番たちは、いつの間にか三人に増え、ぐんぐん迫ってきます。
祝祭の花火がはじけ、ちょうどシンクロナイズドフライングが始まったところのようで、夜の闇をにぎやかに照らし出していました。
橋のところまで来ると、ふたりはうなずきあって一気に急降下しました。その時、ちょうど打ち上がった巨大な花火に目がくらんで、門番たちは、ふたりの姿を見失ってしまいました。しばらくその場できょろきょろしたあと、彼らは三方に別れて飛んで行きました。
ミッチェルとサンダは、橋げたからそっと顔をのぞかせました。
「うまくいったみたいだな。」
「うん。でも魂って意外に重いんだな。腕がしびれちゃったよ。」
顔をしかめるサンダから、ミッチェルは魂を受け取りました。そして今度は反対方向の湖に向かって、翼を広げました。
それを見ている者がいるなんて、夢にも思わずに……。
アンジェロ・ジュスト 夏崎 @summerrmoono
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