第36話 入所

 地区予選を終えてから、初めての登校。

 下駄箱から上履きを取り出した俺は、書かれていたイタズラ書きに目を疑った。


 一つは「お前の小便、ドーピングコンソメスープ臭い!」

 これはいつもどおりだ。


 だがもう一つが、そうでない。


「県大会、頑張れよ」


 驚きである。俺への悪口ではなく、応援メッセージが書いてあるのだ。


 俺は上履きに履き替え、教室に入る。

 ――あれ? 花瓶が置いてない。


 イスを引いてみたが、なにも仕掛けられていないようだ。

 引き出しを引いてみた。未開封のカロリーフレンドが入っている。差し入れということだろうか?


 机には「バイオレンス陰キャ」やら「偽善ボランティアエンペラー」などの悪口が書かれているが、「目指せ県大会1位!」とか「カッコいい! ちゅき!」とか、俺に肯定的なことも書いてある。

 まあ、ありがたいっちゃありがたいのだが、机に書くんじゃなくて、普通に言って欲しいところである……。


 俺は静かに座り、朝の会が始まるのを待つ。

 すると、周囲のクラスメイトたちの話が耳に入ってきた。


「将吾のやつ、転校したってよ……」

「まあ、あんだけやらかしちまったら、いられないべ……」


 そうだ、今日から鬼頭将吾が復帰する予定だったんだ。

 だが、そうはならなかったらしい。

 あの程度のやらかしであれば、俺ならばまったく気にしないが、あいつはそうではなかったということか。繊細な男だな。



 その後桜子先生から、鬼頭が転校したという話を正式に聞かされる。


 そして1限目が終わり、休み時間。

 男子数名が俺の元へ来た。


「八神、お前気を付けた方がいいぜ?」

「将吾の奴、相当お前のこと恨んでるぞ」

「そうか……忠告に感謝する」


 俺のせいで、転校するはめになったと思い込んでいるのだろう。

 つまり奴は、まったく反省していないということだ。本当どこまでもガキな奴である。



 放課後となった。

 今日は部活が休みなので、教習所へ行き入所手続きを済ませる。

 興味などこれっぽっちもないバイクの免許を取らなくてはいけないとは。とほほ……。


「おう! ヌシは、いつぞやの2年じゃねえかのう!」


 この地に響く野太い声……まさか!?

 俺はハッと後ろを振り返る。


「極悪院先輩!?」

「がっはっはっ! まさか、ヌシが二輪に興味があるとは、思ってもいなかったわい!」


「俺も、先輩が通われていたとは思っていませんでした」


 当たり前のように、無免許で乗る姿しか想像つかない。


「ワシはもうすぐ卒業じゃあ! そしたら、これを買うけえのお!」


 極悪院先輩は、俺にバイクのカタログを見せてきた。

 オレンジ色をベースにした海外のバイクだ。なかなか中二心をくすぐる良いデザインをしている。


「へー、今のバイクって結構カッコいいですね」


 俺のバイクのイメージは、昔の暴走族が乗っているクソダサいものだったので、これにはとても驚いた。

 正直、ちょっとハートをつかまれてしまう。


「じゃろう! ヌシも頑張れよ! 免許取ったら、ワシとツーリングしようや!」


 絶対したくねえ! だが……。



[1、「はい! ぜひ行きましょう!」極悪院とツーリングに行く]

[2、「お断りじゃあ!」極悪院をボコす]



 2は完全に死亡エンドだ。

 極悪院先輩とのツーリングが決定してしまった。


「はい! ぜひ行きましょう!」

「がはははは! 良い心構えと返事じゃ! どれ、連絡先交換しようや!」


 したくねえ! しかし――以下略。



「じゃあのう颯真!」


 いきなり名前で呼ばれた。

 ちなみに極悪院先輩の名前は真雪まゆきだ。なんと美しく可愛らしい名前なのか。俺と同じくらい似合っていない。


 極悪院先輩は俺の肩を力強く叩くと、「モンチッチ」というMTの原付に乗って去って行った。

 あの巨体が小さなバイクに乗る姿は、サーカスのクマのようで可愛らしい。


 俺もチャリに乗り、教習所を出発した。今日は入所手続きのみで終了だ。


 教習所は倉庫や資材置き場しかないようなへんぴな場所にあるので、周囲にはほとんど人がいない。夜はとても不気味だろう。



 ブウウウウウウウウンッ!

 俺の背後から、けたたましいエンジン音が聞こえた。


 猛スピードで、黒塗りのワゴン車が突っ込んでくる。

 ああいう馬鹿には近づかないのが正解だ。俺は路側帯の端に寄った。


 ――が、ワゴン車も端に寄せてきた。


「おいおい……!」


 飲酒運転か!? このままだと轢かれる!

 俺はチャリから飛び降り、ドブの中に飛び込んだ。


 ガッシャーン!

 ワゴン車が俺のママチャリを撥ねる。


 そしてブレーキがかかり、ワゴン車が止まった。


「なにやってんだ馬鹿野郎!!!!」


 危うく死ぬところだった。俺は心底腹が立ち、思い切り怒鳴り付ける。

 ワゴン車のドアが開くと、4人の男たちが下りてきた。

 それで俺は察する。こいつ等は鬼頭の仲間に違いない。



「お前達は……!」


 男達の顔を見て、俺は驚いた。


「よお、久しぶりー。あん時はよくもやってくれたなあ……」


 男は警棒で手をトントンと叩きながら、ニヤニヤと笑いかけてくる。

 そう、こいつらは俺をカツアゲした不良たちだ……!


 他の3人も、木刀やナイフを手に持っており、かなり分が悪い。

 俺はすぐさま走り出し、スマホを取り出した。


「待てオラ八神ぃっ! ひまりがどうなってもいいのかぁ!?」



 なんだと……?

 俺は立ち止まり、ワゴン車に振り返る。


「スマホをしまえ! サツには絶対通報すんなよ! さもねえと……分かってんな……?」


 ワゴン車の中には、ガムテープで口を塞がれ涙を流しているひまりと、醜い笑みを浮かべている鬼頭がいた。

 奴は右手に持ったナイフをチラつかせる。



「1、鬼頭に従い、スマホをしまう(警察への通報不可)」

「2、ひまりに構わず、鬼頭達を倒す」



 クソが……! あんな悪人どもを有利にさせる選択肢を出しやがって……!

 俺は怒鳴りたくなるのを抑え、スマホをタッチすると、ポケットにしまった。

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