第20話 Side紫乃

 トントン。私の部屋のドアを誰かがノックしました。


「いいですよ」


 ガラッ。ひまりちゃんです。


「どうしたんですか、ひまりちゃん?」

「うん……ちょっとアンタに相談したいことがあって」


 ひまりちゃんが私に相談することは一つしかありません。恋愛相談です。


「最近気になるクラスメイトの話ですね?」

「うん、そう……い、いや違うわ! えっとね、八神の話!」


 本当馬鹿な姉です。

 ひまりちゃんが、陸上部のマネージャーになったのは知っています。最近気になるクラスメイト=先輩なのはバレバレです。先輩に教わっている時の態度や表情も、それを物語っていますし。


「……そうですか。で、先輩がどうしたんですか?」

「八神が好きな人って桜子だと思うんだけど、紫乃はどう思う? 本人も狙ってるって言ってたし……」


 へー、先輩が桜子ちゃんを……。

 ですが私は、先輩が好きなのは、ひまりちゃんだと思っています。


 吉田先輩から聞きましたが、クラスみんなの前で、ひまりちゃんが好きだと宣言したそうじゃないですか。

 そんなこと、よっぽど想いが強くないとできません。ひまりちゃんが一番愛されているのは間違いないはず。

 でもなんだかムカつくから、そのことは言わないでおきましょう。


「私もそう思います。桜子ちゃんのキスを何度も許していますし、他の女が付け入る隙はないと思いますよ?」

「そ、そうよね……でも、あのね! アタシ今日、八神に抱きしめられて『お前のことを大事に思っている!』って言われたの! それを聞いてどう思う?」


 は? マジで? 先輩、ひまりちゃんを抱きしめたの? 何それ? マジ、ムカつくんですけど……?


「それって本気なんですかねー? 冗談なんじゃないんですかー? ほら先輩って、ひねくれたとこありますしー?」

「あ、あはは……そうよね……まあ、八神のことなんて、どうでもいいんだけどね! んじゃ!」


 ひまりちゃんが部屋を出た後、私はため息をついた。

 私って本当性格悪い女だ。きっと先輩にも見抜かれている。だから、ひまりちゃんに負けたんだろう。あの子は純粋で良い子だから。



「あー、なんかイライラしてきました……!」


 私はドアを勢いよく開けて、冷蔵庫へ向かいます。

 イラつく時は、糖分補給に限りますね。


 私は最後のブッチンプリンを手に取りました。

 高いプリンよりも、このチープなプリンが一番好きです。お皿にブッチンしましょう。



「――おい紫乃、それ俺のだぞ?」


【黒鉄の武士】というゲームの筐体に座った先輩が、声をかけてきました。


 あのドデカいゲーム機は、先輩の家で唯一無事だった家財です。

 そして、なんとそれが2台あります。先輩の知り合いから、もう1台送られてきたのです。


 そのもう1台に、妹ちゃんが座っています。

 どうやら兄妹仲良く遊んでいるようです。私達姉妹とは大違いですね。



「ちょっと、やだやだ! 男がプリン食べるなんてマジキモいです! 本当ごめんなさい!」


 どうして私は、桜子ちゃんやひまりちゃんみたいに、素直になれないんでしょうか。

 こういう時は、可愛らしく「そう言わずに、私にくださいよぉ」とでも言えばいいのに。


「別にいいだろ、プリンくらい……っていうか紫乃、マジで食うなよ? 今俺はゲームでボコされて、めちゃくちゃイラついている。今すぐ脳に糖分を補給する必要があるんだ」


 まさか先輩も糖分を求めていたとは……。

 しかし、先輩は本当私に冷たいです。なんだか本気でイラッときてしまいました。


「私じゃなくて、ひまりちゃんだったら譲ってましたよね!?」

「YES I AM!」


 はあ!? そこは嘘でもいいから「そんなことはない」って言うところでしょうが!

 しかも、なんで英語で答えるんですか!


「もういいです! 先輩のキモい顔見たくないんで、部屋に戻ります!」

「おい、紫乃――」


 私は先輩を無視して、ブリブリと怒りながら部屋に戻りました。

 そして激しい自己嫌悪に襲われ、ベッドにもぐりこみます。


 はあ……なにやってんだろ私……? こんなヒステリックでウザい女、嫌われて当然じゃないですか……。

 ちょっとヤバいくらいブルーになってきました。薬飲もうかな?


 その時、ドアが静かにノックされました。


「な、なんですか?」

「俺だ。――紫乃、入るぞ?」


 え、先輩!? 何しに来たの!?

 私は慌てて起き上がり、ベッドを整えます。


「ど、どうぞ」


 ドアが開き、先輩が入って来ました。

 手に皿を持っており、その上にはブッチンしたプリンが乗っています。


「……紫乃、食うか?」


 私は思わず吹き出してしまいました。

 ちゃんとブッチンして持ってきてくれたことが、何だか面白くて……そして嬉しかったのです。


「ちょっと、やだやだ! 先輩、私のこと絶対好きですよね!? 女の子の部屋にズカズカ入って来たのが、マジでキモくて無理です! でもプリンをいただけたのは、すごく嬉しいです!」

「ふふっ、もっと素直に喜べよ」


 またやってしまったと思ったが、先輩は微笑んでくれました。この人はやっぱり優しいです。

 それに甘えているから、私はこんな態度をとってしまうんでしょうか? 他の人には、こんなこと絶対言わないのですが……。



「くそっ……ここでかよ……」


 先輩が苦虫を噛み潰したような顔でそうつぶやきました。――一体どうしたんでしょうか?


 先輩がスプーンでプリンをすくいました。――え? まさか?


「ほら、紫乃……あーんだ」


 えー!? 嘘ですよね!? まさか、先輩からあーんしてくれるなんて!

 どうしよ!? ちょー、ドキドキします!


「あはははは! ちょっと、やだやだ! 先輩マジ、キモいです! もっと自分のキャラをわきまえてくださいね!」


 またやってしまいました……。

 本当自分が嫌になってきます。いつから私は、こんな可愛くない女になってしまったんでしょうか?

 やっぱり、父に人生を束縛されてからですかね……。


「黙れ。いいから口を開けろ」

「あ……はい……」


 冷たい眼と口調に、思わずドキリとしてしまいました。


 先輩のこういうところ、本当卑怯です……!

 普段はとっても優しい癖に、急にオラオラ系になる時があるんです。この前の壁ドンもそうでした。

 このギャップに私はとっても弱いんです。


「もっと開けろ。俺に口の中を見せるようにな」


 い、いや……。

 先輩がむりやり私の口をこじ開けてきました。しかも口の中をのぞいてきます。

 まるで見られたらマズいとこを見られているようで、とっても恥ずかしいです……。


「じゃあ、ほれ」


 先輩が、私の口の中にスプーンを入れてきます。

 なんだか、とってもいやらしいです……。そんな風に感じてしまうのは、私だけなのでしょうか? だとしたら、私はエッチな女なのかもしれません……。


「美味いか、紫乃?」

「はい……」


 私はこくりとうなずきました。


 ああー、どうしよ……! 多分、今顔真っ赤です。恥ずかしすぎます。

 正直、プリンの味なんてまったく分かりません。


「先輩……恥ずかしいんで、あとは自分で食べます……」

「駄目だ。全部あーんで食べさせなくてはならないんだ」


 なぜ? 誰かにそう命令されているかのような口ぶりです。

 でも、先輩にそう言われてしまっては、もう逆らうことはできません。

 彼に従うのみです。


「ごめんな紫乃」

「いえ、いいんです。……じゃあ、あーん」


 私は自ら口を開けます。

 プリンが舌の上に乗せられました。今日のブッチンプリンはいつになく甘いです。


「俺の目を見ながら食べろ」


 ……え? なんで……?

 そう思いながらも、先輩の目を見てしまいます。


 あ、これ……ちょっとありかもしれません……。

 とっても支配されている感じがします……。


「マジですまんな紫乃」

「大丈夫です……」



 その後も先輩は変な要求を繰り返しながら、私にプリンを食べさせてきました。


「よし、完食だ。色々と悪かったな紫乃」

「いえ……また来てくださいね?」


 良かった。やっと素直になれました。

 散々恥ずかしい目に遭わされたせいかもしれません。

 もしかして先輩は、私を素直な女に矯正しようとして、あんな変態行為をおこなったのでしょうか?


「お、おう……」


 先輩が微妙な表情で部屋から去ったのを見届けると、私はベッドの上に寝転びました。


「ふう……今日は一気に大人の階段を駆け上がってしまいました……」


 私は自分の胸に手を当てます。

 まだ心臓の鼓動が速いです。


 その時、ふと気が付きました。


「……あ、私、ひまりちゃんを抜かしちゃったかも」


 私は天井を見ながら、ニヤリと笑いました。


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八神兄妹と瑠璃川三姉妹の秘密⑤ 血液型編


颯真:AB

紬 :AB


桜子 :O

ひまり:B

紫乃 :A

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