第81話 聖女と真夜中の訪問者②

「もっとおしゃべりをしていたいところだが、そろそろ本題に入ろうか。

 五日後に今年最後の園遊会が開かれるのだが、君もそれに参加する事になっている。君にはそこで声を上げてもらう事になる」

「あ、はい。拐われてきたんですと主張すればいいんですね」


 影からくる連絡の筈が、陛下から言付かって慌てて背筋を正す。


「そう。その場はきっと騒ぎになって君は下がらされる事になると思うけど、下がると同時に影が接触して逃す手筈だ」

「承知いたしました。陛下は同じタイミングで離脱すると伺っておりますが」

「私は君が逃げた騒ぎに乗じて脱出する予定だよ」


 心配してくれてありがとうと言う陛下に、とんでもないと頭を下げる。

 それからそうだと思い出し、ミスリルで出来た鎖帷子を生み出す。


「これは、『切る』加護持ちでも切断出来なかったものです」


 布状にしたものは複数回で切れてしまったがこれに関しては、耐え切ったと後で聞いた。


「服の下に着込めないでしょうか?」


 目の前で生み出された銀色の、淡く青に輝くそれにそっと手を伸ばす陛下。そしてそのまま触れる事なく手を引き戻した。


「……残念ながら私の私物は全て管理されているのだ。気持ちだけ受け取っておくよ」


 ……ダメか。見知らぬものを置いて警戒されるわけにもいかないもんな……


「申し訳ありません」

「気にすることはない。君は自分の事だけを考えていなさい。実際私よりも君の方が危険なのだから」


 それはまぁ、私が逃げた混乱に乗じて陛下を退避させるんだったら、あぁ私囮役ですねってわかりますけど……ぶっちゃけ兄がいてくれるのでそこまで心配していないのだ。身を守る事だけに関して言えば、私も兄もグレイグには絶対負けないし、なんなら私はあの天才レンジェルの魔法にも耐え切る自信がある。


「それはどうしようか。隠しておけるかい?」

「あ、はい。それは大丈夫です」

「そう。ならよかった」


 最後まで優し気な顔のまま陛下はもう遅いから失礼するよと、壁に消えていった。


 とても穏やかな優しい人柄だったなぁと眺めていると、防音魔法を何かが通過する感触がした。


「用が済んだなら早く魔法を消せ。バレる可能性は低いが念のためだ」

 

 絞ったランプを片手に寝室に入ってきた兄にびっくりしたが言う通り魔法を消す。


 防音魔法は物質を阻むものでは無いので入ってくる事は出来ると言えば出来るが、普通は空気の層に抵抗がある。向かい風を突き抜ける程度なのだが髪も乱れた様子がないことからして、同じように空気を纏ったのだなと予想。


「王か」


 何故わかる。しかも陛下が出てきた壁の方を見てるし。


「何かされたか?」

「ううん何も。王弟殿下を頼むって。あと、五日後の園遊会で声を上げるように影からの言伝ももらった」

「予想通りだな。それは?」

「護身用に加護で作ったんだけど、私物は管理されてるからって受け取ってもらえなかった。これ『切る』加護持ちでも破壊できなかった代物なんだけどね……」


 兄は私が持っていた鎖帷子を持ち上げた。


「まぁたお前は変わったもの作ったな?」

「いやいや、これ作れるようになったのは自分の加護が『生じる』だと気づいてからだから。前は植物しか生やさなかったじゃない」

「じゃなくて拡大鏡を進化させた奴とか、溜池とか、肥料生成とか、いろいろ作っただろ。加護に関係なくその突飛な発想の事を言ってんだよ」 


 サイドテーブルにランプを置いて、鎖帷子を両手で広げる兄。


 そんなに変なものでも無いと思うのだが……拡大鏡はともかく、他は必要に迫られて作ったものだ。うちの領地貧乏だから男手が他に働きに出たりしちゃって大変だからどうにか生活を豊かに出来ないものかと。


「確かに……これを着こめば護身には有益だろうな」

「視えるの?」

「金属で出来てるのはわかるがどんな金属なのかはわからん。大抵は見分けられる自信があったんだけどな」


 プライドが損なわれたのかジロッと見下ろされた。


「強度的には鋼以上。十倍以上の強度があるぞ。なんなんだ」

「えー……っと」


 ミスリルなんて金属は私のイメージの産物なので説明できない。


「とりあえずとても強度のある金属として作ってみました」

「よくそんな曖昧なもんで出来たな……」


 感嘆とも馬鹿にしているとも取れそうなため息交じりの声音で言われた。

 そりゃ前世のイメージがなければ出来なかったと私も思うけど。


「まぁいい。これをなんだ? 王に渡したいんだな?」

「そうだけど無理だから――」

「その五日後の園遊会の時限定なら可能かもしれないぞ」

「……そんな事出来るの?」


 懐疑的な視線を送れば、顎を逸らして得意げに兄は笑った。


「俺、優秀な侍女で通ってるし?」

「……。よろしくお願いいたします」


 伏してお願い申し上げると、兄は仕方がねぇなぁと偉そうにふんぞり返って請け負ってくれた。

 ここに来てから本当に兄が輝いて見える。普段は家に戻らなくて母を嘆かせている放蕩息子なのに。


「それにしてもお前に王を敬う精神があるとはね」

「どういう意味ですかね? 一応私だって貴族の端くれって意識はあるけども?」

「てっきり上の人間すぎてピンと来ないかと思ったんだよ。目の前に現れても身の安全を心配するとかいう前に現実味が無くて雲の上にいる物体とか思うだろ? お前なら」


 あぁそういう……。確かに。兄の言う通りシャルのお兄さんだと思わなければ、陛下なんて別次元の生物だと認識していただろう。

 日本でだって、総理大臣とか天皇陛下とかその辺の人が実在するのはわかっているけど会っても遠い世界の人だと思うのが一般人というものだ。


「ピンとは来てないけど、王弟殿下のお兄さんだと思ったら心配になったっていうか……なんていうか、親戚の人を心配する感じ?」


 親戚って、と吹き出す兄。


「まぁ確かに? 親戚は親戚だな。実にお前らしい」

「所詮私は庶民に近い人間ですからね。そんなもんですよ」


 忠義の心だとか忠誠心だとかそんなものは持ち合わせておりませんて。

 生憎前世は平和な日本人。今世はド田舎の貧乏貴族。どこにそんなものが生まれる要素があるんだ。


「そんな拗ねるなよ。貶してるわけじゃなくてらしいって言ってるだけだろー?」

「ちょ」


 ぐりぐりと頭を撫で繰り回してくる兄から逃れ、ぼさぼさになった髪を整える。


「さーて……いろいろ急がないとだな……」

「前に調べるとかって言ってた奴? ラーマルナの」

「それもだし、他にもちょっとな。

 なに、お前は問題なく逃がしてやるから心配するな」

「あぁうん、ありがとう。それは嬉しいけど兄さんもちゃんと逃げれるよね?」


 ふと心配になり見上げれば、またしても頭をかき混ぜられた。


「俺の心配するなんざ百年早いんだよ、ばーか」


 もう寝ろと言って、兄は足早にランプを持って部屋を出て行ってしまった。


 ……もう一着作っとくか。


 いや、自分用にももう二着?

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