第68話 聖女と夜半の会話②
「私が綺麗だと言ったのは、何て言うんですかね……自分を磨いて綺麗に見せようと努力している人の美しさって言うんですかね……。正直、私は自分を磨いたりだとか着飾ったりだとか、そういう事が得意ではないので」
元々の土台が違うからとかそういう事ではなくて、手の内にある札で頑張って綺麗に見せようとする姿勢というのだろうか。それがすごく綺麗に見えたのだ。やや痩せ気味で無理に胸を盛っていたのはちょっと痛々しかったが。
「努力が出来る人って、多少性根が曲がっていても方向性さえ叩き直せばなんとかなったりするじゃないですか。だから、まだ若いんだから一回ぐらいは見逃して貰えないかなぁって。狙いが自分だったから言えるんですけどね」
これが狙いが王弟殿下とか辺境伯様とかネセリス様とかだったら、私も助けようとしたかちょっとわからない。やっぱり安全を第一に考えてしまうと思う。こう言っては悲しいが、現実問題として私の命と彼らの命では掛かっている重みが違うのだ。
「自分だったから許したのか?」
訳がわからないという顔をする王弟殿下に肩を竦めて見せる。
「いくら聖女といっても所詮張りぼてですからね。いなくなっても影響は少ないですよ」
笑って言ったらぐっとマッサージしていた腕に力が入った。
「そういう事を言うな」
怒気を孕んだ声だったのに、顔を上げたらひどく悲しそうな顔をしていたのでちょっと焦る。
「あ……いえ。別にそんな死んでもいいとか、そういう事を考えているわけではないですよ。正直
「――は? グレイグから?」
悲壮な顔が一転してぽかんとした顔になった。
「グレイグって、あのグレイグか?」
「うちの隣領のご出身で幼馴染のグレイグ様ですね。私を荷物のように運んでくださりやがって肋骨を折りやがった」
「……本当にあのグレイグから?」
「まともな手合わせではございませんでしたが、一本は一本です」
うちの両親心配性で、兄が剣を習うついでに私に護身術と言う名の戦闘技術を学ばせたのだ。魔法も相まってうちの領では自警団にも余裕で勝てるぐらいに私は腕が立つ。おかげさまで領内ではお転婆お嬢様と言われている始末。
ただ、魔法でならともかく真剣を持った実戦の経験はなく実際に人を切った事はないのだが、その辺の事は言わなくてもいいだろう。
「……それは、予想外だな。グレイグはあれで騎士団の五指に入る剛の者だぞ」
力が抜けた腕に再び指を滑らせる。
「最近は机仕事ばかりで動いていないので鈍っていると思いますけどね」
「あいつの剣を受けれるのなら大したものだ」
「いえまともには受けれませんよ。馬鹿力過ぎて受けた剣ごと叩き切られます。避けるか流すかしないと無理です」
そう言うとマッサージしていた手を取られて腕を触られた。
「確かに……この腕だと無理か」
むにむにと揉んで筋肉の付き具合を確認しながら真面目な顔をして言う王弟殿下。
はいはいそうでしょうともと流して、肉を揉むんじゃないとぺいっとその手を振り払いもう片方の腕のマッサージに入る。私だってぜい肉を掴まれる事に恥じらいを覚えるぐらいの感性は持ち合わせているんですよ。
「……剣を使えるのを黙っていたのは何か理由があるのか?」
何故か恐る恐る訊いてくる殿下に首を横に振る。
別にちょっと恥ずかしいだけで、肉掴まれたぐらいで怒りませんよ。失敬な。
「いえ。話す機会が無かっただけですよ。使えると言っても持久力もありませんし、本業の方に比べれば何程でもありませんから。どちらかというと私の護身術は魔法主体ですからね。
それにこの見た目で剣を使えますと言っても信用されない事の方が多いですし、よしんば信用されてもだからどうだって話ですよ。良くてお転婆ですねで、悪くて山猿とかそんな感じに言われるだけです」
「そ、そうか……」
私が怒っていないのがわかったのか、ほっとしたような顔をする殿下にこの人三十の癖に子供っぽいところがあるよなと眺める。
「な、なんだ?」
じっと見ていると動揺した様子で狼狽える殿下に、人前での堂々とした姿との落差が酷くて内心笑ってしまう。
「いいえ。なんでも――あぁ、いえ。
その、ちゃんと言っていなかったですけど、すみませんでした」
「なにがだ?」
「無理やり地下牢に引っ張って行った事です。事情を知らなかったとはいえ、殿下相手にしていい事ではありませんでした」
上腕から順番に流していき、手のひらを両手の小指と薬指で挟んで広げて指圧した後にぐいーっと手首の方へと親指で流す。
「それは――もういい。私も悪かった。どうしても過去の事がちらついて感情的になってしまった」
いやいや。感情的と言うが、はっきりと怒った様子を見せたのは最初の一度きりだ。あとはずっと自分の中で消化しようとしていたのだと思う。
「怒って頂いて良かったんですよ。馬鹿とか間抜けとか、阿呆とか、兄にはよく言われてましたし。言われてもへこたれませんから」
いろいろ大変なのだろうに、私の事でもため込んで欲しくなくて言えばくすりと笑われた。
「怒って良かったのか」
「恫喝はきついですけど、普通に罵倒するぐらいなら全然。口喧嘩、負ける気はないですけどね」
茶化して言えば、今度ははっきりと口を笑いの形に変えてくしゃりと目元を緩めた。
「リーンは強いなぁ……」
「普通ですよ普通」
「そうか? ディートハルトやデリアは例外として、私にここまで言ってくる相手はそうはいないぞ」
「そりゃ名目上妻ですから?」
「違いない」
くくくと笑う殿下。笑い上戸か。
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