第74話 聖女(撒き餌)はドナドナされる⑤

「兄さんも相変わらず言葉を選ばないねぇ……」


 さらっと妹にそんな事を訊く兄ってどうなんだ。あと言い方。

 少なくとも前世ではなかったぞ。姉妹ではしたけどな猥談。


「その反応って事はまだか~。王弟って据え膳喰わないタイプ? それとも辺境伯がなんか企んでる?」


 私の非難にちらとも気づかず――否、ちらとも気にせず身を乗り出して訊いてくる兄。


「……後者に関してはよくわからないけど」

「前者は当たりか~。娼館渡り歩いてるって話だけど噂も当てにならんなぁ~」


 ……だから兄よ。一応名目上でも妻の前でそれはどうなんだと思うのだが。

 あの真面目人間が娼館渡り歩くとか想像つかないし……いや、案外そういうもんか?見た目と性欲なんて関連性はないわけだし、性格が真面目だとしてもむっつりとかもあるしな。


「そういう事ならまぁ俺が視たって事で医者は防いでやるよ」

「え。そんな事見れるの?」

「俺ぐらいになればな。実力も証明してるし、そこんとこは信用されてるから心配するな」

「兄さん……あなたは神か」


 まさかの診察回避に、もう神でも仏でもなんでもいい。ありがたやーと拝む。


「あとは王子の方だな……。本人はクソでアホだから手付きとくれば絶対拒否するだろうが、王妃が画策してくるか……まぁ、暫く弄んでやるかなぁ」


 クソでアホな王子って……。兄もそう言うって事はよっぽどでは。心の底から会いたくないな。

 だけど兄よ、それはそれとして弄ぶって何だ。

 そう思うも嫣然と笑う兄が美し過ぎてつっこめない。


「えーっと、こっちも合図があったら『私拐われてきたんです!王弟殿下の妻なんです!婚姻の証もあります!』って言ってとんずらこく予定なのよ。その後に辺境伯様が鬨の声を上げるって流れで」


 強引に話を戻せばハイハイと兄は軽く頷いた。


「あぁまぁ辺境伯が黙ったままじゃないってのは想像ついてたさ。おあつらえ向きに園遊会を控えているから合図があるとすればその辺だろ。その前に強硬手段取られないようにって事だ」

「あぁうん。母さんに注意は受けてたから一応対策は考えてる」

「ほほう? どんな?」

「眠らせるか、電撃で落とす」

「うん?」


 首を傾げる兄に、私は手のひらを前に出して軽く電撃を発生させた。


バチッ


 一瞬の火花が散って、兄は目をぱちくりとさせた。なにしても様になるな。


「火魔法?」

「ううん。これ魔法じゃなくて加護の方の力。雷ってわかる? 雨凄い時にぴかっと光って音がするアレ」

「わかるけど……あれなのか?」

「規模は小さいけどね。私の加護って『生える』じゃなかったみたいで、結構いろいろ出来るんだよ」

「あぁお前『生じる』だもんな。なるほどな」

「うん、だから雷も生じさせられるし、眠りにつかせる物質も空気中に………待って。何で私の加護が『生じる』だって知ってるの?」


 私つい最近知ったばかりなんだけどと、兄の顔を見れば兄はケロッとした顔で言った。


「父上殿も母上殿も知ってるぞ」

「……ってことは、父さんは私の加護を見誤ったってわけじゃないんだ?」

「当たり前だろ。父上殿は『視る』加護だぞ。簡易の『見る』ならまだしも、俺より加護の扱いが長けてるのにそんな間違いするかよ」


 当たり前だろって……知らなかったんですが。うちの父、『視る』だったのか……となると兄も『視る』なのか?

 それじゃあ兄と父は優秀と言われる『視る』だけじゃなくてその上で二つめの加護を持ってるっていうとんでもない話だったわけだ。


「お前がいろいろやらかすから、そのまま伝えたら何をしでかすかわからないって母上殿が『生える』にするように言ったんだよ。それでもお前やらかしてたけどな。何だよハゲの女神って。聞いた瞬間爆笑しそうになったわ」


 うぁ……兄にバレてる。という事は直に母にもバレるのか……うわぁ……


 母に呆れられる未来を幻視して頭を抱えてしまう。


「あ、父上殿がうちの家宝をお前に渡したらしいけど、今持ってるか?」

「えあ? あぁ……うん。ずっと首にかけてたから持ってるけど」


 服の下から鎖を引いてペンダントトップのカメオを出せば、兄は少し表情を和らげた。


「それ絶対に手放すなよ」

「え?」

「手放したら父上殿が泣くぞ」

「……あぁ……うん。わかった」


 娘に託したものを手放されたら、確かにあの父は泣くかもしれない。

 特に手放すつもりはないが、見咎められて取られないようにしないとだな。


「他に父上殿は何か言ってたか?」

「え? あー……まぁ困ったことがあれば言うようにって言ってたけど……」


 はははと笑うと、兄は額に手を当ててため息をついた。だよな。あの父に何を言えとって奴だよな。


「あのていでそれ言ってどうするよ……あーいいわ。父上殿はほっとこう。

 予定では、数日は俺の手腕でお前を懐柔する事になってるからその間に体調を整えろよ」

「了解。……手腕って何」

「何ってお前、俺相手にほだされない相手がいるとでも?」


 自信満々に言い切る兄に、なんとも言えない気持ちになる。

 同姓でもちょっとくらっときそうな妖しい色香があるのだ。どうやって潜り込んできたのかなんとなくわかって、それで抜擢されたんだなと納得した。

 普通拐われてきた人間がほだされるなんてあり得ないからな。向こうとしても可能性のありそうな兄を抜擢したのは苦肉の策だろう。


 しかし母に頼まれたからといって女装して乗り込むとは我が兄ながら根性がすごい。母の逞しい精神を立派に引き継いだのだろう。


 感心している間にも馬車は匂いの酷い街中を進みカーテンの隙間から王宮が覗くところまでとやってきた。


 不意に兄の表情が冷え冷えとしたものに変わり、防音が解かれたと思ったら、御者台との仕切りがノックされた。


「はい。承知いたしました。予定位通りに」


 兄が耳を寄せて向こうに冷めた声音で返す。


 なるほど、こういう感じの人間として潜り込んでいるのかと観察しつつ、こちらも表情をキリっと引き締める。

 兄とは心理的に壁があるように口を真一文字に引きむずび、視線を合わせないように下に設定しておく。


 兄は私の様子を確認すると一つ頷いて口元を釣り上げた。



 よろしい。その調子でやれよ。



 そう聞こえた気がする。


 ……正直なところ、兄がいて物凄く心強い。ずっと緊張して強張っていた心が一瞬で解けて胸を占めていた恐怖が薄れた。

 いくら辺境伯家の影がついていると自分に言い聞かせても、彼らはあくまでも辺境伯家の人間なので私の味方ではないのだ。


 ほんと、危険なのに妹がピンチだからってこんなとこに来てくれるなんてありがたい。


 そうして馬車が止まり、私は王宮へと戻ってきた。

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