第55話 聖女は家族と再会――からの尋問もどき①

 あの後「私の手を取れば――」あたりから防音用風魔法を解いていたら、辺境伯様に溜息をつかれた。あまり内情を暴露しないようにと。


 内情云々言われるような部分は聞かせてないのに何故?と思ったら、せっかく聞こえないようにしたのに全部口を読まれておおよそ話がバレていた事が発覚。

 幸いなのは王弟殿下が読唇術を使えなかった事だろう。危ない危ない。煽るためとはいえわりと酷い事を言ってしまったからな。


 ひとまず彼女は健康面で異常がないか精査する必要があるので医務室へと連れていかれる事になったが、それはレティーナとティルナが引き受けてくれた。それなら何か事を起こそうと思っていたとしても即座に反応出来るだろう。


 目的が達成できたとほっとして肩の力が抜け部屋に戻ると、そこにはなんと父と母がいた。

 予定に無かった事にびっくりしてマントを脱いだ王弟殿下を振り仰いだら「ごたごたしたが挨拶しないといけないだろ」と囁かれた。なるほど?と首を捻りつつ私の生家と王弟殿下のご挨拶の場となった。


「挨拶が遅くなり申し訳ありません」


 王弟殿下にエスコートされて居室に入りテーブルとソファーの前につくと、今日も相変わらず御伽の国から出てきたような母がアワアワしている父を立たせ、上背はあるものの見事に育ったたわわな横っ腹を肘でどついた。


「い、いいいえっ! トん、とんでも、ございません!

 む、娘を保護、していた、いただいた、だけでなく、お、恐れ多くも王弟殿下の、伴侶にしていただけるなど、み、身に余る光栄で、ございます」


 ひっくり返った声で噛みまくる父。


 その姿はいつものカツラを被ったロココな正装ではなく、辺境伯家風のスレンダーな(あくまでも身体の大きさに合ったという意味で)服装を着こんでおり余計にその腹がたっぷりしているのがなんとも………残念な出来栄えで。………もはや袴の方が似合うのではとか考えてみたり。

 隣の母が普通に落ち着いた渋い色合いの緋色のAラインのドレスを着こなしているものだから余計に落差が酷い。


 王弟殿下におかけくださいと丁寧に言われて、おっかなびっくり浅くソファに腰かけているのがもう……恥ずかしいぐらいにおろおろしているのが丸わかりで……こんな事になってごめんよ父。

 

「改めて挨拶を。

 リシャール・エモニエ・フォン・レリレウスだ。突然断りもなくご息女を伴侶にしたこと、許していただきたい」

「おあ!? っだ! あ、は、はい。いや、あ、あたまをお上げください!」


 王弟殿下が頭を下げたものだから素っ頓狂な声を出した父に、横に座った母の膝が微かに動いた。たぶん、ドレスの裾の下で足を踏んづけたものと思われる。

 さらに素早く左手が動いたのは、早く挨拶をしろと背中を叩いたのだろう。


「あ、え、ええと、ベ、ベルマン・ジェンスでございます。こちらは妻のカリーナでございます。

 ええ……と、ですね。私どもといたしましては、ですね。娘を大事にしていただければ、それで、はい、ええ」



 あー……。



 しどろもどろになる父に、天を仰ぎそうになった。


 ……この父、言ったな。


 辺境伯様に恐れ多くも「娘が頷くならば」って、ホントに言ったな。


 今確信した。


 父の横で微笑みを絶やさずにいる母の頬が僅かに震えたのが見えた。引き攣ったんだな、あれは。たぶん母と私の気持ちは一致していると思う。

 父、言い方ってものがあるだろうよ。そのまま言ってどうする。


「私に出来る限り、リーンスノー嬢を守る事を誓おう」


 だが王弟殿下はそんな父に生真面目に返していた。守り切ると断言しないあたりがこの人の真面目さがにじみ出ているところだろう。形式的なものなのだからそこは言ってしまってもいいだろうにと思うのだが、内心苦笑。

 母もちょっと驚いたような顔をして私を見た。



 あなた、本当に一目惚れされたの?


 いやいや、打算だよ。


 そうよね? この方、王族のくせにお人好しなの?


 あー、そうかも?



 と、一瞬の視線のやり取りで意志疎通を交わす。伊達に十何年も親子してないからな。というかさすが母、一目惚れではないと何も言わずとも理解している様子。父は……うん、夢を見ていてもらっていた方が精神衛生上いいかなぁ……と。


「よ、よかったなぁリーン……お前いっつも野山を駆け回って怪しげな木の実やら草やら取ってきてこねくり回していたのにこんな、こんな立派な方に見初められるなんってっ!」


 生真面目な殿下にうるっとして言わなくてもいい事を漏らし始めた父に、再び母の足踏みが発動したようだ。


 その後も拙いながら言葉を交わした父と王弟殿下だったが、父は横の母につねられたり踏まれたりドつかれたりしながらなんとかご挨拶を終えたのだった。


 王弟殿下はせっかく両親と会えたのだからと自ら席を立ち、私達三人だけになるようにアデリーナさんも引き上げさせて部屋を出た。

 とても気遣いのできる人である。


「で、リーン。どういう事?」


 それまで一言も発さなかった母が氷点下の声音で言った。

 反射的にぴっと背筋が伸びる。


 前世で母よりも年上だったとはいえ、この御伽噺の世界から出てきたような顔の母にすごまれたらね。怖いのだ。これはもう生存本能的なものではないかと自分では考えている。人はあまりにも美しいものを見ると畏怖を抱くという(私談)。


「何故王都で官吏をしている筈のあなたがこの辺境伯領で王弟殿下と一目惚れをするというような訳の分からない話になるのかしら。しかも何故か私は危篤状態になって看病で疲れて倒れた貴女が保護されるとか無理やりな話まで作られて」

「えー……と」


 ノンブレス気味の母に、言葉が出てこない。


 さすがに本当の事は言えない――よな?

 言ったら両親は辺境伯様から今以上に監視される事になるだろうし……未だに向こうに私の詳しい情報が流出してないって事は情報を小出しにしたいんだろうから、少なくとも腕一本生やした事は両親といえど言わない方がいいだろうし………しかし……母をだまくらかすのは至難の業だし……あぁ前もって教えてもらっていたら言い訳を考えていたのだが……


 妖精様からの圧が辺境伯様なんて屁でもないぐらいにあって視線が泳ぐ。

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