第54話 聖女のお披露目⑪

 いきなりフランクになった私に、彼女は警戒も顕わな顔で、だけどにじり寄るようにじりじりと鉄格子に近づいてきた。

 私はそっと風の魔法を使って周囲に空気の壁を作り話を続ける。


「『震える』の加護だと、物を震わせる事が出来るのよね?」


 声量を下げ尋ねれば、警戒したままの顔で彼女は答えた。


「……そうよ……それだけよ」

「じゃあ相当頑張れば地面を震わせる事も出来るんじゃない?」

「――——は?」


 要するに地震だ。この国に生まれてこの方一度も地震を経験していないので、震度が低かろうが揺れれば大騒動となろう。被害を出すほどでなくとも、十分攪乱に使える。


「でも地震だと平和時の利用は難しいか。大規模な戦闘には使えるかもしれないけど、娘さんに使わせるようなものじゃないしなぁ。

 じゃあ水分子を震わせて熱を持たせるのは? 人間電子レンジとか画期的だわ。あなた水分あれば何でも温められるわよ」

「あ、あたため?」

「あと震わすだから音系もその範疇に入ると思うんだけど、使っていて何か気づいた事とかない? 高周波とか使えるならマッサージとかに流用出来るかも」

「え、え――音、音?」

「魔法の練習はしてるのよね?」

「し、してるわよ。貴族ですもの。それが務めよ」


 混乱気味だったのに、ツンと顎を逸らして胸を張る彼女。

 映像でも小さな頃から努力している様子は見えた。伯爵家の娘として恥ずかしくないようにという思いで必死にあがいていた。

 化粧の剥げた酷い顔なのに、その横顔には貴族令嬢としての気高さが見えるようで。


「思うんだけど、それだけ努力してるのに報われないって腹が立たない?」

「腹ってあなた……辺境伯家に養子入りしたのに言葉遣い」


 いい加減フランク過ぎたのか、呆れた顔でそんな指摘をしてくる彼女は根が真面目なのだろう。王弟殿下とどっちが真面目かな。


「あら。たかだか数日で直るわけないじゃない。

 私の事よりあなたよ。魔法だけじゃない、その身体だって相当努力したんでしょ? 薬のせいで痩せてしまったのかもしれないけど出てるとこは出てひっこんでるとこはひっこんでるし、礼儀作法は私なんかよりよっぽど堂に入ってるし、魅力の見せ方なんかは足元にも及ばないわ」

「あ、あたりまえよ……幼い頃から厳しく躾けられたんだから……男爵家のあなたなんかと比べないでくださる?」


 ちょっと頬を染めて視線を彷徨わせるのはどれだけ酷い姿であっても可愛らしいと思う。きつめの顔立ちだけどもともと綺麗な顔をしているしね。


「ね。だから腹が立たない? それだけ努力してきたあなたを踏みにじった奴がいるのよ?」

「………」

「それに、あなた本気で殿下に恋してるの? あの殿下よ? 不良物件の塊よ?」

「ふ、不良物件って不敬よ!」

「いやだってそうでしょ。あの歳まで結婚できないってこの貴族社会では相当でしょ?」


 実際のところは事を成した時、王妃となる人物のため保留にしているのだと思われるがそんな事は言わない。


「それは! 殿下が悪いのではなく、上層部がいがみあっているからその影響で独り身を通しておられるのよ!」


 あ、その辺は察していたのか。


「だから不良物件なんじゃない。そんな上位貴族同士の争いに入っていく価値がある? あなたほどの美貌と努力を重ねてきた人が。もっとあなたを大事にしてあなたの価値を理解してくれる人がいるわよ」

「そ、そんな人——」

「いないと何故言い切れるの?」


 彼女は私の言葉に声を失った。

 口元は何かを言おうとしていたが、途切れた言葉の続きが出てくる事はなかった。


「そもそも私と殿下が婚姻を結んだのも打算まみれよ」

「え」


 あどけないともいえる程戸惑った顔を見せる彼女に、苦笑がこぼれる。


「一目惚れって本気で信じてるの?」

「え、え、だって」

「あなたがさっき言った上層部のいさかい、その延長よ。私の加護の力を取られないようにってただそれだけ。どう? 羨ましい?」

「そ……んな筈。だって、あの殿下があんな顔で笑ってらして、あんな、あんな自然なお姿で……触れて……見た事がなくて……」

「あれ全部地獄の特訓の成果よ。そりゃもう厳しい訓練だったわ。殿下の精神死にかけてたもの」

「しにかけ……」

「社交辞令一つ満足に言えないってぼろくそに言われてずたぼろだったわよ」

「ぼろ………ずた……」


 まるで着ぐるみマスコットの中身がおっさんである事を知ってしまった幼い子供のような顔をする御令嬢。純粋培養か。


「で、どうなのよ。打算まみれ愛なんて一つもない、いさかい事だけは山積みな殿下と結婚したい? 結婚しても顧みられる事はなく、ただお飾りの妻として周囲の思惑に翻弄されて下手をすれば捨て駒にされるかもしれないわね」

「それは――————それは、嫌かも」


 畳みかけると、とうとう彼女はそれを口にした。これまで彼女を奮い立たせてきた動機の一つとも言えるものを、手放した。

 思わずにんまりしそうになる顔を抑えて微笑みを浮かべる。


「ドロシー・ハーバード様。私達、今なら手を組めると思いません?」

「は?」

「今あなたは崖っぷちです。残念ながら薬で意志を操作されていたとはいえ、殺害未遂を無かった事には出来ません。ハーバード家も何事もなく――とはいかないでしょう。このままなら家は没落、貴女は最悪縛り首か温情で貴族籍をはく奪されて野に放たれるか……」


 実際のところ辺境伯様がどんな対応をするのかわからないので適当極まりないが、ここで頷いてもらわないと本当に彼女がどんな目に合わされるのかわからないので精一杯脅す。


「でも今私の手を取れば、あなたは力を得てあなたを陥れた相手に仕返しをしてやることだってできるかもしれません」

「仕返し……」

「伯爵家の御令嬢ともあろうお方が黙って泣き寝入りなさるんですか?」


 フッと鼻で笑ってやれば、キッと鋭い目で睨みつけられた。


「……いいですわ。そこまで言うならあなたの手を取って差し上げます」

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