第41話 聖女(軟禁)に軟禁仲間が出来る⑫
微妙な空気が漂うところにアデリーナさんが戻り首を傾げられた。
昼食はそんな微妙な空気のままいただいて、今度は加護の訓練のために協力してくれる人が来て、早々に訓練開始となった。
尚、この訓練にあたり辺境伯様から魔力が枯渇するようなら二度までの魔力回復薬は使用可だが、それ以上となるならばどのような状況であれ即刻治療を中止するようにと伝言をいただいた。
どのような状況であれ、というのはアレだ。生えかけのグロい状態でも、という事を示唆しているものと思われる。やはりこの訓練が被験者にとってかなり危険である事を理解してあのお人は言っている。
笑いながらさらりととんでもない事を指示するのはさすが上位貴族と手を叩いてしまいそうになるな。
向かい合わせに置いた椅子の横、テーブルに魔力回復薬を二本置いて、私は目の前のいかにも軍人上がりという感じのキビキビした動きを見せるご老体を前にどうしたものかと悩んでしまった。
今更訓練をするのが怖くなった。というわけではない。それ以前の問題なのだ。
こちらを邪魔しないように配慮してくれているらしい王弟殿下は少し離れた位置で見ている。
「あの、殿下」
ご老体に軽く頭を下げてからそそくさと王弟殿下に近寄ってひそひそと話す。
「どうした?」
「普通、婚約者または伴侶以外の異性に触れるのはダンスの申し出ぐらいの時ですよね?」
「あぁそうだが……そうか、触らないと出来ないのか」
「はい、恥ずかしながら手を離した状態では上手く出来ないのです。件の子爵様に触れるわけにはいきませんよね?」
「……ダンスを踊るという事であればだが……」
言葉を濁す王弟殿下。わかります。私のダンスが壊滅的で子爵様と踊るとかあり得ないという事ですね。ははは。
「こう、踊る前に申し出を受けたところでやってしまうというのは有りですか?」
「……無くは無い、が……普通は踊った後に二言三言言葉を交わすのが一般的だからな」
「でも踊ったら馬脚を現しますよ」
「わかっている。だから今考えている」
あ、はい。すみません。
無言で考え込む王弟殿下に、こちらも何とか出来ないかと思考を巡らせる。
以前にも触れずにやろうと試した事はあるのだが、イメージを変えてみても駄目だった。単純に魔力が足りないとかそういう話ではなく、届かないものに手を伸ばそうとしているような感覚と言えばいいのか……
「あ」
王弟殿下が声を漏らした。
何か思いついたのかと見れば、手を差し出された。
「私が補助してみよう」
「あ」
なるほど。『整える』か。どういう補助なのかわからないが、試す価値はある。
「ちょっと待ってください。先に花で試させてください」
いきなり人にするのは私が怖いので、花瓶からまた一本抜いてきて(いつの間にか新しいものに替えられていた)王弟殿下に持ってもらう。それから差し出された手を握って視線を交わし、大丈夫だというように頷かれたのでイメージを固めて力を使った。
ふわっと魔力が消費され、王弟殿下の手にある花の茎から下の部分が生まれた。
出来た。しかも、かなり魔力消費が抑えられている。
思わず見上げれば、ほっとしたような顔があった。
「これなら出来そうか?」
「はい。ちょっと驚いています。魔力消費まで抑えられました」
「もともとそういう事に使っていたからな。威力や精度を高めたり余計な力を使わせないようにしたり」
いやいや、さらりと言っていますが、それすごい事ですよ。
なんでこれで碌な加護じゃないなどと嘆くのか意味がわからない。
今は突っ込んでも仕方がないので、そのままずっと無言で待機しているご老体の前に二人で行って欠損した部位、右手を出してもらう。
この方は中指と薬指、小指が中程から欠損している。全て一度に生じさせれればいいが、まだ魔力消費が人間の場合だとどうなるかわからないので一本ずつでさせてもらう。
ひょっとすると痛みがあるかもしれない事も伝えて、いきますよと念を押す。
ご老体がいつでもどうぞとばかりに落ち着いた様子で首肯するのを確認して、私は王弟殿下にも確認して、慎重にイメージを固めて力を使った。
一瞬、ご老体の身体が強張ったが声は一つも漏らさなかった。そしてその右手には中指がしっかりと生まれていた。接合部分も引き攣れた様子はない。
「どう、ですか? 痛みは?」
「多少熱は感じましたが痛みはありません」
「本当ですか?」
「はい」
「では動かせますか?」
尋ねるとご老体は生まれたばかりの中指を、少し震わせながら曲げて伸ばして見せてくれた。
「引き攣るような感覚や違和感はありますか?」
「……少し違和感はありますが、これは私が動かし方を忘れてしまったからだと思います。動かしていれば馴染むかと」
その言葉通り、震えていた指先が少しずつ滑らかに動くようになっているようであった。
「殿下、不調は確認出来ますか?」
『整える』でご老体の体調を確認出来るかと問えば、すぐに察して王弟殿下は手を翳した。
「問題なさそうだ」
「では薬指を治しますね」
「魔力は足りるのか」
心配する王弟殿下にしっかりと頷く。想定以上に魔力消費が抑えられているのだ。
「大丈夫です。消費は一割程度です」
余力は十分あると言えば「わかった」と頷かれ、ご老体に続けてもいいかと尋ねるともちろんですと力強くこちらにも頷かれた。
意識を集中させイメージを固め、願う。
薬指は一瞬にしてその形を取り戻し、先ほどと同じように問題が無い事を確認して最後の小指も姿を取り戻した。
ご老体はこちらの質問にキビキビと答えてくれ、最後まで軍人らしいシャキッとした姿勢だったが、最後にその手を摩ってからその場に片膝をつき胸に手を当てて深く頭を下げた。「痛んでも触れる事の叶わなかった指に触れられます」と。そして「どうかそのお力でもって殿下をお守りください」と。
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