第623話 真勇者本領発揮

「な、な……だと?」


 き、……騎獣一体だと?

 アナンタの背に乗ったラクシャサが魔道兵装の状態のまま、口を開いて出た言葉がそれだった。


「ッ…………まずいっ! 急いでこの場から退避を! 漁師の皆さんも急いでこの海域から避難し……ダメだ、間に合わないッ!」


 そんな中、何が起ころうとしているのかを誰よりも察知したのが、ロアだ。

 そして、その呪いの被害を受けた俺たちも分かっている。ラクシャサ単体でもこれほどの効果のある呪い。なら、騎獣一体なんてものをやったら…………?

 それはさっきまでとは比べ物にならない、この海域全体を包み込むほどの……


「やれやれ……無表情なオナゴのヒステリックはつらいの~う。じゃが、それでもオナゴの気持ちを察してやれんワシにも落ち度がある。婿よ、感情の読み取りづらい嫁を貰った時の教訓にするのじゃぞ?」


 そんな一大事の中で、イーサムはただ、寂しそうな表情でラクシャサとアナンタのコンビを見つめている。

 おそらく、さっき知った、ラクシャサの望みに思うところがあるのだろう。

 だが、それはそれとしてこの状況をどうにか……と思うが、俺は俺でどうにもできん。


「にしても、騎獣一体か…………婿よ、調子はどうじゃ?」

「最……あくだ……」

「ダメそうじゃな……」


 ダメだ。喋ろうと思っても、声が出ねえ。それに、ラクシャサが俺にかけた混乱の魔法からもまだ回復できてねえ。

 だからこそ、この状況をどうにかするとしたら……


「ワシがもう一度でしゃばって奴を仕留めるという方法もあるが……そもそも、ワシらの時代のケツの拭き残しじゃからのう。じゃが……」


 そう、この状況を変えるには……


「本人たちは気合が入っとるようじゃし……あの勇者たちに魔王を討ち取らせるかのう。まあ、人間の世界では魔王を討ち取るのは勇者の役目と決まっているから丁度良かろう……ヴェンバイの倅は別じゃがのう」


 あいつらに任せるしかない。

 悔しいが、今の俺は声すら届きそうに無い状況。

 だからこそ……


「どちらにせよ、僕たちが逃げるわけにはいきません……活路は前にしかない……僕たちが魔王ラクシャサを討ち取らなければ」


 あいつらには逃げず、身の危険を顧みずにやってもらうしかない。

 ムラムラは……まあ、あのメンツなら心配ないだろう。

 ラクシャサに触れずに……まあ、剣や魔法とかが戦闘のメインなあいつらなら大丈夫だろう。

 問題なのは、一定以上の時間、肉体をさらした状態のラクシャサの側にいることで掛かる呪い。

 その他にも、まだ俺たちが把握していない呪いもあるかもしれない。

 だが、それでもあいつらにはやってもらうしかねえ。


「まあ、逃げねえことには納得だが、実際このクソ魔王とクソ竜の騎獣一体は、どんなもんだ? そのクソ眼はこういう時に解析するためにあるんだろうが」

「勿論、解析してます。まず、あのドラゴンそれぞれのブレス等の威力が魔力との相乗効果で跳ね上がっていると思われます。そして、魔王ラクシャサ自身から発せられる、他者を巻き込む呪いの効果の範囲も広がろうとしています」


 ファルガに問われて状況をその眼で解説していくロア。確かに、未知のものの出現に対しては便利な眼ではあるな。

 一目見ただけで状況を把握し、更にラクシャサが掛かっている呪いやら副作用だって分かるってことだろ?


「そして……彼女の全身を包む、呪術等に伴う副作用なども当然解析できます……ひどいですよ?」


 そして、理解できるからこそ、ラクシャサがどれだけ異常な状態なのかも、ロアは誰よりも理解できてしまう。


「声を数秒間しか発せられない……表情の筋肉が固まっている……視力もほとんど見えていない……さらに、全身の神経系に問題が生じて手足に軽度の痺れや麻痺が生じている……体温が常人なら寝込んでしまうほど高い……脳の慢性的な疾患が見られ……内臓系にも異常が……」


 上げたらキリがないほどの異常。更に、今ロアから挙げられた呪いの副作用一つでも日常生活ではかなりの問題になるというのに、それがまとめて……


「それに、彼女の呪いも、中には他者へ広がるものがあるようですね……例えば性的興奮をすると局部に激しい痛み……空気感染による身体の異常など……喉、痺れ、発熱………ヴェルトくんの魔法引き剥がし技ならば何とか防げるかもしれませんが……でも、それができないとなると、このままダラダラしていては僕たちも体に異常が起こるかもしれませんね」


 シャウトやバーツたちも絶句しながらラクシャサの状態を聞いていた。

 なぜ、これほどの苦痛を一人の女が受けているのかと。

 だが……


「ふん、かんけーなくない?」

「ああ、クソその通りだ」


 しかし、ジャレンガとファルガはあくまでクールな表情で、余計な同情や迷いをバッサリと切り捨てた。


「そんな半死半生な状態でもこんなことをやらかそうとしてるんだよ? そこに容赦なんて必要ないでしょ?」

「奴自身は何か言い訳や弱音を口にしているわけじゃねえ。なら、俺らが同情すんのも奴にとっては別にクソどうでもいいことだ。奴が奴の意思と判断で俺らとやり合おうってなら、ただ、ぶち破るだけだ」


 今は戦争しているんだ。なら余計な考えに惑わされるな。

 下手な同情をしないで、容赦なく相手を討ち取ること以外を考えるな。

 ファルガとジャレンガの意見は真っ当な意見だった。

 その言葉は、当然数々の経験を積んできたシャウトやバーツにだって理解できる意見だ。だからこそ二人も、納得して頷いた。

 だが……


「だから、容赦なく倒す。そういうことになるんでしょうか? でも、それでは……」


 ロアだけは、どこか違った思いを抱いた表情だった。

 どういうことだ? 誰もがそう思ったが、ロアがそれに答える間もなく、ラクシャサは先手に出た。


「古代禁呪・ウイルスエア…………」


 ラクシャサを中心に周囲を包み込むような毒々しい霧のようなものが周囲に伸びて範囲を広げていく。


「ッ、あの空気に触れたらまずいです! 毒ではなく……病気を発生させる禁呪!」

「ならば、僕の風で吹き飛ばしてさしあげますよ!」

「俺の炎で滅っしてやらあッ!」


 ならば、届く前に全部消し去ってやると、シャウトとバーツが同時に竜巻と炎で毒々しい霧を吹き飛ばそうとする。

 だが……


「……混乱コンフュージョン……」


 俺に使われた、魔力の流れを混乱させる魔法だ!

 シャウト、バーツの魔法が発動してねえ。あのままじゃ……


正常化ノーマリゼーション!」


 だが、そう思った途端に、シャウトとバーツの剣から巨大な竜巻と炎が遅れて飛び出し、間一髪のところでラクシャサの魔法を消し飛ばした。

 これには、無表情ながらも、僅かにピクリとラクシャサの目元が動いたのが分かった。

 それをやったのは、ロア。


「混乱の魔法は、受けないことが対処の第一条件……もし、受けてしまえば時間を置いて自然に回復するのを待つというところですが……時間がかかるので、混乱を正常化する魔法を作ってみました」


 魔法を作った。そうだ、奴はそういうことができるんだ。その眼で見た魔法はどこまでも理解して、そしてそれを応用して自分で魔法を創造する。それが、ロアの力。

 そして更に……


「ついでに、あなたからの呪いを受けた人たちも元に戻す魔法も開発しました」

「ッ!」

解呪ディスペル!」


 ロアはあまりにもサラッと言ったが、それは言葉で言うほど簡単なものじゃないほど大規模なもの。

 ロアが遠くから俺たち目掛けて両手の平から魔力の紋様のようなものをいくつも飛ばし、それが俺たちの体に絡みついた瞬間、体を縛っていた戒めみたいなものが全部解けた気がした。


「う、お、おおおおおおおっ! な、治った」

「俺っちも!」

「あ、な、なおったんだなーっ! 良かったんだな、もう僕のアレが取れちゃうかと思ったんだな! さすが、ロア王子なんだな!」


 健康な体に戻った俺たちは思わず、「おおっ!」と唸りながら立ち上がった。

 物凄く楽になった体を実感しながら、体の感覚を確かめた。

 そんな俺たちに一度微笑み、ロアは再びラクシャサと向かい合った。


「魔王ラクシャサ……もっとあなたの呪いを深く解析できれば……あなたの身に降りかかっている呪い全てを解除することだって出来ます」

「…………………………」

「それと……その魔道兵装も騎獣一体もやめたほうがいいです。さらにこのアナンタという合体竜。合体をさせて形を保つために魔力を常に流しているようですが、それもやめたほうがいいですよ?」

「………………」

「表情には出していなくても分かります。あなたは魔法の一つを放つのも、相当の肉体的な痛みやリスクを伴っています……禁呪習得等の後遺症でしょう。そんな中で、それほど強力な力を発動し続ければ、苦しみも想像を絶するものでしょう」


 魔法の一つを放つにも痛みが伴う? ラクシャサ自身の表情が読み取れないから気づかなかったが、そんなにあいつの体はヤバイことになっているのか?

 だが、もし本当にそうなのだとしたら、ラクシャサ自身がこれまで歴史の表舞台に積極的に出ず、あまり戦おうとしなかったのもそれが?


『……此方の呪いを解除したところで……既にボロボロになった器官も神経も感覚も……元には戻らない。老いた神経や骨に治癒呪文を唱えても若返らないのと同じ……此方の外面とは裏腹に、此方の肉体は既に衰え切っている……』

「……魔王ラクシャサ?」

『真勇者ロア……汝に此方の症状を解析できても……汝に此方は救えぬ』


 すると、その時だった。俺の頭の中に……いや、俺だけじゃない。多分、この海域に居た全員の頭の中に声が響いた。

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