第619話 L

「ヴェ、ヴェルトくん、大変なんだな! ヴェルトくんも、イーサムも戦えないなら、誰がやるんだな!」

「ん? でも、そういう感覚遮断とか使ってるんなら、今、あのラクシャサっていう魔王は完全に無防備だから攻撃し放題じゃない? そう、正にイップス状態!」

「いや、………ダメだぜ、フルチェンコ。それやると、イーサムにもダメージが……」


 そうだ。今、ラクシャサに攻撃をしかけたら、イーサムだって……。だから、あいつはこんな魔法を使ったんだ。イーサムの動きを封じるため。そして、これを使ったらラクシャサ自身も何もできないが、俺たちがイーサムに気を使って手出しできないということを分かっているから…………?

 イーサムを……俺たちが……気遣って? ……イーサムをか……


「……ぬう? おい、婿よ! 体の五感が封じられても、ワシの第六感が告げておるぞ! おぬし、今、ワシなら気遣わなくても大丈夫とか思わんかったか?」

「ッ! お、お、思ってねえよ」

「よいか! 確かにワシは多少の怪我ぐらいなんでもないが、娘の晴れ姿と孫をこの目で見るまでは死ぬ気はないからのう! 覚えておくのじゃ!」


 ちっ! いや、まあ、イーサムを見捨ててもいいかなとか別に本気で思ってたわけじゃねえけど、何故か舌打ちが出た。

 しかし、なら、どうする? この状況、言い換えれば、ラクシャサ自身が自分を犠牲にしなければイーサムを封じることができなかったってことだ。

 なら、今、敵の大ボスが完全無防備な状態で何もしないなんて勿体なすぎる。

 何か手は……


「婿、聞いておるか? 五分時間をやろう! 五分経ってもワシの体が元に戻ってないようなら、ワシはとりあえず、辺り一体をぶっ飛ばす。おぬしも死なんとは思うが、巻き添えをくらいたくなければ何とかせい」

「いや、なんとかって言われてもーーーーーーっ!」


 その手がねえから、今は何もできねーんじゃねえかよ! しかも俺自身は、未だにあのラクシャサの魔法の効果でうまく魔法が使えねえ。こういうときこそ必要な、魔法を引き剥がせるふわふわキャストオフが使えねえ。


「とりあえずさ、あの大怪獣は勇者様たちに任せて、俺らであの魔王をどうにかするしかないね、ヴェルちゃん」

「ああ。だが、一体どうすれば……」

「とりあえず、つついてみる?」


 とにかく、どうにかするしかねえ。

 だが、魔法を解除するかどうかはラクシャサ次第。感覚を遮断しているラクシャサに拷問ちっくな攻撃は無意味。それに、あまり致命的なダメージを与えると、イーサムにまで影響が及ぼされる。

 よくよく考えると、感覚遮断に感覚共有……実に恐ろしい技だな。自分だけじゃなく、自分にとっての大切な存在と感覚共有された状態でラクシャサを攻撃したり殺したりすると、自分の大切なものまで失っちまう。

 手出しができねえ……


「……とりあえず、ローブを剥いでツラだけ拝むのはどうかな?」

「ひいい、やめたほうがいいんだな、フルチェンコ様! こんな大昔から居る魔王なんて、とんでもないバケモノみたいなコワイ姿に決まってるんだな!」


 甲板の上で立ち尽くすラクシャサを目の当たりにして、俺はこの時、フルチェンコの提案に「そういえば」と思った。

 そういえば、ラクシャサの素顔を知らねーんだ。それなら、ローブを剥ぎ取るぐらい……

 まあ、キモーメンの言ってることも分からんでもないが、やっぱりそこだけは少し気になって、俺もフルチェンコに頷いて、微動だにしないラクシャサのローブに手を伸ばして剥ぎ取った。

 すると……


「ォ……お、おおお……」

「ッッッッッッッッッ! やはりかっ! これだからファンタジーは侮れねえな、ヴェルちゃん!」

「すす、むひょおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、なんだなっ!」


 俺たち三人は、いや、この船に乗っていた黒服たちも全員、ローブの下に隠されていたラクシャサの姿に目を見開いて驚愕した。

 さらに、フルチェンコとキモーメンに関しては、さっきまでの恐いもの見たさから一転して、急に拳を握り締めて興奮し、口もとにやらしい笑みを浮かべた。


「………………………………………………………………」


 感覚を完全に遮断しているラクシャサは、今自分に何が起こっているかを理解していないだろう。

 まあ、こんな高リスクな魔法を使うぐらいだから、自分自身の怪我や素顔を見られることぐらいは想定していただろうが……


「は…………初めて見た…………こんな……こんな……」


 初めて見た? それは、別にラクシャサの素顔のことじゃない。まあ、確かに素顔は少し意外ではあった。

 二本の羊の角を生やし、背中にはカラスのような黒い大きな翼。

 だが、その表情は、灰色の肌の色をした、人間の娘に近い系統の顔。例えをあげれば、ウラのような魔人族のような顔だ。

 しかも、かなり若々しく、凛々しい顔をした黒のロングヘアーの女。どうしてだ? イーサムたちの世代の魔王ってことは結構年上のはずじゃ? 

 しかしだ! 「初めて見た!」というのはそこじゃねえ。まあ、若く見えるのだって、エロスヴィッチのようなロリババアが居る世界なら不思議じゃねえ。

 なら、服装か? 確かにローブで全身を隠していたかと思えば、その下はかなり大胆だった。肩を露出させてヘソを出すような黒い鉄製の胸当てをつけているだけだ。だが、大胆な服装というのであれば、ビキニアーマーとか着ていたキモーメンの嫁二人からすれば……

 なら、下半身か? 下半身は普通の足ではなく、二本の獣の足だった。腹より下は、正に山羊の形をして、真っ黒い体毛を覆われた人外のもの。だが、別に亜人とかそういうものが存在する世界なんだから、魔族でもこういう獣ちっくな下半身が居るのはそこまで珍しいものじゃない。

 そう、なら、何が初めてなのか?


「ど、どど、どうやってあのローブの下に収まっていたんだ?」


 その時、俺は自分の嫁であるエルジェラと初めて出会ったときを思い出した。

 あの、豊満で柔らかく、形も整った、世界最高峰の……まあ、果実。

 だが、これはどう表現すればいい? 

 エルジェラがスイカップ

 そして、あのクロニアがパイナップルなら……


「……『パラミツ』……それは、かつて俺っちたちの居た世界……アジアやアフリカなどで栽培されていたフルーツ……」

「……な、なに? ど、どうした、フルチェンコ」

「……ヴェルちゃん……聞いてくれ。その果物は世界最大の果実と言われていた……まあ、スイカを果物として分類したらどうか分からんけど……、でも、そんなことはどうでもいい。やはり重要なのは、その称号。世界最大……」


 世界最大……その称号は正直、大げさじゃないかもしれん。少なくとも、俺はこれほど巨大な物体を直に見たことが無い。


「そして……『L』……かつて、俺っちたちの世界ではサイズの表記として使われていた一文字。数値としての定義は明確に定まっていないが、単純に『Lサイズ』とは、『Large Size』の略称。そう、Lとはイコール大きい。その他に余計な意味等ない。大きい。ただ、大きい。純粋に大きいという意味……ゆえに、『L』という言葉はかつての俺っちたちの世界において、万国全人種共通に『大きい』という意味を浸透させた根源の言葉」


 L……おいおいおいおい……ま、まさか……



「………Lカップのオッパイ…………」



 フルチェンコは震える唇で確かにそう呟いた。

 そして、ラクシャサを前にして、フルチェンコは両膝をついて正座して、頭を下げた。


「オッパラミツなLカップのバフォメッ娘ッ…………俺ッち、なんて頭が高いんだ……この、超乳魔王を前に、俺っちはなんてことを……」


 多分、人から見れば、ラクシャサに頭を下げるフルチェンコに、なんて馬鹿なことをやっているんだと言えなくもないが、正直俺は、フルチェンコの気持ちも分からんでもなかった。

 なぜならば、理由も無く、拝んでしまう。意味も無く頭を下げたくなる。そのわけの分からん衝動が、何だか分からなくもなかった。

 それは、もう敵とか味方とか、趣向とか、種族とか、そんなものを超越していたかもしれない。

 気づけば、驚愕の表情で腰を抜かした黒服たちも、正座をして甲板に座っていた。

 そして、みんなが穏やかな表情を見せて、頭を下げた。


「「「「「ありがとうございます」」」」」


 と、何故かラクシャサにお礼を言っていた。

 だが……


「あっ、婿よ~、一つ言い忘れておったが、ラクシャサの衣を全て剥ぎ取るでないぞ? あれは、あらゆる禁呪の習得や儀式などを行った副作用として、あやつ自身が代償として様々な呪いを受けており、それを抑える役割を果たしていたとかいう噂じゃ。だから、衣だけは剥ぎ取らぬほうがよいぞ~」


 拝んでいる男たちの中で響いたイーサムの声に誰もが思った。


「それを剥ぎ取ると、その呪いは抑えきれずに周りも巻き込むそうじゃから、気をつけるのじゃぞ~」


 もう、遅え!

 って、まさかラクシャサはこうなることも予期して、あえて無防備に?



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