第569話 見送り

 とにかく、今の俺にはコスモス以外の声は全て遮断する。


「パッパ、さっきなにしてたの~? パッパのだっこは、コスモスとハナビねーねのだもん!」

「ああ、そうだな、コスモス。アレはだっこじゃねえけど、もう二度とあんなことはしねえ」

「ほんと~?」


 コスモスを膝の上に載せて、ベンチに座りながら絶賛御機嫌取り中。だから、誰も話しかけるな。


「ねえ、ヴェルトくん。クレオ姫と何があったの?」


 コスモス以外の声は遮断。だから、ペットの質問にも答えない。


「ねえってば! ちょっと二人で話して来るっていって、何で数十分後にクレオ姫があんな風になっているの?」


 ペットが指差した先には、廊下の壁際に寄りかかり、頬を緩ませながら息を粗くし、「生意気な女」の顔から「艶のある女」の顔をしているクレオ。



「想像以上の痛みが……裂けるかと思ったわ。でも……ふふふふ……この痛みに勝る喜びは言葉にできないわ。あんな快楽がこの世に存在するなんて……ちゃんと、種が花咲けばいいのだけれどね」


 

 クレオは腰抜かしてうまく立てず、その体はどこか痛々しそうなのに、どこか幸せそうに見えるが、俺には何も答えられん。

 あと、意味ありげに腹を擦るな。いや、意味はあるんだけど……


「は、初めて、み、う、ううう……あ、あんなおぞましい光景を……」

「ねえ、ミリ姉ぇ、何があったってね?」

「トイレで何があったの?」

「こんなに怯えてるバーミリオンお姉さん、にゃっは初めて」


 そして、俺とクレオの「トラブル」を「間近」で「ハッキリ」と見てしまったバーミリオンは、ショックを受けて、かなり怯えた様子で震えていた。



「なははははははは、旅に出るたびに嫁が増えるところが、イーサムと同じなのだ。さすがは、ヴェルトなのだ。だからシアンよ、アレに重宝されたくば、かなり『まにあっくぷれい』とやらもせねばならんのだ」


「は、はう~、し、シアン、ダメでし。お、男の人の、あ、あんなの、む、無理でしゅ~!」



 まあ、何があったのかは、正直な話、ほとんどの連中が理解しているんだけどな。

 だって、俺を見る目が物凄い汚物を見るような目だし。


「俺がギャルゲーやエロゲーをクリアするよりも早くに、リアルエロ攻略するとは、やっぱお前、とんでもないやつなんで」


 うるせえ、ニート! つうか、さっきまでシリアスな顔して、話しかけるなオーラ出してたくせに、こういうとこには口挟んでくるんじゃねえ。

 畜生。俺だって、まさか……まさか……あんなことになるとは思わなかったんだよ。

 まさか、一日で二回も取り返しのつかない過ちを犯すとは思わなかったぜ。



「まあ、しかし……ヴェルトを取り巻く人間関係にそこまで口を出す気はないが、驚いたな。まさか、暁光眼を持ったチェーンマイル王国の姫、クレオ姫がこの世界で生きていたとはな」 


「死んだってのは僕たちヤヴァイ魔王国でも話は聞いてたのに、何で生きていたのかな? しかも、ムカつくよね~、七人目のヴェルトくんの奥さんの座には僕の妹を予約していたのにね~、ムカつくな~、殺しちゃおうかな?」



 バスティスタとジャレンガに関しては、俺が便所でクレオとほにゃららしていたことよりも、クレオの存在そのものに興味を示したようだ。

 

「二人とも、クレオのことは知ってたんだな」


 女共やニートは置いておいて、マジメな話になりそうだったので、そこだけは俺も反応した。

 まあ、ガキの頃に死んだとされていたとはいえ、やっぱそれなりに有名だったんだな、クレオは。

 


「まあな。俺がまだ、ラブ・アンド・ピースに居た頃、ブラックダックあたりが気にしていた。デイヂの邪悪魔法、ブラックダックの極限魔法、そして暁光眼の力があれば、武力に頼ることなく、あらゆる面で政治や商取引の場で優位だからな」


「ああ、そういうこと」



 ラブや、あのブラックダックの考えそうなことだ。実際、暁光眼が目当てで、クレオも過去に誘拐されたりしたしな。

 するとその時、今まで黙っていたリガンティナが険しい顔して俺に話しかけてきた。


「婿殿よ。そちらの娘が何者かなど、今の我々の世界では取るに足らない問題だ」


 いや、取るに足る問題だよ。つーか、お前、人に文句を言うのはいいけどさ、まずはその……



「しかしだ、その娘が、お前の七人目になるというのであれば、話は別だ。ただでさえ、結婚式の順番や序列等が注目されているこの状況下で、増やすというのはどうかと思うぞ? これで、我ら天空族の扱いがないがしろにでもなるようであれば、その時は―――」


「いや、その前にお前、まずはその両手の手さげ袋をどうにかしろよ。なんだよ、その袋から溢れて飛び出している、男物のアイドルグッズみたいのは。衣装は。つうか、そのローラースケートみたいの、なんなんだよ」



 まずは、お前のその、いかにも「堪能してきました」な状況をどうにかしろと言うしかなかった。



「な、なにを……こ、これは、そこのアイドル姫たちと並ぶ美少年アイドルグループ、世界の弟たちと呼ばれる、『セクシー・ショタリオン』たちの衣装だ。見ろ、この機能的な服を。ヘソ出し短パンだぞ! 是非ラガイアに着せなければ!」


「人の弟を着せ替え人形にしようとしてんじゃねえよ!」



 相変わらず過ぎるリガンティナだが、その時だった。


「あら、セクショタが気に入ったのかしら?」

「ぬぬ?」


 俺とのほにゃららで恍惚な表情をして気分に浸っていたクレオが、突如振り返って話題に入ってきた。

 しかし、リガンティナからすれば、クレオは妹の恋敵にもなるわけなので、明らかに不愉快そうな顔をしている。

 これは、一触即発か? 

 だが………



「なら、これをあなたにあげるわ。二次元化したセクシーショタリオンメンバー同士の大乱戦が描かれている同人誌よ。BLSのメンバーの子が書き上げたものよ」


「な、こ、こ、これは……ふわおおおおおおおおおおおおおおおっ! か、か、か、……神よっ!」



 一触即発の空気は、クレオがどこから取り出したのかも分からない、薄い小冊子の本でぶち壊された。

 リガンティナは迷うことなく受け取ったその本を、天に掲げるように叫び、なんか違う世界に旅立ったような様子だった。


「ちょっと、メロン……じゃなくて、クレオ姫! せっかくあなたを秘密にしようとしていたのに、変な真似はしないでよね!」

「あら、別にいいじゃない、ブラック姫。どうせ、この天空族の皇女はクラーセントレフンに帰るのだから。ただのお土産よ」

「だからって、これでクラーセントレフンの人たちが、この世界に変なイメージを抱いたらどうすんのよ! 勘違いされるじゃない!」

「それをどうにかするのは、あなたたちの仕事でしょう? アプリコットを含めてね」

「う、うぐつ」


 違法なお土産に慌てるブラックを始めとする姫たちだが、アプリコットの名前を言われて全員が気まずそうに顔を変えた。


「……アプリちゃん………私、全然気づかなかったってね。まさか、アプリちゃんが、BLSの支援者だったなんて」

「私もですわ。まさかアプリコットちゃんが、そんなことになるなんて」

「でも、にゃっはどうなるのかな? さっき、ニュースを見たでしょ? ブリッシュ王国が、八大陸の連合から、離脱を宣言したって……」


 そう、世界は今、そのニュースで持ちきりだった。

 俺たちとの一幕で、アプリコットがBLSの支援者だったという話題がネットをはじめ、あらゆるメディアに拡散されたと同時に、アプリコットの国、ブリッシュ王国が、世界の友好同盟みたいのから離れると宣言したんだ。

 俺たちが元の世界に帰るというのに、各国の国王とか他の官僚たちがあまり見えず、アイドル姫たちとその他数名ぐらいしか見送りに来ないあたりが、その慌しさを物語っている。


「ピンクとも連絡取れないし、ミントもこっちには来れないみたい」

「そう……でも、こんな状況じゃ、にゃっは仕方ないよ」

 

 そうか……ピンクとミントは来ないのか。それはそれで、逆に俺は助かった。

 この世界の国家間の緊張よりも、俺としてはあの指フェチ女と、クレオと同様のノーパンで、そして兄と同様の尻フェチな女とは、昨日のトラブルもあって、顔を合わせづらかったからな。


「いずれにせよ、このように慌しくあなたたちを追い返すようなマネをして、本当にごめんなさい。もっと色々とご案内したり、パーティーをしたりとしたかったのだけれど」


 そんな雰囲気の中で、俺たちに改めて頭を下げる、研究所のホワイト。

 確かに、この二日間はあらゆることが激動過ぎて、全くゆっくりできなかったからな。

 でも、まあ、これはこれで仕方ねえし、誰もそのことについては文句を言う気は無さそうだった。

 そんな中で、バスティスタが俺たちを代表して口を開いた。



「構わん。我々は十分に堪能できた。そして、今、この世界で混乱が始まろうとしていることも理解している。むしろ、あれだけの騒動を我々が起こしたにも関わらず、ここまで温情な扱いをしてもらったのだ。感謝している。この世界の問題に対して力になれないのは申し訳ないが、武運を祈る」


「バスティスタさん……」


「神族世界と地上世界……これほどの文化の違いだ。そう簡単に二つの世界が交わることはできないかもしれないが、いずれまた会える日を楽しみにしている」



 お~……俺の言うこと、もう無くなっちまったよ。そして、これでもう十分だった。

 バスティスタの別れの言葉は、色々と互いに名残惜しいものがあるものの、次の再会を約束するもの。

 そう簡単にもう一度会うことは難しいだろうが、それでも「もう一度会おう」という言葉には、アイドル姫たちも寂しそうにしながらも、笑顔で頷いていた。



「ん? ちょっと待つのだ、バスティスタ! シアンをオモチャとして持って返りたいのだが、そ―――」



 空気の読めないエロスヴィッチの頭にバスティスタの拳骨が落とされた中、アイドル姫たちもそれぞれ別れの言葉を言ってきた。



「ジャレンガ君、コスモスちゃん、楽しかったってね♪ 今度はもっと遊ぼうってね♪」


「バスティスタ様。ジャンプの実験が成功した以上、これが今生の別れにはなりません。今、国家間の問題があるために、私もこの世界から離れることはできませんが……この問題が落ち着き……そして、私もアイドルを引退した暁には……その時には!」


「はう~~~、お、おねえしゃま~、し、シアン、シアンは、お姉さまがいないと、もう壊れてしまいましゅ~……」


「は~あ、これで面倒な奴らが帰ってくれて、せいせいするわ! ニート、あんたもさっさと……か、かえり……な、さいよ……ぐすっ……でも、また来なさいよ! 絶対に来なさいよ! 来ないと承知しないんだから!」


「スケベなお兄さん、にゃっはバイバイ。エッチほどほどにね」

 


 見送りに来た五人の姫たちにそれぞれ別れを告げ、そして俺たちは、転送するための装置の前で待つアイボリーの元へと向かった。


「ああ、またな!」


 ここへ来た時よりも、クレオが一人増えちまったが、とにかく濃い二日間を過ごしながらも、何とか全員無事でホッとした。



――あとがき――

お世話になっております。明日は土曜日! ならば、恒例の2話投稿やります! まずは明日の10時ごろに投稿しますので、スタンバイお願いします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る