第568話 擁護


「ッ、ぷはっ! く、クレオ、テメェッ、何しやがるっ!」

「…………ふふ、あら、もう慣れたものでしょう? あなたにとっては」

「はあ?」


 そして、クレオが顔を真っ赤にしながらも、それでも無理に余裕ぶって上から見下すような態度で、両手を自分のスカートに伸ばして……



「お、おいおい……まさか……」


「……言ったでしょう? この肉体は、十年間誰にも触れさせていないと……その証拠を早いうちに見せてあげるわ……」


「ちょ、い、今かァッ!」


「どうせ、クラーセントレフンに戻れば、帰還したことで色々と騒いだりバタバタしたりになって、ウヤムヤにする気でしょう? なら、その前に、いつヤルの? 今でしょう?」


「使い方が違げーよ、それは! 言葉の使い方が違うッ!」


「あむっ!」


「んっ。……ん、お、ん」



 今度は、ただ唇を重ねるだけじゃねえ。舌を使って俺の口の中をチロチロと……い、息が……しかも、こいつ、ぎこちねえな……



「む…………む……」


「ぷはっ、はあ、はあ、あ゛? むっ?」


「む、胸の大きいのが好みなのだとしたら、二回目の時に楽しませてあげるわ」


「…………はっ?」


「でも、今は……その、今の私の……ありのままの私の姿で愛し……じゃなくて、し、搾り取ってあげるわ!」


「やめんかーっ!」



 ふわふわキャストオフ!



「ッ、ちっ!」


「テメェ、よりにもよって、シリアスなツラして何かと思ったら、なんちゅうことをしやがるんだ、このチビ女! しかも、いつの間に俺のズボンをズリ下げやがって!」



 あぶね~……危うく言い訳不可能な既成事実という名の家庭崩壊をもたらす復讐をされるところだった。

 セ~~~~~フ、って、無我夢中で幻術解いたら…………



「って、ここ、トイレの個室じゃねえか! よりにもよって、こんなところで!」


「わ、わ、私だって、こんな所では嫌だったけれど、他にテキトーな個室がなかったのよ!」


「そうじゃなくて、何で何の前触れもなく、ヤルんだよ! 全然ッ、その気にもなってねーのに!」


「だ、だって、……………………だって………………」



 トイレの狭い個室で、便座に座る俺と向かい合うように、俺の膝に座っているクレオ。

 その顔が、徐々に潤んで来て……



「だって、私だけはまだなのでしょう? 他の妻たちは、とっくの昔にあなたと……なら、公平な立場になるには、これしかないじゃない!」


「はあ? だからって、今はねえだろうが! さっきのニートを見たろ? なんかスゲーシリアスな顔して悩んでんのに、何で俺は個室でチビ女と一発ヤル展開になってんだよ!」


「……だ、……だって…………」


「…………そんな、顔したって騙されねーからな」



 騙されるな! この女は、涙すら武器にする。幻術も現実も、最早気を抜いていいもんじゃねえ。

 しかし、そんな時だった。



「おちっこ~、おちっこ~、しっしする~」


「あらあら、コスモスちゃん、女の子がそんな大声ではしたないわよ?」



 トイレに誰かが入って……って、今この世界で一番ここに来て欲しくないのが来てんじゃねえかっ!



「バーミーちゃん、マッマみたいなこという~」


「あら、それって喜んでもいいのかしら? でも、私も………いつか、好きな人と結ばれて、コスモスちゃんみたいな可愛い子供が欲しいな」


「すきなひと? バッくん?」


「ちょっ、コスモスちゃんったら!」



 ば、ば、バーミリオンとコスモス! 到着したのかッ! しかも、よりにもよって、こんな時に!


「……ふふ、あらあら、最悪なタイミングね」

「静かにしろ。これ、マジでバレたら、洒落にならん」


 超小声。とにかく黙れと訴える俺に対して、俺の膝に座りながら、クレオはニヤニヤしてやがる。

 この女、さっきまでシュンとしてたくせに。

 まるで、主導権は自分にあるとでも言いたげな笑みで、しかも俺に嫌がらせするかのように………



「ふふ、こんなところ、バレたら、あなたの娘はなんて言うかしら?」


「ちょ、っ、ま、マジでやめろ! テメェ、本気でぶっころすぞ!」


「あら、私はあなたが苦しむ顔を見るのが人生の生きがいなの。こんな状況で何もしないなんて、ありえないわ」



 こ、声が、も、漏れそうになる。くそ、この女ッ! と、とにかく、コスモスとバーミリオン、一秒でも早くここから出て行ってくれ!



「それにしても、今日はたくさん遊んだわね、コスモスちゃん」


「うん! 今度は、パッパとマッマの三人で遊ぶんだ~。お土産もいっぱい買ったもん」


「あら、それは楽しそうね。でも、すっかりご機嫌ね。朝は、あんなに不機嫌だったのに、よっぽど楽しかったのね」



 あれ? そ、そういえば、コスモス、朝、俺のことを怒ってたよな? 一緒に寝てあげなかったから。

 でも、今、コスモスが言った「パッパ」という言葉の中に、怒っている様子が無くなっている?


「うん、コスモス、パッパにおこだったよ? レンくんにフリョー教えてもらおうと思ったの。でもね………バッくんが教えてくれたの」


 バスティスタが? コスモスに何を?


「あのね、バッくん言ってたんだよ? パッパは、らんぼーだし、色んな女の子とちゅっちゅするし、おしごと大変だからコスモスと遊んであげられない時もあるけど……世界で一番コスモスのこと大好きなんだって……パッパ、毎日コスモス居ないとダメなんだって」


 その言葉に、俺は、胸が激しくポンプした。


「だから、パッパはコスモスにおこられるとダメになっちゃうから、許してあげるの!」


 ば、ばすてぃすた……お、俺には、お前が居た……俺の弟弟子みたいなもんだけど、俺は今、心からお前に感謝している!

 もう、いてもたってもいられない。

 今すぐコスモスを抱きしめて仲直りするんだ!



「コスモスーーーっ!」


「ちょっ、ヴェルト、急に立ち上がっ、つっ、いっあ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」



 ………………………………あっ……



「はうっ?」


「あ、あら?………………えっ?」



 俺は、勢いよく立ち上がって、トイレの個室を開いた。

 そして、同時に、クレオが絶叫してしまった。

 俺は、トイレの個室を開けて、ポカンとするコスモスと、口開けたまま硬直しているバーミリオンと目があった瞬間、自分がどういう態勢だったのかに気づいた。



「パッパ?」


「ちょっ、え? な、なんで女子トイレに……そ、それに、……その格好は……い、い、い、いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」



 バーミリオンが慌ててコスモスを抱き寄せて視界を塞ぎ、そして耐え切れずに悲鳴を上げる。



「バーミちゃん、パッパだよ! パッパ! でも、なんでパッパ、知らない女の人を抱っこしてるの?」


「だめええ、みちゃだ、見ちゃダメッ! し、信じられない、な、なん、こんなところで何をッ! い、い、いやああああああっ!」


「や、やめろおおお! こ、これには、とんでもなく深い事情があって、た、頼むから言い訳させてくれ! く、クレオッ! テメェも何か言え!」


「かっ、はっ、く、あ………………あ、………………い、あ………」



 あっ、ダメだ………クレオが、言葉も発せないような状態になっちまった。

 そして、バーミリオンの悲鳴。いくらここが女子トイレとはいえ、一国のお姫様が絶叫すれば、当然………



「何だ、今の悲鳴は! バーミリオン姫、コスモス、一体何がっ……ヴェルト……」



 一番早くにたどり着いて、勢いよく扉を開けたのはバスティスタだった。

 バスティスタは、暫く無言で俺を見て、そして今まで見たことないぐらい冷めた目でため息を吐き、そして言った。



「ヴェルト………」


「………………おう………………」


「これは、俺も擁護できん」



 だよな………ですよね………そうっすよね………

 そして、こういう時に限って………



「ハーメハッメハッメ、ハッメハメ~♪ なんなのだ~、今の悲鳴は~。世界から膜が一枚無くなったような波動……わらわ好みの何かが起こっているのだ。ほれ、愛馬シアンよ、さっさと行くのだ。」


「ひ、ひひ~ん、い、いきましゅ、あん、お姉様、ムチを………ムチを~」


「むふふふふ、いや~、いい具合になったのだ。これならヴェルトに自信を持って献上することが……おおっ! さすがは、ヴェルトなのだ! 自力で調達するとは、やはりおぬしは只者ではないのだ!」



 四つん這いになった、シアンとかいうお姫様の背中に乗って、エロスヴィッチが顔を出し、親指をグッと上に突き出した。

 その親指をへし折りたい!



 そして、なんか皆が研究所に揃ったようなんだが、急激に帰りたくなくなった………

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