第556話 世界を征服した男
いい感じだ。
気分も凄く充実している。
「バカな……貴様、本当に……あの、ヴェルト・ジーハなの?」
半年前のクロニアと戦った時以来の全開放。
それは、前世で惚れていた女と再会した時と同じテンションで戦うということだ。
その相手が、クレオというのも皮肉なもんだが……
「いくぞっ!」
自分の目でも追いきれないぐらいの、俺自身の動き。
気持ち的には、たった一歩足を前に踏み出した程度のものなのに、誰にも捉えられることなく、俺はクレオの懐に飛び込んでいた。
「ッ……暁光眼ッ!」
「おせえっ!」
今の俺は、クレオが瞬きしようとするよりも速く、クレオの動きを察知できる。
暁光眼を発動させなければ、感覚を誤魔化されることもない。
クレオの佇まい、筋肉の動き、視線、表情、全てが空気を伝わって俺に流れ込んでくる。
懐から一気に背後へ回り込み、警棒伸ばしてクレオの首筋に付ける。
「なっ……は……速い!」
クレオの頬に汗が流れている。首筋に付けた警棒から、クレオの驚きと緊張が伝わってくる。
でも、この程度で終わらせるわけがねえ。
「クレオ……何でもやれよ」
「なん、ですって?」
「溜め込んでいるものを吐き出しつくせ。どんな奥の手だろうと、俺はその全てを引き出したうえで、言い訳できねえぐらい完膚なきまでテメエを負かしてやるよ」
今のクレオは、十年溜め込んだ想いを解放することも出来ずに苦しんでいる。
立場や状況は違えど、似たような奴を過去に見たことがある。
「私の溜め込んでいるものだと?」
「ああ。変な趣味に目覚めたり、腐った女たちを付き従えても、結局テメエは本当の自分を曝け出せないままこの十年間過ごしてきた。今、俺に対してヒステリックに叫んでいるテメエの姿に驚いている腐女子共を見りゃ、一目瞭然だ」
そうだ、あいつだ。
「テメエのそういうところは、ロアと同じだ」
「……ッ、ロア? まさか、ロア王子のことか!」
「そうだ。本当の自分を誰にもさらけ出すことが出来ず、本当の自分を誰にも理解されない、哀れで孤独な野郎」
真勇者ロア……
BL愛好家団体の代表と勇者様とじゃ、随分と立場に違いはあるが、誰にも曝け出せずに溜め込んでいたものがあるのは同じだ。
なら、その全てを引き出して、一度スッキリさせてやる。
それぐらいのことなら、俺もやってやる。
一応、俺にも多少の責任はあるみたいだしな……
「思い上がるな! 平民の雑種の分際で、何様のつもりだ!」
「思い上がったんじゃねえ。成り上がったんだ。平民から、世界を征服した男にな!」
「それが思い上がりだと言っている! 最低な男へと堕ちた貴様が、高みに登ったつもりか!」
クレオが振り向き様に俺の警棒を手で払って、バックステップで距離を取る。
目に魔力が集まっている。懲りずに暁光眼か?
まあ、今の俺なら魔力引き剥がしで無効化できるが……コレはもはや戦いじゃねえ。俺という男をクレオに教えてやるためのもの。
だから、それも避けねえ、潰さねえ、受けてやる。
「せめてもの情けで一思いにと思ったが、もうそれもやめた! 貴様にあらゆる罰を与えよう。その数は、一 、十、百、千、万、億、兆、京、垓、禾予、穣、溝、澗、正、載、極、恒河沙、阿僧祇、那由他、不可思議、無量大数………終わらない『夢幻無限地獄』の刑に処する」
「なら、その刑を無事に終えたら、許してくれるか?」
「ッ……できるものなら、やってみなさい!」
クレオが俺に見せる、今のクレオの頭で想像できる脅威。
あらゆる自然現象が、世界の崩壊が、怪物が、兵器が、全て俺に襲い掛かる。
さっきまで、その幻想に驚いて、押しつぶされそうになったが………
「クレオ、テメエのほうこそ、自惚れてんじゃねえ!」
全てを吹き飛ばす突風、燃え盛る炎、極寒の吹雪、鳴り響く雷鳴、それがどうした!
「シャウトの風のほうが研ぎ澄まされていた! バーツの炎の方が熱く滾っていた! アルーシャのストーカー的思考の方が寒気がした! フォルナの雷の方が輝いていた!」
どんなに現実に近い幻想でも、俺は現実にこれ以上のものを見てきた。時には体験してきた。
今、俺の目の前で、涎を垂らして踏み潰そうとしてくる、見たことも無い巨大な怪物の幻想だってそうだ。
「イーサムの方が、遥かに恐かったぜ!」
クレオの想像できる脅威に対して、俺はそれ以上の物を知っている。だから、耐え切れる。乗り越えられる。打ち砕ける!
だから、こんな幻想にも潰されねえ。
「世界崩壊がどうした! 世界の大陸が割れようと、隕石が降ろうと、それでぶっ壊れるほど、今のあの世界は、ヤワじゃねーぜ!」
思い出せ……あの、世界を破滅に導こうとしたゴッドジラアと戦った時、あの場に集ったメンツを。
七大魔王、十勇者、四獅天亜人。今のあの世界は、過去のしがらみなんて蹴り飛ばし、笑って共に戦う。
「……な……そ、そんな! 私の、無限夢幻地獄を、精神を崩壊させずに、受けきるというのか!」
「ああ………そうだ! そうなんだよ! ヒステリックに叫ぶ腐女子が想像できるような脅威に潰されるような精神じゃ、あの世界は乗り越えられねーんだよ、クレオ! お前の故郷は、今そんな精神じゃ過ごせねーぐらいに、カオスなんだよッ!」
そして、そのカオスな日々を全部全開でぶち抜いてきたのが、今の俺だ! それが、今のヴェルト・ジーハだ!
「つっ、罠魔法・機雷火!」
「何が罠だ! ラブやマニーの方がもっと胸糞悪いことやってきたぜ!」
俺の足元がクレオの詠唱と共に爆発するが、魔道兵装で強化中の今の俺の耐久力を貫くほどのものじゃねえ。
受けて、それでも平然と何事も無かったようにやり過ごしてやった。
「これを耐えると……なら、これならどうかしら! 天空より降り注ぎし、天罰の雷を!」
空が、雲が、急に騒ぎ出した。
クレオの魔力に呼応するかのように、それなりに強力な魔法を……でも、だからなんだ?
「だから、どうした? 世界を支配した俺は、既に天空だって支配してんだよ!」
「なにっ?」
「そんなものかよ、クレオ! テメェの溜め込んだ怒りは、そんなもんじゃねえだろうがッ!」
俺は、手を空に掲げ、ありったけの大気中に漂う魔力を掻き集め、凝縮し、そして空気爆弾の要領で、溜め込んだ魔力を一気に空の上で爆発させた。
「ふわふわビッグバン!」
それは、花火なんて生易しいものじゃなかった。
地上でやっちまえば、自分でもゾッとしちまう力。
「く、雲が……け、消し飛んだ………ば……バケモノめ!」
「そーでもねえぜ? これぐらいのこと出来る奴らは、クラーセントレフンには結構いるぜ? まあ、ほとんど俺のダチだったり親戚なんだけどな」
ギャラリーたちはバカみたいに口をあけたまま腰を抜かし、クレオすらも唇が震えていた。
「な……何をッ! なら、動きそのものを止めてあげるわ! 無属性魔法・グラビディプレス!」
本当に優秀なことだ。強力な魔眼だけじゃなく、本当に多彩な魔法を使う。
こいつがあのまま、本当に戦争に身を投じていれば、確かに人類を代表する英雄になっていたんだろうな。
この全身を押しつぶすように、洗練された重力魔法だって大したもんだ。
だが俺は、膝が地面につきそうになるも、ギリギリで踏ん張って堪えてやった。
「そ、んな……これすらも耐えるというの?」
「あたりめーだ………今の俺は、子を持つ一家の大黒柱だぜ? 傍から見れば女垂らしの最低男だが、それでも俺なりに、不良パッパとして……子を持てば、それなりに重いもんを常に背負ってんだよ!」
幻術も、魔法も、全部受けきってやる。
あとは何だ?
「くっ、ふ……ふざけるなァ!」
あとは、魔力で肉体を強化した肉弾戦か?
怒りを込めた拳で、俺の頬を思いっきりクレオは殴った。
「……へっ……そんなもんか?」
「ッ、だ、黙れ! 黙れ黙れ黙れッ!」
俺自身も肉体強化しているとはいえ、無防備な顔面を殴らせてやったため、僅かに唇が切れた。でも、それだけだ。芯まで響かねえ。
こんなの、何発殴られても耐えられる。だから、思う存分殴らせてやった。
「ふざ、けるな! 私は、暁の覇姫クレオ! 貴様のような、下賎な平民の雑種! 口だけの、最低の、裏切り者なんかに! そんなこと、あるはずがない!」
受け止める俺を、クレオは何度も殴った。途中からクレオの言葉が途切れ途切れになり、その顔が歪み、瞳が潤んでいるのが分かった。
だが、それでもクレオは俺を殴り続けた。
それが徐々に弱々しくなり、鋭く振りぬいていたクレオの拳が、やがてポカポカと軽いものに変わったとき、俺はその拳を手で受け止めてやった。
「……ッ……なぜ……なぜ、なぜ! 私の力が通用しない……なぜ!」
クレオは顔を下に向け、悔しそうに唇を噛み締めている。
本来この戦い、クレオの頭の中では、クレオが正義であり、最低な俺を打ち倒すことは正しいことであるはずだった。
しかし、現実はクレオの想像通りにはならなかった。
もう、クレオはワケが分からず、ただただ悔しそうにしているだけだった。
「クレオ……俺はこの十年間、色んな奴らに殴られてきた」
「……なん……だと?」
「俺は俺なりにこの十年、濃い人生を過ごした。どん底まで落ちたし、後悔もしたし、叩きのめされたりもして、でもそこから這い上がり、今、色々と手に入れることができた」
良いことも悪いこともひっくるめて、全てを糧にして今の俺がある。
「テメェにとっては最低の男だとしても、俺は俺なりに男を上げてきたつもりだ」
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