第514話 筋肉超人VS変態妖怪

「たたた、大変なことが起こっております! 七つ星ホテルのムーンライトプリンセスホテルの前で騒ぎが起こっております! クラーセントレフンより現れし来賓の二名が口論の末、な、殴り合い、て、これは殴り合いなのでしょうか! この衝撃音は本当にッ!」


 常に冷静に現場のリポートをしなければいけないキャスターですら、あの状況。

 まあ、無理もねえよな。この二人の喧嘩を冷静に解説できるやつなんて、俺らの世界でも果たして居るかどうか。


「フハハハハハハハハハハ! わらわをただの狐の亜人と思うな、筋肉小僧! 亜人に変革をもたらす異端児として恐れられし、魔と獣の血を引く力を貴様に見せてくれるのだっ!」


 飛んだエロスヴィッチが九つの尾を大きく逆立たせる。

 すると、尾から光り輝く鱗粉のようなものが広がり、ホテル前の広場に靄のように広がっていく。

 あれは、毒?



「むっ………」



 違う。あれは確か以前も………………



「「「「「うひゃううううううううううううううううううっ!」」」」」



 そう思ったとき、ホテル前に集まっていた野次馬たちが、突然顔を真っ赤にして興奮したように激しく叫んだ。


「あ、あわあああああ、びびび、ヴィッチタマアアアアア!」

「はあはあはあはあはあはあはあ!」

「ヴィッチさまぁー、わたくしめは、ヴィッチ様の奴隷にございますっ!」

「ヴィッチ様ッ! ヴィッチ様ッ! ヴィッチ様ッ!」

「わ、私に、ヴィッチ様のお情けをーッ!」


 男も女も関係ない。狂ったような目でヴィッチを信奉する狂者たちが誕生した。


「あっ、やっぱり。おい、ピンク。車……ちょっと、もうちょい離れたほうがいい」

「どうなっているの! これは、まるで麻薬でもやったかのように国民が!」


 ま~、ある意味、麻薬だ。

 エロスヴィッチの誘惑と洗脳の混じった相手を狂わせる技。

 あの野郎、本当に遠慮がねえ!


「まあ! なんということに! こ、これは、バスティスタ様ッ!」

「……下がっていろ。すぐに終わらせる」


 突如として変わってしまった周囲の状況に、バスティスタの背中で守られているバーミリオンが慌てるが、バスティスタは不敵に笑った。



「なははははは! さあ、世界のお兄ちゃんとお姉ちゃんたち~! わらわをイジメるその筋肉バカを捕まえるのだ~♪ 捕まえた人にはご褒美な~のだ♪」


「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」」」」」



 そんな中、俺たちの世界では歴史に名を残す将軍と呼ばれたエロスヴィッチが、一瞬でエロスヴィッチ軍を興して、その号令と共に狂った狂戦士たちが一斉にバスティスタに飛びかかろうとする。

 しかし………………


「ふん、くだらん。半端に狂っただけの戦士に、俺の高ぶる闘争心を耐えきれるか?」


 バスティスタが僅かに足を開き、中腰に。そして、両手を広げ、目を大きく見開き、その巨体を使って、耳が潰れるほどの大声を張り上げた。



「アー、カマテカマテカーオラ! カマテカマテカーオラ!」



 それは、呪文でも、技でもない。

 ただの儀式のようなもの。


「ッ! ひいっ!」

「あ、う、あ…………」


 しかし、それはただの儀式ではない。

 己の闘争本能を高める儀式。

 バスティスタという男が、己の全身を使って己を高ぶらせる行為。

 それは、ただのエロ誘惑で洗脳されて飛びかかってきた連中など、一瞬で正気に戻すほどの熱き雄叫び。


「バス、ティスタ様?」

「ぬぬ? なんなのだ、それは!」


 思わず目を見開く、バーミリオンとエロスヴィッチ。

 しかし、バスティスタの儀式は続く。


「アーウパ! アーウパ! アウパネカウパネ!」


 それは、人から見れば奇行にしか見えないかもしれない。

 だが、それでもこの男がするならば、決してそうは見えない。

 顔に、筋肉に、全身から溢れる闘争心が、全てのものを圧倒する。


「ちょっと、なによ、あれ」

「獣の威嚇とは違うでござる!」

「ふ~~~ん。でも、うるさいね?」

「こ、ここに、居ても、伝わってきます、この気迫は!」


 それは、少し離れた上空に居る俺たちにだって伝わった。


「なあ、ヴェルト、アレってさ………」

「ああ。『ラグビー』の『ハカ』だな」

「やっぱり………」


 ニートは苦笑している。

 俺も先生に聞くまでは知らなかった。

 にしても、バスティスタの野郎……以前、あいつの記憶を覗いたとき、あの儀式をあまり好意的に見てなかったと思ったけど、あの野郎も何だかんだで………


「ちょ、と、待って……ねえ、あんた今……なんて言ったの?」

「ん?」


 すると、ピンクが物凄い驚いた顔で尋ねてきた。

 まあ、そりゃあ、気になるか。


「ああ。ハカって言ってな。ラグビー世界最強ニュージーランド代表。オールブラックスとか呼ばれてた連中が、試合前にああいうのやるんだってさ」

「ラグビー……ニュージー……ランド……ですって?」

「つっても、俺らの世界にそういうのがあるわけじゃねえ。ただ、あいつの師匠みたいな奴がそういうの広めてるみたいなんだよ。俺らも会ったことはないけど……でも、知ってる」


 そういや、もともとは、近いうちにバスティスタの師匠みたいな奴に会いにいく予定だったのに、随分と予定が狂っちまったな。

 でも、なんでピンクがそんなことにそこまで食いつく? しかも、尋常じゃねえくらいにガタガタ震えてるし。

 つってもまあ、震えてるのは、腰抜かして正気に戻った下の群衆も同じだけどな。


「ふん、所詮は性欲や物欲のためだけに戦う意思などこの程度のもの。真の闘争本能の前には、全てがまやかしだ」


 ハカを終えて、その肉体が完全に戦闘モードに入ったバスティスタが、笑みを浮かべて上空のエロスヴィッチを見上げる。

 エロスヴィッチも、笑みを浮かべ返すも、頬に僅かに汗が流れているのが分かった。



「ぬはははははは。闘争本能だけで、わらわの誘惑をこの場からかき消すとは、流石なのだ。あのイーサムが一目置くだけはあるのだ」


「そうか。同じ旧四獅天亜人とはいえ、武神イーサムの賞賛ならば誇らしいものだ」


「ムカッ! わらわの賞賛はいらぬと申すか! 全く、小生意気な人間なのだ! ならば教えてやるのだ! 熱い血潮の闘争心など、エロを求める生命の真理の前には無力ということをッ!」


 

 エロスヴィッチが急速下降! しなる尻尾がかまいたちのように高速で、不規則にバスティスタの表皮を切り裂いていく! 速いッ!


「ほう。凄まじい鋭さだな」

「ほれほれほれほれ! もっと速度を上げるのだ! 血潮噴かせる、ゴールドテイル!」


 九本の尾が、それぞれあらゆる死角から飛び込むように、鋭い切れ味とともにバスティスタを圧倒していく。

 あれを全部見切るのは不可能だ!

 さらに、それだけじゃねえ。


「ふふ、教えてやるのだ、バスティスタよ。本来、亜人には魔力が備わっていないのだ。しかし、わらわは違う。突然変異の異端児として、亜人でありながら魔力を持ったものたちを『妖怪』と呼び、わらわは『妖狐』と呼ばれたのだ。亜人が魔力を持ったとき、その力は生物界を根底から狂わせる。見せてやるのだッ!」


 あれは、魔力の光ッ! まさか、魔導兵装かっ!

 光の衣がエロスヴィッチを包み込み、獣の牙と爪と尾を表したかのように象られていく。



「妖獣魔人・九尾妖怪大決戦!」

 

 

 だから、なんでそんなにガチモードなんだよ………



「ふん、いいのかそれで? 半端にパワーアップされたほうが、俺も手加減しにくいので、返って悲惨な結末になるかもしれんぞ?」



 で、お前も、シリアスされたら、シリアスしか返さねえのかよ、この堅物がッ!



「ナハハハハハハハハハハハ! たわけ、小僧がッ!」


「さえずるな、子狐がっ!」


 

 魔力を帯びて強化された九つの尾が、より強固に、鋭く、そして速度を上げてバスティスタの肉体を貫く!

 両腕、両腿、両脇腹へと深々と突き刺さり、鮮血舞い上がる。



「ひっ、バ、バスティスタ様ッ!」


「ヴィッチお姉様ッ!」



 刺した! ガチだ! そして、あんな速いもん、避けられるはずが………


「ふん、温いぞ。貴様の卑猥な想いから発する力は、この程度のものかっ!」

「ッ!」


 だが、避けられず、被弾しようともバスティスタは揺るがない。

 尾を肉体に突き刺されながらも、全身の筋肉に力を漲らせると、エロスヴィッチの表情も変わった。


「ぐっ、ぬ、抜けないのだ! 筋肉を圧縮することで、わらわの尾をッ!?」

「そして、見せてくれよう」

「ッ!」

「貴様と違い、魔法が使えないこの身でも、その高みに達することができるということをな!」


 今度はバスティスタの番。

 尻尾を筋肉で掴まれて身動き取れずに無防備なエロスヴィッチ目掛け、右手を前に出して、拳をグーパーする。


「握魔力弾ッ!」

「ほぐわっ!」


 容赦ねえっ! エロスヴィッチの腹に、空気を弾いた弾丸をぶち込んで、エロスヴィッチが………

 あれ?


「むっ!」


 煙のようにドロンして消えた?


「なはははははは、どうしたのだ? 狐につままれたような顔をして」


 と、思ったら、エロスヴィッチの本体は、まるで最初からそこに立っていたかのように、バスティスタの背後に。


「……魔力で象った空蝉か……器用なことを」

「エロから目を背ける者に、真実を見抜くことはできないのだっ!」


 変わり身の術? あのエロババア、そんな器用なことも出来たのかよ!


「キシャアッ!」

「来い、発情狐ッ!」


 いや、出来て当然か。あいつは普段はただのエロババアだが、その積み重ねてきた歴史は、最強の四獅天亜人の一人として、全世界を左右させる戦争の最前線で常に戦い続けてきた女だ。

 ぶっちゃけた話、残念な一面さえなければ………

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