第511話 冷やかし

 にしても、バスティスタに春か。

 フッたってどういうことだよと思いながらも、俺はかなりウキウキしていた。

 ピンクの目的なんかよりずっと興味ある。

 別に、俺もそこまで人の色恋沙汰に野次馬根性出すというわけでもないはずなんだが、正直、自分の恋愛的なものが「こういう状況」だからだろうか。

 恋人が出来る前に嫁が六人も出来たうえに、結局、神乃美奈への告白も特に進展があったわけでもなく、今に至っているからなのか……とまあ、御託を並べたところで結局、それは別にいいや。

 単純に、「筋肉兄貴と、ほんわかお姫様の恋」という状況で、もう、なんかそそられた。


「バスティスタって、例の体の大きな人でしょ? 彼、いくつぐらいなの?」

「そういや、何歳だっけな? 結構年上だと思うけどな」

「結婚はしてないの?」

「してねえしてねえ。彼女も居ないみたいだしな。まあ、あいつの場合は、バツなしの子持ちみたいなもんだからな」

「どういうこと?」


 まあ、ピンクには分からねえだろうな。

 バスティスタはああ見えて、戦災孤児の子供を何人も引き取って面倒を見ている。

 昔、あいつが用心棒として雇われた修道院に居た子供たちだそうだが、色々な不幸があって修道院にも住めなくなった子達を、あいつは引き取った。

 その話と、だからこそ俺がふるまってやったラーメンが好きになったという子供たちに、いつでも好きなものを食べさせてやりたいという思いから、ラーメンの作り方を教えて欲しいと聞いた時の先生は、目が潤んで感動してたっけな。


「バーミリオン姉さんも、随分と変わった人を好きになったものね」

「そうか~? 力持ちで喧嘩も強くて子煩悩で頼りがいあって………それに、あいつは普通にイイ奴だしな」


 それに、もう何ヶ月も一緒に働いて暮らしてるんだ。俺も兄弟子気取る気もねえが、なんだか不器用な兄貴分の新鮮な話を聞いて、少し嬉しくなっていた。


「珍し。ヴェルトが他人をそこまで褒めるの」

「ああ? そうか~?」

「だって、お前って、相手が魔王でも四獅天亜人でも勇者でも、ボロクソ言う男だったと思ってたんで………ついでに言うと、俺と初めて会った時もボロクソ言ってくれたんで」

「かもな。まあ、単純に、俺も先生もあいつのことは気に入ってんのさ」

「………言葉だけ聞いてれば爽やかなんだが、どう見てもお前の目は野次馬根性丸出しなんで。ひやかす気満々にしか見えないと思うんで」


 それは、ほら。ソレはソレ。コレはコレだからな。



「でも、なんだろうな~、戦争が終わったからなのか、最近、そういう色々なところで恋が動いてるね」


「なんだ、ペット。お前、俺の嫁になりたいのか?」


「なんでそういう風に聞いちゃうかな!? んもう、私が言ってるのは、バーツくんとサンヌちゃんとか、シャウトくんとホークちゃんとかのことだよ~」


「まあ、バーツとかは、ありゃガキの頃からだろ? むしろ、あいつらは今更だ。あんな分かりやすい女の気持ちに気づかずに振り回していた鈍感野郎共が、ようやく人並みになっただけだろうが」


「女の子の気持ちを知りながらも無神経に振り回しているヴェルト君が、そこまで言っちゃうの?」


「俺は責任取っただろうが。振り回した女は、ちゃんと面倒を見ることにしてる」


「何でだろう。責任取ったって言ってる割に、ヴェルト君が全然立派に思えない!」


「うるせえ。つうか、女を振り回したレベルで言うなら、ニートの方が酷いぞ!」


「絶対、ヴェルト君のほうが酷い!」



 何を言う。俺は酷くなんか無いぞ。大体、俺は女を振り回したかもしれんが、最終的に喰われたのは俺の方だ。……な、はずだ。



「ペット殿、それ以上、殿への愚弄は許さぬでござる! 殿は、甘い言葉を口にはしませぬが、寵愛を与えし相手には深い愛情を注ぐ御方でござる! それこそ、拙者も………」


「ムサシちゃん?」


「拙者も……えへ……と、との、だ、旦那さま、と、ちゅちゅ、ちゅ~、を……にゃ~~~ん、こ、これ以上は拙者の口からは言えませぬ~」



 恥ずかしがった猫が顔を真っ赤にしながらも嬉しそうに「いやんいやん」と頭を振る仕草に、ペットは余計に俺を「うう~~~~」と恨みのこもったような目で拗ねてくる。

 だが、そんなやりとりをすればするほど、ピンクはサングラスをかけても分かるぐらい、不愉快そうな空気を出して俺を見ていた。


「なに、あんた。女の敵?」

「まだ、敵にはなりきれてねえ感じだな。まあ、これ以上、ややこしいことになったら、本当に敵として殺されるかもしれねえが」


 そう、だからこそ俺自身はこれ以上ややこしいことにはなって欲しくないんだ。

 クロニアのことがあって以来、今の嫁たちの結束力と警戒心の前に、妙なものをぶち込んだら、それは惨劇の幕開けになるかもしれないからだ。

 だから、俺はもうそういうのはいいし、アイドルの枕営業だ、幼馴染のほのかな初恋がどうとか、正直そそられるよりも反応に困る。

 むしろ、こうやって自分が完全な第三者になって、人の恋路をひやかし……いやいや、応援するというのは、何だか新鮮な気持ちになれる。


「っと、着いたけど……何アレ?」

「あん?」


 とまあ、俺が心の中でウキウキしているあいだに、天高らかにそびえ立つ、巨大な超高級そうなホテルの前に車が近づいた瞬間、ホテルの入口には既に大勢の人ごみが何かを取り囲むように集まっていた。

 いや、人だけじゃねえ。


「っていうか、おいおいおいおい」

「何かしら、これ!」


 地上に並ぶ車の行列、車道にまではみ出す群衆、ホテルを飛び回るスカイカーの数。

 それは、昼間のライブ会場を彷彿とさせるほど、大規模な群衆で溢れていた。


「なんのイベントだ? お前らアイドルが枕営業活動中とバレたか?」

「そんな、はずは……ちょっと待って、確認してみるわ」


 予想外の事態に慌ててピンクが車に向かって誰かの名前を呼んだ。

 すると、それだけで車内にコール音のようなものが響き、何回かのコールで何者かの声がスピーカーから聞こえてきた。


「ピンクよ。今、ホテルの前にいるけど、どういう状況なの?」

『ピンク姫! ご苦労様です。しかし、まだホテルの外ということであれば、今は危険です。少し待機をお願いします』

「なんでこんなことに? ひょっとして、クラーセントレフンの人たちがホテルに泊まっているのがバレたの?」

『いや、というより……その、テレビを見てください。その方が早いです。恐らく、今、どのチャンネルでもやっているかもしれません』


 テレビ? こりゃまた、懐かしい響きの言葉だ。俺もニートもお互いに顔合わせて「はは」と苦笑した。


「テレビ? スクリーンを出して」

「了解シマシタ」


 すると、「ウイーン」という音と共に、前方の席、そして後方の席に二つの液晶テレビが突如車内から顔を出し、パッと電源が入った。

 そこに写っているのは、取り囲む野次馬たちの中で向かい合うひと組の男女。


「なな、なんでござる、これは!」

「すごい。こんな薄いのに、サークルミラーみたいな鮮明度で、状況を写しているの?」

「へ~、これは面白いね。これなら僕も欲しいや」

「すげー、画質綺麗だな」


 テレビというそのものへの反応をそれぞれ見せる一方で、やはり最も目についたのは、そのテレビに写っている二人だろう。

 そして、その映像を放映しながら、テレビからナレーションだかキャスターだかの声が聞こえてきた。


『さあ、大変なことになりました。交際許可制度が制定されて以降、政府認可のない交際は法に触れることとして罰せられるということは、子供でも分かる常識でありながら、その法を破ろうとする一人の姫と、異世界より現れし英傑の行く末が、ネット上の投稿から噂が瞬く間に拡散され、現在世界が注目するほどにまで発展してしまいました』


 そこに映っているのは、涙を潤ませながらも、真剣な眼差しで男を見つめるお姉さん系お姫様。

 そして、そのお姫様と向かい合うのは、俺の弟弟子のマッチョ。



『さて、ホテルの黒服が隠撮してネット上に投稿したところ、一瞬で拡散した今回の出来事。もちろん、この黒服のIDはすぐに特定されて現在炎上中。後に、当局からも処罰が下されることになるでしょうが、それでもなお、この光景を今、誰も止めようとしません。ネーデルランディス公国の姫にして、アルカディア・ヴィーナス8の一人として世界的な大スター、バーミリオン姫の世界の壁を超えた告白劇に、未だ誰も周りを取り囲むだけで、止める声が上がりません』



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