第510話 めんどくせーのは断る
「単独? お姫様が、一人でか?」
「そっ。レッドサブカルチャーは八大国の至る所に影響を及ぼしてんの。だから、誰が組織と繋がっているかがわからない。正直、今の私には信頼できる仲間が居ないの。だから一人で調査してたの」
「ふ~ん、そりゃまたご立派なことで」
「だから、今日私を見たのは内緒にしててね。というより、アリバイ工作に付き合ってくれたら、尚嬉しいわ。私は今夜、あんたの泊まっているホテルの部屋に行ったことになってるから」
ん? ちょっと待て。今日ピンクを見たのが内緒にして欲しいという意味が分かったが、何でアリバイで俺なんだ?
「俺の部屋に来ることになってた? なんで? 何しにだよ」
「……枕しに……」
「はあっ? まくら? ……枕!?」
「私のパパ……つまり、私の国の王は、今後クラーセントレフンとの外交を有利に進めるにあたって、私があんたに宛てがわれたの。どう? 嬉しい? でも、公表はしないでね。アイドルのイメージダウンになるし、一応、法律では禁止されているからね」
おい、お前さ、何で俺とペットのあんなやり取りを一部始終見ながら、あっけらかんとそういうのブチ込むんだよ。
案の定、ニート、ペットが軽蔑顔、そしてムサシが「はへ? え、あわわ」とパニクってる。
まあ、とは言うものの……
「あっそう。アイドルの枕営業なんて都市伝説だと思ってたが、まさかこんな発展した世界でもそんな旧石器時代みてーな文化が存在したんだな」
「そうね。私もそう思う。でも、色々と規制されてしまった世界だからこそ、そういう甘い誘惑が時には効果的だったりもするの。ちなみに、今日、あんたの部屋には、多分私以外も行ってると思うから」
「けっ、くっだらねえ。今の俺にハニートラップは通用しねーよ」
「へ~、立派立派。そんな可愛い幼馴染を平気で泣かせて、奥さん六人も居るとそうなるのね」
そう、今の俺の嫁を考えれば、色々な意味でハニートラップにかかる理由がない。
というか、トラップにかかったのがバレたら殺される……
「あのさ、話が脇道に逸れてると思うんで。ピンク姫があそこに居た理由は分かったけど、何で俺たちを助けてくれたか、全然分からないんで」
後部座席から呆れながらも言うニートの言葉は、確かにそうだった。
なんで、ピンクは俺たちを助けたのか?
多分、あのまま暴れてたら、俺たちはこの世界から追われる身となっていた。
だがそれも、こいつが俺らを助けてくれたことで、心配なさそうな気がする。
でも、こいつが俺らを助けるメリットはあったのか?
すると、
「簡単。下心があったから」
「下心?」
「そう。私は外交がどうとかじゃなくて、私の目的のために、あんたたちと繋がりを持ちたかった。力を貸して欲しかった」
あくまで、正直に語るピンク。まあ、その方が逆に言葉に真実味を持てるのだが、でも「下心」とか普通言うか?
だが、そんな本音を、今日出会った他人である俺らに晒してまで達成したい目的とは?
「目的ってどういうことか分からないんで」
「私の目的……それは……レッド・サブカルチャーのリーダーを……助けること」
倒すではない。逮捕するでもない。助ける?
「…………知り合いか?」
「友達。遠い遠い、誰にも言えないぐらい大昔のね……」
いや、大昔って、お前どうみても十代だろうが。
「でも、私には力がない。仲間もいない。だから……レッド・サブカルチャーと何のしがらみもない、そして常識を打ち破れる人たちをずっと探していた」
そこで意味深に俺を見てくるあたり、そういうことかと理解した。
「そういうことか」
「そういうこと。私は正直、クラーセントレフンとの外交とかに興味ないの。ただ、あんたたちが常識を超えるほどの強さを持っていた。だからこそ、その力が欲しいと思っている。利用できないかと、今日のライブで思った。そして、ライラック皇子を倒した力を見て、それが確信に変わった」
あくまで俺たちの様子を伺うことなく、すべてを正直に語るピンク。
もしこれで、俺たちがそのことを言いふらしたら、こいつはどうするつもりだった?
「ありきたりで申し訳ないけど、この世界で手に入るものであれば、望みのものはなんでも用意するつもりよ。だから、お願い……」
その時、高速で空を駆け抜けていたはずの車も、ようやく逃げ切れたと判断するやいなや、停止してゆっくりと地上へ降りていく。
ジェットコースターみたいな感覚も終わり、少し静かになって間を置いて、ピンクはサングラスを外して、俺たちに向けて言う。
「お願い。私に、力を貸して」
さて、今度は逆になっちまった。
ライラックには、組織に勧誘された。
そして、ピンクにはその組織と敵対するために手を貸して欲しいと。
でも、
「やだ、興味もないのに、めんどくさ……」
「ッ…………」
でもまあ、俺からすればどっちもどっちだしよ……
「ヴェルト、お前、ぶれないんだ」
「即答しなくてもいいのに……」
「ニート殿、ペット殿、我が殿の決定に不服を申すでござるか?」
「僕もサンセーかな? もうこの世界にも飽きたし、早く帰らない?」
まあ、意見はあるだろうが、正直俺らはそれどころじゃねえしな。
「ニート、忘れたか? その、何だっけ? 教祖とか、ヲタクの父とか、俺らはそっちをどうにかする方が先だろうが」
「あっ、それは覚えてるんだ」
「まーな。だからこそ、お姫様の友情問題に関わってる場合じゃねえってことだよ」
最低一人。最大で二人。前世のクラスメートだと思われる奴らが、この世界に居て、冷凍刑務所なるもので氷漬けになっている。
それこそ、気の遠くなるような昔のクラスメートと言える。
俺にそいつらの記憶は特にないが、先生に「知らない奴だから助けなかった」なんて報告はするわけにはいかねえからな。
「ケチ。それに、なによ。教祖とか、ヲタク父って。まさか、教祖クリアとレッドのことじゃないでしょうね?」
「けっ。テメェには関係ねえよ。だが、まあ、そういうことで、仲間集めは他でやってくれ。今日聞いた話は黙っててやるからよ」
「どうしてもダメ? ……それに、なんであなたたちがクリアとレッドを? もう、私たちの何世代も大昔の偉人を…………」
と、その時だった。
「マスター。オ父上様カラ電話ガ入ッテオリマス。オ繋ギシマスカ?」
「っと、えっ、パパから? ……」
車が突如コール音を響かせ、音声ガイダンスのような声で車が喋った。
ピンクの父ということは、パリジェン王国の王様。夜飯を一緒に食ったあのおっさんか。
俺たちも居るので、出るかどうか迷っているピンクに、俺は頷いて「別に構わずどーぞ」と促した。
それを聞いてピンクも小さく「ありがと」とつぶやいて、声を発した。
「ピンクです。パパ、どうしたの?」
『ピンク、今、一人か?』
「……ええ……一人かな? 運転中よ」
『やはりか! 運転は危ないからやめろと言っているだろう。なぜ、リムジンを使わん。運転手が嘆いて大臣に電話してきたのだぞ』
「ごめん。でも、心配しないで。ちゃんとやるから」
『全く。だが、まだホテルに着いていないのだな?』
突如車から王の声が聞こえてきたので、相変わらずムサシがビクッと反応を見せるのはお約束だ。
にしても、ピンクのやつ、俺がアリバイ作りの了承をしなかったからといって、咄嗟に嘘をつくとは、なかなか義理堅いやつだな。
「どうして?」
『ホテルに待機してる者からの報告だ。ヴァルハラのミント姫がホテルに来ているそうだ。リガンティナ皇女との面会とのことだが、目的は十中八九、ヴェルト・ジーハ氏だろう』
「…………そう…………」
『さらに、シアン姫に関しては、エロスヴィッチ氏と随分と親睦を深めたそうで、向こうから部屋に招待されて、今、ホテルの部屋に居るそうだ』
ここでツッコミを入れたかった。「それ、親睦じゃねえよ。ぜってー違う」と。
『バーミリオン姫も既にホテルに到着しているそうだ。ただ、ホテルのフロントで揉めているようだがな』
「揉めている? あの、穏やかなバーミリオン姉さんが?」
『ああ。彼女はどうやら、例のバスティスタ氏を訪ねたそうだが、勢い余ってその場で告白してしまったと。だが、バスティスタ氏がそれを拒絶したことで、色々と言い争っている。いや、泣きすがっているということだ』
ふ~~~~~~ん、バスティスタが。へえ~………………なにっ!
『とにかく、各国の姫は既に積極的にクラーセントレフンとの繋がりを確保すべく、動いている。お前も出遅れるな。分かったな?』
「は~~~~い」
『あと、ちゃんと法定速度を守るのだぞ? お前が違反したとき、私がどれだけ恥をかいたことか』
「はいはい」
ダルそうな返事をして電話を切ったピンク。
正直、色々とツッコミたいところがあったが、今の俺は、んなことより気になることがあった。
「おい、ピンク、早くホテルに戻れ」
「えっ、う、うん、でも、ちょっとまだ話が……」
「んなことどーでもいいんだよ!」
そう、どうでもいい。
何故なら、
「あの、戦うパパのバスティスタに……とうとう春が実際に訪れたわけか。こいつは~、兄弟子として見届けてやらんとな」
「いや、ヴェルト、ものすごい野次馬根性丸出しなんで。それに春も何もフッたって……」
そう、あの千パーセント筋肉の堅物のバスティスタだぞ?
正直、あいつ、あんなにカッケーのに、普通にそういう話がなくて心配だったからな。
こいつは是非とも見届けんとな。
そのことばかりで頭がいっぱいになり、俺はピンクを急かした。
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