第509話 ラブソング

 罠かはどうかは分からないが、必死に訴えている目はしている。

 まあ、俺たちを騙そうとしている様子は無いし、今は飛び込んでおくか。



「乗るぞ!」


「ねえ、狭くない? 地底族の君は、地中の中を移動して、亜人の君は走れば? 人間の君はヴェルト君のこと好きみたいだけど、僕の妹の邪魔だからここで死んでくれる?」


「置いていかないで欲しいんで! いま、ここは世界一恐いけど、世界一安全な場所でもあるんで!」


「拙者が、殿の傍を離れるなどありえませぬ!」


「私が一番酷すぎる! というより、私がヴェルト君を好きというのは確定なんですか!」



 高級車とはいえ、車内は狭いな。

 俺は助手席に乗り込んで、後ろの二人席に四人詰め込んだ瞬間、ピンクは黒いサングラスをかけ、指の開いた手袋を装着し、どこの走り屋だよとツッコミ入れようとした瞬間、ピンクは車内で喋った。


「曲をお願い。クラッシックで」

「了解シマシタ。プレイリストヨリ再生シマス」


 おおっ、車が喋ったよ。声紋認証的な奴か?

 とにもかくにも、車内に突如重厚感のあるオーケストラの曲が流れ出し、次の瞬間車は激しく加速して、一気にメガロニューヨークの空を駆け抜けた。


「うおっ、おお、速い!」

「ちょっ、とと、飛ばしすぎなんで!」

「にゃあああ、は、速いでごじゃ、ごじゃるううっ!」

「ふ~~~~ん」

「ひっ、こ、これ、大丈夫なの? け、景色が速すぎて全然見えないッ!」


 ジェット気流に乗るとはこういうことを言うのだろうか? 車に乗っていて、手すりにしがみ付くなんてことは今まで無かった。

 ドラゴンの背中に乗るよりも驚いた。まあ、俺の肉体が既に前世に乗っていた車の感覚を忘れているのもあるんだけどな。



「しっ! 静かに。あまり雑音交えられると、リズムに乗れないわ」


「はあ? リズム? なんでだよ!」


「クラシックの曲に乗せ、ポルシャエンジンとターボがかかったときの音が、私のリズムを作り、音に深みを持たせんの」


「意味分かんねーっ! どこの中二病だテメエは! 音楽つっても、アイドルなんて別にそこまで音楽に博識じゃねえもんじゃねえのかよ? ツラとチャラチャラした踊りこなしてニコニコしてるだけの商売だろうが!」


「随分と偏見を持っているのね。あんた、そのセリフは世界中のアイドルを敵に回す発言よ?」



 なんかサングラスかけても分かるぐらいギロリと睨まれた。

 だが、ピンクはすぐに前を向いて、小さく笑った。


「私、音にはこだわりがあるのよ」

「はあ? ポルシャの音がどんな音だっつーんだよ」

「ほんと。私には、絶対音感があるから」


 ん? 絶対音感? あ、なんかスゲエ懐かしい単語だ! 確か、ミルコも持っていたな。キシンとなった今はどうだろ?


「ニート殿、絶対怨寒とは、何かの必殺技でござるか?」

「いや、違うんで。絶対音感って、楽器が奏でる音とか以外でも、日常生活で生じる音とかを聞いただけで、その音名が分かる能力なんで。ピアニストとか、音楽家に多いみたい」

「えっ、そ、そんな能力があるんですか? 私も子供の頃からピアノを習ってるけど、そんな能力初めて聞いた……」


 そういや、あの世界ではそういう単語事態が無かったのか? 

 にしても、ピアノか……


「ピアノね~、ふ~ん……あっ、そういえば……」


 そういえば、フォルナもピアノをやってて、小さい頃に王都の文化会館で発表会があって、無理やり招待されたとき、ペットと初めて……


「ピアノ………なあ、ペット、まさか……お前、あん時から……」

「ッ! なっ、ちょっ、ヴェ、ヴェルトくん!」


 ふと何気なく聞いてみたら、ペットが目に見えるほどビクッと体を震わせて、首を勢いよく横に振った。

 でも、否定されたその態度は、明らかに……


「ああ、それで……ふ~~ん」


 そうか、ペットが前から俺のこと好きだったとか、まさかあんな程度のことで……つうか、あんなガキの頃の話かよ! 



「えっ、ちょっと待てよ、お前、あんな十年以上前からとか……お前、帝国の軍仕官学校とか、人類大連合軍時代に他にいい男いなかったのか~?」


「ッ! ………うう……う~~~」


「ん? て、お前、泣くなよな~。からかわれたぐらいで、ガキじゃないんだから」



 と、何故か急に顔を両手で覆い隠し蹲るペットに、「うわあ」ってなったが、同時に運転席から俺を見るピンクや後部座席でバックミラー越しに見えるニートの顔が、「最悪」ってな表情で俺を軽蔑してる。

 すると、ペットはちょっとぐずりながらも、呟いた。


「バカ~……聞かないでよ~……言わせないでよ~……」


 ……なんだろ。近所のガキ大将が女の子を泣かしているようなこの感覚は。

 だって、仕方ねえだろ? ソレは全く予想外だったんだから。


「だってよ~、お前、俺のこと恐くて苦手だと思ってたからよ」

「……苦手だよ……恐いよ……ヴェルトくんは、乱暴だし、凶暴だし、よく暴れて喧嘩してたし」

「だろ? それなのに、好きとか言われてもな~、ピンとこねえよ」

「そうだけど……それは……って、その前に! 好きってまだ言ってない! いや、まだじゃなくて、そもそも好きって言ってないから! 言ってないんだよッ?」


 後部座席から身を乗り出して、俺の肩をポカポカ叩いてくるペット。

 まったく……小学生か!?

 そして、なんか「じ~~~~~」と見てくる周囲のこの視線はなんだ?

 だが、ペットは唇を尖らせて、少し拗ねた様子で呟いた。


「だって、ヴェルトくん、すっかり変わっちゃったから………」

「えっ? なに?」


 変わった? 俺の何が? 


「初めて会った頃のヴェルト君は、ちょっと乱暴で口が悪かったけど………どんなことにも屈しないで立ち向かう、心が強くて、すごく力に溢れていた」


 乱暴で口が悪い? なんだよ、何も変わってねえじゃ―――



「でも、ある日を境にヴェルトくんは……なんだろう、周りを凄く拒絶して、壁を作って、あらゆるものから興味をなくしたような、暗く孤独な目をしていた」


「……なにい? そんなことあったか? いつだ?」


「そうだよ! えっと……あれは、確か……七歳……ううん、八歳ぐらいの頃?」



 八歳。そう言われてハッとした。

 その頃といえば、俺が、前世の記憶を取り戻し、すさんじまった時期のことだ。


「姫様はそれでも構わずヴェルトくんと一緒に居続けた。でも、私は………まるで人が変わってしまったみたいなヴェルトくんが………恐かった」


 ふ~んと感じ、なるほどと思った。

 俺の痛い時代だった。

 突如前世の記憶を思い出し、存在する全ての物を受け入れられず、両親すらも他人だと思っていたあの頃か。



「そっか。じゃあ、男前の俺が戻ってきて良かったな。まあ、既に六人も嫁が居て手遅れだけど」


「自分で言っちゃうんだ! でも、そういう意味も無い自信満々なところは昔のヴェルトくんだけど……」



 確かに、前世の記憶を取り戻した時期は、自分自身でも荒れていたと思う。

 まだガキだったこいつらに、その時の俺の変貌振りは、恐れるものだったのかもしれない。

 でも、だからこそ、そんな状態でも俺に変わらず接し、それでも好きだと言ってくれていたフォルナだからこそ、俺は……



「ねえ、状況分かってる? いつまでこのラブコメディーソングを聞かせるの?」



 軽く咳払いしたピンクがツッコミ入れてきた。



「そう言うな。俺の親友は、ロックとラブソングが世界を作ったって言ってんだぜ?」


「はあ? ロック? クラーセントレフンに? 嘘でしょ? あんな破壊思想の過激な音楽が、あんたたちの世界に? なんで!」


「ロックの魔王様っていう、最強の魔王が居るんだよ」



 まあ、今は魔王を辞めて、俺の国の宰相的なポジションに落ち着いてるんだけどな。

 冷静に考えると、あいつはジャレンガより強いっぽいから、恐ろしい。


 って、今の問題はそこじゃねえか。


「んで、お前、何であんなところに居たんだ?」


 そうだよ。なんであんなにタイミングよく、都合のいい場所に、護衛もつけていないお姫様が一人で居たのかってことだ。

 しかも、身につけているのは、アイボリーたちのような黒いピッタリスーツ。おまけにサングラスまでかけているから、どこかの女怪盗やスパイみたいにしか見えねえ。

 だからこそ、何で? その問いかけに、ピンクは前を見ながら答えた。


「見張ってたの」

「なに?」

「今夜、あの店に、レッド・サブカルチャーのリーダーが来るかもしれない。そういう情報があったから」


 レッド・サブカルチャーのリーダー? あのテロ組織の?


「ほ~。そりゃまた……でも、何でお前自身が? そういうのは、部下にやらせるもんだろうが」


  国のお姫様自ら一人で、テロ組織の調査とか、ありえんのか?

 すると、ピンクは小さく笑った。


「うん、ありえない。だって、私は単独で動いているから」

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