第453話 ポンコツ勇者

「おい、あんま娘の前で殺すとか、夫婦喧嘩とかやめろよな? そういうの、トラウマになるんだからよ」

「うるさああああああい! 君の所為だあああああああああああああ!」

「俺はあんま関係ねえ! 悪いのは全部、マッキーのヤリ逃げが原因なんだろうがッ! つうか、もっと遡ると、全部聖騎士の所為じゃねえか!」

「そうだよ……でも、君さえいなければラブはずっとマニーと一緒にいたんだ! 君さえいなければ、今だってマニーとピースちゃんの三人家族でいられたんだ! 全部、君のせいだ!」

「あ~うるせえ! もう、最後の方は全部テメェの所為だ!」

「はぶっ!」


 ……おれ、ころしてない。ちょっと空気爆弾で爆発させただけ。



「あ~~~、もう、神族大陸の時から、ほんっとテメエはウゼエ女だな。大体、なんで俺がこの脳みそヤンデレちゃんに、殺意を向けられてんだよ! そういうのは、マッキーがほかの女と浮気したときにでも用意しとけ! 男に向けんじゃねえよ、ボケ! もしくは、聖騎士に向けろ! あのヴォルドのクソッタレとかにな!」



 畜生、さっきまでただ単純にぶっ殺せばいいだけだったのに、なんかムカついて色々言ってやりたいことが出てきちまったよ、コンチクショウ!



「はあ、はあ、はあ……うるさい、なんでマニーの所為なの? マニーのこと、なんにも知らないくせに!」



 悪化しちゃった……


「わり、マッキー。やっぱ無理」

「はやっ! いや、パナイはやい! 諦めるのパナイはやい!」


 いや、だってもう無理だし、この女……つうかもうやだ、俺の嫁よりもタチがわる……俺の嫁よりもタチがわる……悪いよな? でも、あいつらも一歩間違えたらこうならないとも言い切れないところが、なんか怖い。

 すると……


「っ、ここは、僕にも話をさせてください」


 ロアだった。

 癇癪起こしているマニーをどうするかで俺がイラついている中、ロアが一歩前へ出た。


「ロア」

「どうする気?」


 俺を止めたのもこいつだ。そして、それを止めたことでどれだけ世界に迷惑がかかるかも理解した上で、こいつは俺を止めた。

 その時、俺は何となくだが思った。ひょっとしてこいつは、何かしらの妙案でもあるんじゃないのか?


「な~~~にい、ロアくん。ロアくんも殺されたいの~?」

「いえ、あなたと戦う気もありません。だから、あなたも殺す気もありません。ただ、話をしに来ました」


 腰に携えた勇者の聖剣を放り投げて、敵意がないことを証明するロア。

 そうだ、思い出した。こいつは、色々あったが、実際のところは世界を代表する人類史に名を残す英雄。

 本来であれば、不良の俺とは別世界の住人なんだ。ランク違いの存在なんだ。

 そんな男が、なんの考えもなしに俺を止めるか?

 いや、何かあるはずだ。

 つまり、マニーを止めることのできる何かを……



「マニー姫。あなたの憎しみ……痛いほどに伝わってきます。あなたに何があったのか……きっと、僕の想像もできないほど過酷な人生だったと思います。でもっ!」



 そして勇者はキリッとした表情で……



「でもっ! 復讐は何も生みませんッ! 悲しみの連鎖を生み出すだけです!」



 ………………………………?


「……でっ?」

「……おお。で?」

「……うん、パナイわかったけど、それで?」


 この瞬間、マニー、俺、マッキーは同時に目が点になった。「それで?」と。

 だが、ロアは俺たちの反応に「あれ?」と戸惑うだけで、それ以上は……って、こいつ!


「このボケナスがッ!」

「いった!」


 俺は気づいたら、ロアの背中を蹴り飛ばしていた。



「っつ、何をするんですか、ヴェルトさん!」


「お、お、おまえ、馬鹿か! お前は馬鹿なのか? 天然で馬鹿なのか! なに、そのベタすぎる薄っぺらい言葉! お前は殺人犯を追い詰める刑事か? それとも名探偵か? ファンタジー世界の勇者がよりにもよって、ベタベタすぎるセリフを使いまわしてんじゃねえよ!」


「な、なにを、いきなり。それに、セリフを使いまわすってどういうことですか?」


「うわ~、ほんっと、ダメだこいつ。なに? ほんっと役に立たねえし! キシンにもフツーにボコられるし、聖騎士の口車乗るし、挙げ句の果てには洗脳されて迷惑かけるし、ようやく復活したかと思えばベタゼリフを言いやがって! いいか! 確かにそのセリフは定番だが、あまりにも定番すぎるから最早それで説得されて復讐やめる奴なんて一人もいねーんだよ、今はむしろ、やられたらやり返すんだよ、十倍返しでな、覚えておけ!」


 

 いや、ベタな勇者だからこそのベタゼリフかもしれねえが、この状況は多分それは違う。そして、まさかこれで本当に説得できると思っていたロアにイラついて、もう俺は八つ当たりしていた。

 一方で……



「ひははは、ひっど、いや、笑っちゃダメだけど、パナイひどっ!」



 マッキーはもはや状況を忘れて笑っていた。

 だが、俺もただでさえこいつの所為で面倒な状況にされたので、その怒りを全て発散させなきゃ気がすまなかった。


「でも、ヴェルトさん! 復讐なんてしたって、誰も喜びません!」

「だから、あいつはそういうの考えてねえよ! ただ単に、自分がスッキリしたいだけの馬鹿女なんだよ!」

「いえ、それでも彼女も一児の母親。ならば、愛情というものを今は理解していると思います。僕は、その心を信じたい!」

「知るか馬鹿! 別に、愛情云々じゃなくて、マッキーが避妊しないでできちゃっただけだろうが! つうか、テメェは親の気持ちどころか、童貞なんだから、こんな高度な昼ドラ展開に口出しすんじゃねえ!」

「んなっ! じょ、異性交遊の経験は関係ないと思います!」


 顔を真っ赤にして俺に言い返してくるロアだが、俺はもうボロクソ言ってやった。

 すると……


「ヴェルトくん、そ~いや、さっきアルテアちゃん言ってたけど、君、もう童貞じゃなかったっけ?」

「ッ!」

「しかも……六人……」

「……………………」


 マッキーが手のひらを叩いて、ぶち込んできやがった。



「ろ、六人? ヴェルトさん、あなたは……えっと、確か、フォルナ姫とウラ姫ですよね? あとは、え~っと二年前の記憶だと……エルジェラ皇女? あとは?」


「……ユズリハとアルテア」


「えっ、ほ、本当ですか? あの竜人族の姫と、ダークエルフのアルテア姫まで?」



 正直に白状した俺に、ロアは顔を青ざめて引いている。そりゃそうだよな。同じ十代で嫁六人とか引くよな。

 だが、俺があえて気を利かせて言わなかったのに、マッキーはワザワザぶち込んできやがった。


「ひはははは、あとひとり忘れてるでしょ? アルーシャちゃん♪」

「ばっ、おまっ!」

「……えっ?」


 いや、こいつ、アルーシャの兄だから! 


「…………それは本当ですか? ヴェルトさん」

「……………………………はい」

「…………そうですか…………」


 気づけば、俺はさっきまでのオラオラ態勢から、一瞬で正座に変わっていた。

 ゆらりと立ち上がるロアの顔を、とてもじゃないが見れなかったからだ。



「ヴェルトさん……二年前の僕の記憶が正しければ、確かにアルーシャはあなたに想いを寄せていました」


「あ、ありがたいことだ……」


「ヴェルトさん、僕はあなたのことをそれなりに知ったと思っております。ですから、仮に六人の女性と関係を持とうと、あなたがフォルナ姫やウラ姫に接する態度からも、ほかの自分を慕う女性を蔑ろにしたり、酷い扱いをする方ではないと信じております」


「お、おお……」


「だからこそ、別にアルーシャが本気であるのなら僕は相手があなたであっても特に反対する気はありません。もちろん、それは兄として、少し寂しい気持ちにもなりますが、これまで戦争ばかりでそういったことに無縁だったアルーシャが、初めて心から愛した人と寄り添うことができるというのであれば、僕はむしろ心から歓迎し応援する次第です。しかし、それはそれとしてあなたにも理解してもらわないといけません。それは、アルーシャは、アークライン帝国の王位継承権を持つ姫であるということを。妹が既にあなたと契を結ばれたということは喜ばしいことではありますが、あなたは一国の姫君にお手を出されたということを自覚し、そしてそれは決して軽い問題ではないということをご理解ください。そして問題となるのは、我ら帝国の姫であるアルーシャの序列に関してです。もし、現時点では、女性たちに優劣などなくあなたは全ての女性を平等に愛されているというのであればそれはそれで構いませんが、物事には何事もケジメが必要です。帝国の王位継承権を持つ姫が余所の国の殿方に娶られるというのに、それが側室の中でもあまりにも序列が低いということになれば、我々アークライン帝国も遺憾の意を表することになるでしょう。しかし、ここで問題となるのが、あなたの奥方がみな、他国の姫君であるということ。当然他国も自国の姫の序列を気にされるでしょう。その場合、どの種族、どの国の序列が高いかは、今後の力関係に大きな影響を及ぼし、それは戦争に発展しかねないことになります。大げさだと思いますか? 王族の結婚とは、なんのしがらみもなくというわけにはいかず、やはりそれらは全て付きまとう問題だと思います。だからこそ、お聞かせください。アルーシャの序列はどうでしょうか? 身内びいきを抜きにしても、アルーシャは容姿端麗で文武においても非の打ち所もなく、凛とした態度で少し近寄りがたい空気はあるかもしれませんが、心を許した相手には愛らしい一面も見せるでしょう。多少プライドの高いところもあるとは思いますが、必ずやあなたに尽くし、そして支えることができると思います。そして、姫であるものの、実は料理や裁縫なども得意という家庭的な面もあり、一度みんなに手作りのケーキを披露したときは、多くの人たちが涙を流しながら喜んでいました。だから、子育てにおいても必ずや成果を発揮し、良き母親になると思います。あっ、そういえば気になったのですが、あなたの故郷はエルファーシア王国ですよね? 将来はやはり住居はエルファーシア王国に? そういえば、フォルナ姫もあなたが将来はエルファーシア国王になると仰っていましたが、その話は今でも変わらないでしょうか? もしそうだとするのなら、第一夫人はフォルナ姫になるということですね? 正直、アルーシャが側室というのは我々としても受け入れがたい事実ではありますが、人類大連合軍の頃からフォルナ姫の気持ちについては人類大連合軍並びにアークライン帝国民もよく理解しているため、そのフォルナ姫を差し置いて無理やりアルーシャを第一夫人にしろというのは、あまりにも野暮というものでしょう。しかし、ここで問題になるのは、エルジェラ皇女の存在です。エルジェラ皇女の娘のコスモスちゃんは、あなたの娘になるのですよね? 現時点であなたの娘を最初に出産したのがエルジェラ皇女になるというのであれば、通常だと第一夫人はエルジェラ皇女? そうなると、フォルナ姫は第二夫人? もしそうだとしたら、アルーシャは第三夫人になるというのでしょうか? 第三夫人という位は正直なところ我々としても許容できないところがあります。さらに、既にウラ姫とあなたは世界中が知るように婚姻の儀を実施されています。アルーシャとはまだされていませんよね? となると、まさか第四夫人? それは許しません、ヴェルト・ジーハさん。アークライン帝国の王族の一人として、そしてアルーシャの兄として、妹が他国で序列が低い嫁入りをするなど、納得できるはずがありません。そこでこういうのはどうでしょう? 序列については、娘ではなく、息子を産んだ順というのは? どちらにせよ、今の状況下でアルーシャが正妻の地位に収まるのは難しいというのは僕でも理解しています。しかし、次代を担うあなたの後継を生むことができれば、アルーシャも正妻となる可能性は十分にあります。そして、これであれば、フォルナ姫、ウラ姫、エルジェラ皇女相手でも、今からでもアルーシャは公平に戦うことができます」



 この時、俺とマッキーは思った。こいつはシスコンで…………



「というわけで、ヴェルト・ジーハさん。是非ともアルーシャに御寵愛を。アルーシャが男児を出産すれば、序列としては間違いなく上位になります。どうか、アルーシャに寵愛を!」


「この馬鹿兄妹……」



 そして、こいつは紛れもなくアルーシャの兄貴だ! バカ兄だ!



「……マニーを無視するなァァァァァァァァッ!」



 おおお、そして、素で忘れてたよ、俺たち。

 いかんいかん、とんでもないバカ話で話が脇道にそれて、マニーは余計に怒っちまった。

 こりゃ、ますます説得が難しくなっちまった。


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