第426話 マッスルヒストリー2

『アー、カマテカマテカーオラ! カマテカマテカーオラ!』

『アーウパ! アーウパ! アウパネカウパネ!』

『フィッ!』


 えっと、あの、ありのままを言わせてもらうとだ。何か変な奴らが居た。

 海岸線で十人以上のマッチョな男たちが、ふんどし姿の半裸で、聞いたことのない言語と舞いのようなものを力いっぱい披露している。

 なんだ?


『ふん。相変わらず、暑苦しいことをする』


 そんなおっさん達をピイトは、どこか懐かしいものを見るような目をするも、すぐに鼻で笑って背を向けた。

 すると、その先には……



『うおおおおい、バスティスタ! お前はよ~、漁師の大事な儀式をなんだと思ってる! もっと、熱くなれよ!』



 言わずもがなマッチョで無精ひげ、浅黒い肌に彫りの深い顔のふんどし半裸男。まさに、THE海の男という雰囲気丸出しだった。

 そんな男に、ピイトはヤレヤレと肩を竦めた。


『島を出て、大陸を渡り歩いて分かった。もう騙されんぞ、『ケヴィン』。お前が男の常識、戦う前の儀式という『ハカ』など、大陸で誰もやっていないぞ?』

『何言ってやがる! 色黒に染まった男たちのハカは、世界遺産級の文化! それを知らねえってことは、大陸や都会の連中が、世間知らずってだけの話だ! それを気にするようなやつ、カルシウムが足りねえ! テメェの筋肉が泣いてるぞ!』

『メチャクチャな論法だ。大体、筋肉筋肉浅はかすぎる』

『か~~~~、これだから、ガキは! いいか? 男ってのはな、一に筋肉、二に筋肉! 三四も筋肉、五に心ッ! これが男ってもんなのだ!』


 ケヴィン? ああ、クレランがさっき言ってたな。でも、俺には関係ねーか。

 さあ、ここで問題なのは、つい数十分前まで、贔屓なしで美人ぞろいのお姫様たちの裸を堪能した俺に、マッチョな男たちのやりとりと会話を見せられて、なにをしろってんだ?

 なんか、マジでどうでもいいから、こいつさっさと死んで、コスモスを……という気持ちにさせられた。

 だが……


『でだ、バスティスタ。急に帰ってきて何があった? とうとう、お尋ね者になって、帝国や人類大連合軍にでも狙われたか?』


 さっきまでの暑苦しい言葉とは打って変わり、少し落ち着いたトーンで尋ねるケヴィンという男。

 その問いかけに対して、ピイトは答えた。


『仕事に就いた』

『ほほうほう』

『ラブ・アンド・マニーという組織の警備の仕事だ』

『……最近、大陸で有名な組織らしいな。ただ、あんまいい噂はきかねえ』

『ああ。外面は産業を生業にしているが、その裏ではどこまでも非道な行いすらも幅広くやっている。代わりに通常では考えられぬほどの報酬を得ることが出来る』

『は~~~~、落ち着くとこに落ち着いたか、ブラック企業戦士のサラリーマン。結局お前はそんな世界に………』


 少し悲しそうに目を細めるケヴィンという男。しかし、ピイトは首を横に振った。



『数ヶ月前。俺はとある売春組織の用心棒として雇われていた。そこは、教会のシスターたちが夜な夜な体を売るのが特徴でな……得た金を、教会で預かる戦争孤児たちを育てるために充てていた。俺も数ヶ月間、その教会で寝泊りし、孤児たちと交流した』


『お前が? あの、暴れん坊、暴力全開やろうのお前が?』


『ああ。そして、自分がどれだけ醜い人間なのかを理解した。この異常体質を言い訳にして、目の付くものを殴りまわり、発散していた自分をな。だからこそ、生活のためとはいえ、体を売った金であんな無垢な子供たちを育てようとしている奴らも、気に食わなかった』



 ピイトが発する言葉に、ケヴィンという男は真剣に頷いていく。

 すると、ピイトは途端に唇を噛み締め、悔しそうな表情で言葉を続けた。


『しかし、ある日、オーナーがチェーンマイル帝国に捕らえられた。何人かのシスターたちと一緒にな』

『……………』

『客に帝国でも有力な貴族が居てな。その貴族が汚職で失墜した煽りを受け、オーナーも言われのない罪を押し付けられて捕らえられた。しかも、帝国は教会や孤児たちの事情に一切関知する気も、援助する気も無い。そんな所に金を回すぐらいなら、戦争の軍資金にする方針だ』


 その言葉を口にしながら、ピイトは自身の拳を力強く握りしめた。


『オーナーが捕らえられたことにより、帝国から妙な疑いをかけられぬよう、もはや誰も悪所ではシスターたちの体を買おうとはしない。一方で俺も、用心棒で稼げる金も限られる。俺の素性や素行では、人類大連合軍にも入れん。ハンターの資格も取れない。そんな無力な俺が大金を稼ぐには………もう、これしかなかった』


 言葉の端々から感じ取れる、ピイトの感情。それは、自分自身への怒り。


『俺は本当に無力だった。金を稼ぐというのが、これほど難しいとは思わなかった。あれほど人間的に不快だったオーナーだが、……それは俺が何も知らないだけだった……子供たちを言い訳にして、女に体を売らせて金を得るオーナーが不愉快だった。しかし、一方で、俺は子供たちを言い訳にして、これからどんな汚いことでも手を染めることになる……こんな人生を歩むことになるとは、この島を出た頃には想像もできなかった』


 無力で、世間知らずで、そしてもう本当にどうしようもないほどに追い詰められた男が漏らす、弱音だ。

 あれほど強くて、あれほどヤバい男の、あまりにも人間らしい姿。

 色々とこいつもしんどい人生だったのかもしれない。

 でも、それは理解できたが、そこは俺にとっては何の関係もない。

 こいつが、何も自分の欲望のためだけにラブ・アンド・ピースに居る訳じゃないのは分かった。

 大切なもののためなら、どんなことだってやってやるという気持ちも分からんでもねえ。

 でも、だからって、俺には何の関係も無い話だ。



『バスティスタ………あのな……』



 そんなピイトことバスティスタに複雑な表情を浮かべながらも、何かを語ろうとするケヴィンという男。

 すると、そのケヴィンの口から出た言葉は、俺にとってはあまりにも予想外すぎるものだった。



『とある学校に、ただのデブが居た。クラスメートはイケメンだったり、美人ばっかで、正直ただのデブには居心地悪かった。何をやってもうまくいかず、何をやっても思い通りにいかない。そんなデブを、一人の教師が変えてくれた』



 その話が何に繋がるのか? そう思いかけたとき……



『その教師は熱血を絵に書いたような天然記念物でな、そのデブに唯一目を輝かせて近づいてきた。お前がチームに入ってくれりゃ、最強になる。デブ? 才能じゃねえか。力じゃねえか。魅力じゃねえか! その脂肪を全て筋肉に変えたとき、お前はヒーローになるってな……って、まあ、その辺りはどうでもいいことなんだけど、とにかくその先生が、教えてくれたことがあるんだ』



 ……ケヴィンは、あるものを、ピイトに向かって投げた。

 それは、革と布を丸めて作られた玉。しかし、ただの玉ではない。

 なぜなら、普通、『玉』といえば『丸』を想像する。しかし、ケヴィンがピイトに投げた『玉』は、『楕円』の形をしていた。



『人生はラグビーボールと同じ。どこに転がるか分からない。そういう言葉があると』



 ラグビー……ボール……



『そして、ラグビーっていうのは、前にパスを投げちゃいけねえ。ボールを前にこぼしてもいけねえ。そういうルールがある。でもな、だからこそ、自分と並んで横に走ってくれる仲間にボールを託したり、仲間が、そして時には自分が体を張って道を切り開き、前へ進むんだ』


『……ちなみに、大陸にはラグビーも存在しなかったぞ……お前は嘘ばかり言う』


『馬鹿野郎、嘘じゃねえって! 本当にあるんだよ、そういう最高最強の球技が! 文化が!』


『ふん、どうだかな……ただ……』


『ん?』


『ハカも、ラグビーとやらも、本当にあるのかどうかは分からんが……お前が語る恩師とやらは、本当に存在したのだろうな……』



 ああ……なんつうか……ああ、そうかよ……そういうことかよ!



『ケヴィン。この先、どんなにみっともなく泥水を啜おうとも……体を張って……何だってやる……あの子たちのためならば……』 


『バスティスタ……』


『今まで、世話をかけたな……これからも俺の人生もどこに転がるか分からないが……生きることにするさ。俺が死ねば、本当にあの子達は終わってしまうから……』



 ああ、そうなのな。あ~、もう、ほんと、なんつうか、あ~って感じだよ。



「兄さん、どうしたっすかー! ちょ、さっきから、無言で、何があったんすかーっ!」



 強烈な肉の壁が迫り来る中、まさか、こんなもんを見せられ、こんな奇妙な縁が繋がるとは思わなかった。

 ウッスラとだが、確かにクラスに居た。一人、横幅のデカいマッチョが。名前はどうしても思い出せねえ。

 でもよ、話の流れからして、ケヴィンって奴の恩師って…………


「は~~~~~~~、予定変更だ。こいつを助ける」


 事情が変わってしまった。


「ハッ? ええええええええええ! どうしたんすか、兄さん! でも、そういうアッサリしたとこ兄さんらしいっす!」


「確かに、こいつに同情もねえ。こいつはただの小悪党だ。でもな、事情は変わった。これは、ピイトが望む通り、ただの情けをかけるだけだ」


「兄さん、ほんとはやっぱ、優しいっすね」


「ちげーよ。ただ……俺と同じ男を恩師と慕った奴の弟子みたいだからな……ただ、それだけだよ」



 色んなメンドクセー教え子ばっかで、大変だったな。なあ? 先生…………


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